お約束通りに

「前からおかしいおかしいと思っていましたが、やはり脳みそがわいてたんですね」

 いつもの茶店でエリザは優雅にカップを傾ける。


 昼下がりの帝都は冥月のせいかいつもより人通りが少なく、この店の客もまばらだったから、エリザのため息が静かな店内にこだまする。


「どんなにあり得ないと思っても、不可能なことを全て取り除いて残ったものがあれば、それが真実です」

 俺が説明のためにノートを取り出すと、正面に座っていたエリザと隣でおとなしくしていた真美ちゃんが同時に覗き込む。


「あたし異世界語は読めませんが…… それがヤバい人のメモだって言うのはなんとなくわかります」


 エリザが眉をひそめた原因は、きっとこのノートの八割近くが数字と数式で埋め尽くされているからだろう。


 そもそもノートを取り始めたきっかけは、小学校高学年の頃にカウンセラーに勧められたからだ。


 良く覚えてはいないが、その頃俺は他人の名前や顔を覚えたり、会話を成立させることも困難だったようで、人間関係や思考を整理するために始めたのだが……


 要領よくまとめるにはこの方法が一番だった。

 ――数字が最も普遍性が高く、俺が間違いを犯しにくかったからだ。


「つまりあなたの変人的理論では、この一連の出来事の主役はあなたで、物事の中心だと」


 目を閉じてゆっくりと首を横に振るエリザに、

「分かってもらえてうれしいよ」


 俺が安どのため息をもらすと、

「ねえ、ひきこもり勇者様? これって、異世界で流行ってるらしい『ちゅーにびょー』ってやつじゃないのですか」

 エリザが問いかけると、真美ちゃんは俺のジャケットをつまんで無言で身体を寄せる。


 人見知りなのだろうか? エリザと合うのは初めてじゃないはずなのに、さっきから全然しゃべらない。


 二人でいるときはうるさいぐらいなのに。


「まあいいわ、とにかくあたしにも理解できるように初めから話して」

 エリザも真美ちゃんの態度にあきらめがついたようで、苦笑いしながらカップを手に取った。


「そもそもこの世界に来た時……」


 俺は昨夜真美ちゃんと確認した仮説を説明する。


 事故の後であった女神は「ごめんなさい巻き込んじゃって、これは私のミスで」と俺に言った。

 そして城の召喚の儀式で陛下が「余計なものが混じってきた」と言って、俺に烙印を押して追い払った。


 ここで問題なのは、女神が巻き込んだと言ったのは俺なのか真美ちゃんなのか。

 そこは真美ちゃんから話を聞いても、女神は明言してなかったそうだ。


 次に俺に押された烙印の正体が『真の勇者の烙印』で、あの時いた聖女が偽者だっだわけだから、


「陛下は聖女の正体に気付いてて、あなたを逃がした?」

「そこまでは断定できないけど、教会と帝国は既に不仲だったわけだし」

 俺の説明にエリザは首を傾げる。


 確かにここまでの情報じゃあ、俺の思い上がりだとも思えるな。


「城を追い出されてすぐに、俺は先生に助けられた。今考えると彼女は城からずっと俺をつけていたのだと思う」

「その、先生って誰なんですか。まあ、だれを指してるのかは見当がつきますが」


 エリザの質問に、俺は先生との想い出を話す。


 そして彼女が八年前に他界したこと、この世界と前の世界が同じ時間軸である可能性が高いこと。

 そして真実の泉で見た姿が、先生そのものだったこと。


「どうして前の世界とこの世界の時間軸が同じだと考えているのですか?」

「今の魔法の師匠に弟子入りする試練を受けた時に、この世界と前の世界の狭間に移転させられた。その時体験したから間違いないと思う」


 これも確証できないが、あの時あった下柳は誰かの想像の産物とは思えない。


「となると、あのポンコツが八年前にこの世界に転移した?」

「真美ちゃんに確認したけど、八年前の勇者は『狙撃のナナナ』。今の先生の能力と一致する」


「まあ、その線はあたしも調査してました。ナナナは魔族の大侵略の際に魔王をあと一歩まで追いつめて…… その後死体も見つからなかった稀有な勇者ですから。他の勇者はだいたい見せしめとして、惨殺死体を魔王軍が送り付けてきましたからね」


 エリザの話に真美ちゃんが身を震わせる。


 俺がその手を握るとエリザからため息がもれたが、

「でもどうして生き残った勇者が陛下の内偵の真似ごとなんかしてるのでしょう?」

 気を取り直すようにそう言って、またお茶を口にする。


 エリザなりに気を使ってくれたのかもしれない。


「陛下の内偵だと考えるのはまだ危険かな…… 情報が少なすぎる。だけどエリザから聞いた話やその後の行動を考えると、先生が誰かの手伝いをしていたのは間違いない」


「あたしの出自や能力を知っていてあなたに合わせて、聖女を追わせてこの革命騒ぎに巻き込む…… 狙いは何でしょう」


「そこもまだ分からないけど、やらなくちゃいけない事はハッキリとしてる」

「革命の阻止?」


「そうじゃなくて、魔族信仰者のあぶり出しだよ」

 俺がそう言うと、エリザはまた眉間にしわを寄せる。


 せっかくの美少女が台無しだ。


「どうしてそうなるの?」

「まだ話してなかったけど、この騒ぎに絡んでる人物と話が出来た。彼女たちは今晩決行される革命の為に、真美ちゃんの召喚した武器の横流し品を使うらしい」


 俺がお茶を飲むと、早く続きを離せとばかりに睨んでくる。


 エリザが自分の幼少期を語ってくれた時に出てきた『魔族信仰者』の話。

 本人は気にしていないそぶりをしていたが、それに対する思いは強いのだろう。


 ならやはり、これで間違いはない。


「そこで彼女たちは、真美ちゃんの能力で武器を使用不可能にするのを止めることと、エリザの能力で戦力の確認をするのを止めてほしいと頼んできた」


「誰がそんなことを?」

「人形繰」


 俺がそう答えると、エリザは口をパクパクさせ、

「――本物ですか」


「間違いないのじゃないかな? もう少しで俺は彼女の人形にされるところでしたから」

 俺の返答にこめかみを引きつらせた。


 美少女の変顔オンパレードはそれなりに素敵だが、真美ちゃんが俺の脇をつねる力が増していくから、あまり楽しむ余裕がない。


「でも、そこの恋人面勇者様の能力を止めたがるのは理解できますが、どうしてあたしまで……」


「人形繰はエリザのことを魔眼と呼んでました」

「どこからその情報が……」


「その力で、戦力をどこまで把握できますか」

「まあ完全に開放すれば、帝都内に潜む魔族の人数と場所ぐらいは」


 この街は東京ほどのメガシティではないが、ちょっとした政令指定都市の人口と面積はある。


 そこに潜む敵を瞬時に把握できるなんて、そんな高性能な機器は前の世界にも存在しないだろう。


「真美ちゃんの召喚した武器の数と場所は?」

「それは無理ですね、あれには魔力がありませんから」


「と、なると…… エリザの能力を使われたくない理由は…… 真美ちゃんの武器による攻撃はおとりで、本隊は別ってことだ」


 俺はもう一度ノートを確認する。

 人形繰のセリーナちゃんは被害を出さないための作戦があると言っていた。


 でもこれは上手くいかないだろう。いや、上手くいかしちゃいけない。


「そう、それであたしたちは、これからどうすればいいの」

 すごく疲れた感じで、エリザが聞いてきくる。


 ついでに「変態のくせに頭良すぎるのよ」と、愚痴のような小さな声が聞こえたが……


 俺はそんなに無理難題を言ってるのだろうか。


「お約束って知ってますか」

「何それ、何かを守るってこと?」


「そうですね、例えば『やるなやるな』と言われたことを、相手の真意を汲み取って実行する…… 前の世界の様式美みたいなものかな」


 黙ってばかりの真美ちゃんに会話を振ってみると、

「そう、正にあれは職人芸。素晴らしいものは芸術の域に達してる」

 ポツリとそう言って深くうなずいた。


「もう、あなたたちの文化って理解できないです」

 エリザは両手を伸ばして、テーブルに伏してしまう。


 ――そう、これはお約束だ。


 月夜の湖畔姫の荷物持ち、それが俺の役回りなのだろう。

 悲劇を繰り返さないために、先生の言った通り、物事はちゃんと調べて誤解のないコミュニケーションをとる。


 村人は嘘をつくし、冒険者は思い込みが激しい。

 そして姫は…… いつだって悲劇に浸っている。


 それを踏まえれば、このパズルはきっと解ける。


「だからまず、やるなと言われたことを実行しましょう。真美ちゃんはタイミングを見計らって、すべての武器を使用不能にしてください」

 俺の言葉に、隣に座っている真美ちゃんがコクコク頷く。


「エリザは本隊の場所と戦力を探ってもらえますか」

「あー、そうなりますよね。はーい、解りましたー」


 グダグダ感が漂ってるけど、なんだかんだ言って責任感が強い子だから、任せても大丈夫だろう。


「それで、あなたはどうするのですか」

 顔を上げて、何とか復活したエリザが聞いてくる。


「これから教主の演説があるようですから…… 先ずはそのステージをジャックしようかと」

「ステージ・ジャック?」

 エリザの言葉に、真美ちゃんがテーブルの下でグッと拳を握る。


「はい。まずは勇者の真の実力を披露して、そこから反撃です」



 俺の言葉に、真美ちゃんはもう一度コクコクと小さく首を縦に振った。

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