パンツに秘められた謎

 帝都城の前は大きな公園になっている。


 美しい噴水や彫刻が多数存在し、公園を取り囲む商店も数十店を超えている。

 そこは市民の憩いの場としても、商業の中心地としても親しまれていた。


 教主が演説を行うのはその広場の中心。

 すでに特設ステージが用意され、その周囲には多くの人が集まっていた。


 ステージの後ろには巨大魔法ビジョンまで用意されていて、壮年の男がマイクを握って既に何か話を始めている。

 きっと彼が教主なのだろう。


 以前下柳に連れられてアニメ関係の野外フェスに行った事があるが、その時の来場者数は八千人。


 見渡すと公園に集まった人だかりはその二倍、いや三倍近い人数だ。


「二万人規模なら、もう立派な師団クラス」

 隣で真美ちゃんがポツリとそう呟く。


 師団と言うのがどこまでの軍力なのか分からないが、集まった人たちは堂々と手や腰に銃を持っていたし、中には俺の部屋で発射されたロケットランチャーを抱えているやつもいる。


 今日が冥月めいげつのせいか、使われる武器が真美ちゃんの召喚した現代兵器のせいか、参加者の九割近くが男性で亜人や獣族の姿も目立った。


 手に持ったプラカードのような物も『亜人獣族差別反対』や『市民に権利を』などの以前から良く見たものに混じって『男女平等』なんてのもあった。


 この演説は帝国の許可も下りているそうで、

「教会の圧力に屈したのだろう」

 と、セリーナちゃんは言ってたが……


「やはり帝国の動きがおかしい」

 警備にあたる帝国騎士の数が少なすぎるし、いつでも退散できるように距離を取っているようにしか見えなかった。


「真美ちゃんはどう見る」


 ゲームとはいえ軍関係に明るい真美ちゃんの意見を求めると、

「いるのは監視兵、本体は別にいるはず」

 そう答えて、深呼吸する。


 この後のステージ・ジャックを心配しているのだろう。

 作戦は昨夜真美ちゃんと二人でじっくりと練ったし、今朝からはモバイル通信を利用してセリーナちゃんとも念入りに打ち合わせた。


「大丈夫、必ず上手くいく」


 俺の言葉に真美ちゃんが頷くと、監視していた帝国兵の女性が走り寄ってくる。

「アキラ様ですか?」

 栗色の髪にややタレ目の女性兵士の問いに俺が頷くと、


「御屋形様から話は伺っています。どうぞこちらへ」

 そう言ってステージの裏側へ案内された。


「こちらの集計では現時点で二万二千人、うち一万九千人が武器を保有していました。そのうちアキラ様の要望の『さくら』は、二百人紛れてます」


 今朝セリーナちゃんに作戦を伝えた時には、そんなに急に言われても人数が集まらないとぼやいていたが、二百人なら十分だろう。


「助かります、無理を言ってしまって」

「御屋形様は、資金はたっぷりもらったから安心しろって言ってましたよ」


 兵士姿の女の子が楽しそうに微笑む。


 彼女の着ている服は他の兵士より豪華だし、肩に星が三つもついている。

 そのせいか、彼女の顔を見ると他の兵士は敬礼をした。


 セリーナちゃんは帝国にも教会にも多少は配下がいると言っていたが、これじゃあどこまで深部に入り込んでいるのか想像がつかない。


 ステージ裏の小さな特設テントの近くまで来ると、

「私はここまでで、続きは彼女たちから話を聞いてください」


 シスター服を着た少女が二人テントから現れ、俺たちに頭を下げる。

 頭に黒い布のような帽子をかぶっているところも、前の世界の修道服に似ていたが…… 何故だろう、服がやたらフィットしていて胸や腰のラインがハッキリと分かるし、スカートも短くて妙なアンバランスさを感じる。


 ――おもにエロ方面に。


 俺がそんなシスターさんたちの服装を解析していると、また真美ちゃんに脇をつねられたが……


「どうぞこちらへ」


 誘われるままテントに入ると、三人のシスターが簡易テーブルを囲んで座っていた。そして奥に座っていた一番年上の、二十歳ぐらいに見えるシスターが立ち上がり、頭上の布を取る。


「ドールズの『セイバー』と言います」


 はらりと燃えるような赤い髪が現れ、その上にはセリーナちゃんと同じ耳がある。


 差し伸べられた手を握り返すと、

「御屋形様から聞いていた通りの人で、安心しました」

 ややツリ目の大きな瞳を細めて微笑んだ。


 ぴったりフィットしたシスター服から凶悪な二つの膨らみの形がハッキリと分かるし、その下にさらけ出された太ももはピチピチと音を立てて弾んでいる。


 非常に目のやり場に困るシスターさんだが、

「あら、好きなところをご覧になって結構ですよ。『狐』の血は混じってますが育ちはエリザベート様と同じで教会の孤児院ですから、感覚は人族と変わりません」


 そう言うとパチンと指をはじいて狐耳を隠して人の耳に変える。

「普段はスカプラリオで隠すか隠蔽魔法で耳と尻尾を隠してますが」


 楽しそうに笑う姿もなかなかエロい。

 俺はかぶっていた布がスカプラリオと呼ばれていることを脳内でメモし、新たな疑問である彼女のパンツの形態について思いを巡らすと、


「隠蔽魔法は無かったことにするのではなく、相手の視界を惑わすだけですから、そこは御屋形様と同じですよ」


 握手していた手を放し、クルリと回るとスカートをたくし上げる。


 すると狐の尻尾と白いレースのパンツに包まれた大きなお尻が現れた。

 せっかくなので確りと観測すると、尻尾の上にはホックがあって後から留めれるようになっている。


 なるほど、それなら長い尻尾でもパンツが履きやすい。

 俺が新たな事実におどろいていると……



 後ろから真美ちゃんにグーで殴られた。



  +++  +++  +++



「しかし良く考えたものですね、これが上手くいけば双方無傷で事が終わります」

 赤い狐耳のシスターさんはドールズの正式なパーティーメンバーだが、普段は教会の仕事をしている。


 エリザのように神官の認定を受けて冒険者に完全転職するのは異例で、通常は兼任するものだとか。


「時間稼ぎですが」

 俺は作戦をもう一度説明する。


 ここに集まったシスターは全て人形繰の配下だとか。

 残りの四人もスカプラリオを取ると獣耳だったり、とがった耳だったりした。


「教主の説教の途中…… 革命の旗を上げる前に、ステージに真美ちゃんが上がります。そして彼女の歌をセリーナちゃん、人形繰と呼べばいいですか? の、能力で拡散し、集まった人たちにメッセージを送ります」


「私たちはその乗っ取りの手助けと、歌のお手伝いね」


「はい、しかし今日集まった人たちの武器は無効化できますが、数が多すぎます。もし途中で暴徒化するようでしたら、皆さんは身の安全を優先して退散してください」


 俺の言葉にセイバーさんは楽しそうに笑うと、

「そうならないように期待してるわ」

 また、ふっくらとしたエロい唇を歪ませて微笑んだ。


 ステージの位置関係や乗っ取りのタイミングや合図を確認すると、真美ちゃんがごくりとつばを飲み込む。


「真美ちゃん、怖いのかな」

 さっきから一言もしゃべらないし、よく考えたら店でも、俺以外の人とちゃんと会話しているところを見たことがなかった。


 二人でいるときは元気で活発な子だったから、見落としていたけど……

 人見知りで、引っ込み思案。


 いや、真美ちゃんはもう呼吸も早くなって肌にも薄っすらと汗がにじんでいる。


 ――広場恐怖症?

 その可能性も考えた方が良いだろう。


「最後に大勢の前に立ったのはいつ」

 なら、何かトリガーがあるはずだ。


「小学生の時のピアノの発表会」

「どうなったのか教えて」

 ゆっくりと真美ちゃんの手を握ると、


「突然ピアノが弾けなくなった」

 瞳を閉じてそう呟く。


「それから」

「先生やお母さんに怒られた」


 そこまで話すと、真美ちゃんは俺の瞳を見て、

「でも問題ない。歌のレッスンには通ってたし、アキラの為なら頑張れる」

 俺の手を強く握り返した。


「俺のために頑張らなくても大丈夫だよ、ちゃんと怖いと思えるのなら心配ない」

 そう言うと真美ちゃんは首をひねったが……


 広場恐怖症に有効な治療は暴露だ。

 不安は現実にはならないと言う事実を認識して、体験すれば乗り越えられる。


「多くの人の前に立つことは誰だって怖い。それは真美ちゃんだけの悩みじゃないし、失敗してもだれも怒ったり真美ちゃんから離れていったりはしない。歌えなくなっても、踊れなくなっても、メッセージを心に強く持ち続けてステージに立って。だって真美ちゃんの萌えは世界を超えても輝いてる。――それは俺が一番よく知ってる」


 俺は一言ずつゆっくりと真美ちゃんの目を見ながらそう伝えた。


「わかった」

 頷いた真美ちゃんの呼吸は、以前より少しだけ落ち着いたようだ。

 そして俺の顔を微笑みながら見上る。


 うん、間違いない。この娘は国宝級の萌え度を誇っている。


「打ち合わせでは、『湖畔姫のバラード』の詩を変えたものでしたね」

 セイバーさんが俺と真美ちゃんに話しかけてきた。


「私は御屋形様に思念の中継をしますからステージに上がれませんが、この子たちは教会の讃美歌でもトップクラスの実力なんですよ」

 すると残りのシスターちゃんたちが真美ちゃんに近付く。


「一緒に歌うから安心して」「湖畔姫のバラードは得意だから」「あ、あたしダンスには自信があるの」

 心温まるシーンだったが、


「その格好でステージに上がるの?」

 真美ちゃんはシスターちゃんたちの短すぎるスカートと俺の目を交互に見て、深いため息をつく。


 はて、何を心配してるのだろう。


「これを履いて」

 例の収納魔法の魔法陣を輝かせ、何もない空間に手を突っ込むと、数枚の黒い布を出した。



「なにこれ?」

 シスターちゃんたちが不思議そうにそれを見ると、

「スパッツ、アイドルの必需品」

 真美ちゃんがスパッツを広げる。


 四人のシスターちゃんを確認すると、ひとりはとがった耳で尻尾がなかったが、残り三人は可愛らしいモフモフがスカートからはみ出している。


「真美ちゃん、三枚は穴をあけないとダメだ。時間がない、俺が手伝いましょう」

 深く腰を折り、優雅に協力を申し出たが……



 真美ちゃんはとっても冷めた目で、俺を見た。

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