Ver. スライムバスター 1

 あの時、変態に理由を尋ねたら……

 恐ろしく冷めた瞳で、ニヤリと笑いました。


 子供の頃から優しい笑顔で近付いてきて、あたしを利用しようとした人は多くいます。そいつらはいつも笑顔の下に、何かを隠していました。


 二面性のある奴らはいつもそうです。そしてあたしが利用できないと分かるとくるりと手のひらを返します。


 あの変態も同じなのでしょうか……

 あたしを利用しようとしている? それとも何かを隠している?


 よくよく思い返すと、あの変態の瞳の中には感情が消えたような冷たさしか存在しません。今まであたしを騙そうとしたやつらとな、何かが違う気もします。


 あれは……


 歴戦の戦士ヘレナ様や、快楽大量殺人で帝都を振りいあがらせたレッガーと同じです。いいえ、あの二人と目を合わせた時以上の何かがあたしの背を震わせました。


 歴代の勇者は異世界の同じ時間軸の同じ国から来ています。

 一度開いた召喚の門は、その方向性を変えられないからだそうですが……


 進んだ文明の知識や、女神から与えられた加護もあるのに、五十人を超える勇者全てが魔王討伐に成功していません。


 どうやらその国では、内戦もなく、他国との争いにも参入せず、どんな理由があっても人殺しはき禁忌とされたまま…… 七十年以上の時が流れていそうです。


 そのため召喚された勇者は腑抜け揃いで、多くの場合は直接魔人をその手で殺すこともできないとか。


 修道院でも、それが問題だと言うババア…… 失礼、教官もいましたが、あたしに言わせればそもそも勇者に頼っていること自体が問題です。陰口をたたく暇があるのでしたら、ご自分で魔王を倒しに行けば良いのですから。


 しかしそんな文句しか言えないババア風情にバカにされている、豆腐メンタル。

 いえ、お優しい心を持つ国からあの男も召喚されたはずですが……


 あの変態の目が謎で仕方がありません。


 しかも、あの時あたしは子供のように怒ってしまいました。


 その後、ポンコツの大人ぶった優しい笑顔にムカっ腹がたちましたし、二人が見つめあうと…… チクリと胸が痛んだ気がしました。


 どうもあの変態男といると、情緒が安定しません。


 きっと変態の行動が常識を外れすぎていて、あたしに悪影響を及ぼしているのでしょう。昨夜はアパートに帰ってから事前準備も万端に済ませ、ぐっすり眠ったので体力も魔力も万全です。


 そうです、あたしの目的は『金』と『自由』。

 夢は奴隷美少年を侍らせるハーレム豪邸暮らしです。


 捕らえられた聖女を救出すれば帝国からの一攫千金は間違いありませんし、冒険者としても拍が付きます。

 状況によってはプラスアルファ的な特典で、あのいけ好かない教会を脅すことも可能かもしれません。


 ――ああ神よ、感謝します!


 信じてもいない神に祈りをささげると、あたしはポンコツと変態を睨みながら、心の中で「今度こそ、やったるぞー!」と、気合を入れました。



  +++  +++  +++



 真実の泉は帝都の城壁を抜けて十分も歩くと見えてくる、小高い丘の上にあります。丘は深い森に包まれていて、そこには無数の半透明触手女スライムが生息していました。


 ポンコツと変態が森の一歩手前で装備の確認を始めます。


「そのマントは?」

 変態イケメンが背負っていたリュックから例の仮面とマントを取り出しました。


「これは最近弟子入りした魔術の師匠からお預かりしたものです」

 脱いだ服を丁寧に折りたたみリュックに戻すと、仮面とマントを身につけます。


 ――あれで存外と几帳面なのかもしれませんね。


「うむ、これはなかなか素晴らしいものだ」

 ポンコツがそのマントの端をつかみ、何かに納得したように頷きます。

 あたしも自分の装備を確認すると、鑑定眼でそのマントを見ました。


 魔術の師匠とやらがどんな人物か分かりませんが、複雑な魔術様式が織り込んであるのは確かです。

 ちょっと魔族臭いのが気になりますが……


「スライム相手に効果があるのですか?」

 念のため、あたしがそう問いかけると、


「対策は練ってあります」


 そう言ってまた油の入った瓶を取り出しました。

 そしてそれを体とマントにヌチャヌチャと練りこみます。


 相変わらず何が何だかわかりませんが、

「前回の討伐から試行錯誤を重ねました」


 自信満々にそういう変態からは、オーリーブの実の香りが漂います。


 南方で取れる食用油の実で、高級なものは肌にも良く化粧品にも使われるそうですが…… はて? 美肌効果を自慢したいのでしょうか。


 更に背を向け仮面の後ろを指さして何かをアピールしてきましたが、とりあえず無視しときます。


 そうです、この男には二面性があるのです。道化を演じて何か企んでいるのかもしれません。それに突っ込んだら負けな気がしたので、あたしはそこで会話を打ち切りました。


「ああ、何て素敵な! お肌もつやつやですね」


 ポンコツがその後ろでため息を漏らします。

 もう色々と不安しかないですが……


 あたしたち三人は、その森に足を踏み入れました。



  +++  +++  +++



 スライムは半透明のふよふよとした球体型単細胞魔法生物です。


 深い森や洞窟に生息し、普段はコケやカビを食べているそうですが、大量発生して食べ物が枯渇してくると、人や動物のオスの「精力」を狙います。


 どうやらそれはコケやカビよりも栄養価が高いようで、中には味をしめて女に変形し、人族の男性ばかりを襲うスライムも発生します。


 それを半透明触手女スライムと呼び、この時点で初めて討伐対象となります。


 この森には、その半透明触手女スライムが異常発生しています。

 だからもうわかっていたことですか…… 森に入った瞬間、変態イケメンを狙って複数のスライムが襲いかかってきました。


 スライムたちはボインボインの美女に変形してあちこちから触手を出し、変態イケメンを捕まえようとしましたが、

「マッスル・ハグ!」「マッスル・ハートアタック!」


 変態は相変わらず訳の分からない掛け声とともに、スライムたちに組みかかります。


 するとスライムたちは嬉しそうに昇天した顔で、「あっはん」「うっふん」と悶えながら、元の球体に戻って行きました。


 攻撃力が低いくせになかなか死ななく、討伐の手間のかかる半透明触手女スライムを一人で反撃不能にしてくれるので、あたしは楽で助かるのですが、変態に襲い掛かるスライムの顔が妙にエロくてムカつきます。


 それにどうしてこんなことが起きるのか……

 相変わらず謎すぎで、もう意味が分かりません。


「これは、もうただのスライムだな」

 ぐにょぐにょの球体に戻ったスライムをポンコツがその辺に落ちていた枝で突いて、首をひねりました。


 ここはまぁ変態的謎力が作用をしているのだと認識して、前に進んで行くしかありませんね。


 あいつの能力分析はあとまわしです。

 鑑定眼でチラリと見たら、スライムを倒すたびに変態の精力が減ってるような気がしましたが。


 目的は聖女救出、一攫千金!

 あたしは気合を入れ直して森を分け入っていきました。



 しかし…… しばらくすると、

「やはりおかしい」

 一番おかしい人物が呟きます。


「どうかしたのか?」

 二番目におかしい人物が、ボインと自分の胸を擦り付けに行きました。


「スライムと言うのは単細胞生物で、思考能力が高くないと聞いていました」

「まあ、そうだが」


「なのにどう考えても、俺たちは誘導されています」


 二人のおかしな人物の会話に、あたしは仕方がなく参加しました。


「これだけ大量発生しているのなら、まず間違いなくマザーがいますね」

 そして修道院で学んだモンスターの知識を披露します。


「細胞分裂で増える下等生物ですが、小娘鬼と違い長命で中には数百年、数千年生きた記録もあります。そして長命のスライムは自分の身体から配下を増やし統率することもできますし、中には人語を理解できるほど知能が高かった個体もあったそうです」


 人差し指を立て、あたしがそう言うと、

「うーむ。そう言えば『月夜の湖畔姫』という伝説もあったな」

 ポンコツが首を傾げました。


 まあそれは根拠のない子供向けの言い伝えですが、

「冒険者パーティーの荷物持ちをしていた男が怪我で見捨てられ、月夜にある女性に助けられて命拾いします。男はその助けてくれた女性を探してまた冒険者たちの荷物持ちをするのですが」


 バッドエンドだし教訓じみた内容も好きじゃないので、そこまで話してポンコツに目線を投げると、

「うむ…… その冒険者たちは湖畔に出る人食いモンスターの噂を聞き、退治に向かうが、それが荷物持ちの探していた女性にそっくりだった。荷物持ちの男が冒険者たちに討伐をやめてくれと頼み……」


 モンスターに取りつかれたと判断されて、荷物持ちの男は冒険者に斬られる。

 そしてそれを見ていたモンスターが悲しみ、冒険者たちを湖に沈めてしまう。


「噂は村人たちの勘違いで、スライムには罪はなかった。それが後で分かったという話だ」

「逸話なら、教訓があるのですか?」


 変態の質問にポンコツが教師のように答えました。


「思い込みや根拠のない噂話を信じず、物事はちゃんと調べておく。また誤解のないコミュニケーションは大切だと言うことだな」


 すると変態は深く頷き、

「悲しく、奥の深い話ですね」

 子供向けの逸話を聞いて感銘を受けたのか、仮面の下から鼻水をすする音が聞こえてきます。


 そして仮面を外して、マントで鼻水と涙を拭きました。


 そもそもあたしたちしか居ないこの森で仮面をする必要があるのか、師匠から預かった大切なマントで鼻水を拭いてもいいのか、マントに塗り込んだ油が顔について微妙過ぎるとか…… 突っ込みどころは満載でしたが。


「何げっそりしてるんですか?」

 一番微妙過ぎるところを指摘すると、


「ああ、スライムたちは皆『飢え』と『悲しみ』に苦しんでいた。だから俺は精力を分け与え、彼女たちを熱いマッスル・ハートで抱きしめた」

 やはり、意味が分かりません。


「その…… またノリとか誠意とかで魔物と会話したんですか?」

 頭痛を堪え、一応確認してみると、


「今回はスキンシップだな」

 げっそりとした表情の変態は親指を立て、ニコリと笑顔を返してきました。


 なんだかいろんな事がどうでもよくなってきましたが、

「しかしそのままでは、精力が尽き果ててしまうだろう」


 ポンコツが変態に腐れ巨乳を擦り付けながら心配そうに呟きました。


「ニーナさんありがとう、今ので少し回復できました」

 変態が嬉しそうにポンコツに笑顔を向けます。


 もう、見ようによっては立派なバカップルです。

 後は二人に任せて、あたしは帰るべきなのでしょうか?


「しかしこの状況で、更に何かに誘導されているとしたら……」

 ポンコツが銃を構えて、辺りを見回しました。


 足元には球体に戻ったスライムが大量に散乱し、その後ろからボインボインの半透明女がうねうねと触手を動かして近付いてきます。


 その数は十や二十ではないでしょう。戦力として計算できなくなった変態をかばうようにポンコツと二人で陣形を組みなおすと、

「いえ、今のお話で分かりました。スライムの誘導に従えばよいのです」


 変態はそう言って、スライムたちに向かって行きます。


「何がどうすれば、そうなるんですか」

 あたしがそのバカを止めようとしたら、


「誤解のないコミュニケーションは、まず相手を信じるところから始めます」

 何の含みもない笑顔向けてきます。


 そうでした、元々このバカには深く考える能力なんて存在してません。

 ただ何処かが壊れてるだけです。


 半透明触手女たちが変態を導くように動き出し…… その先には美しい泉が広がっていました。


「信じるということは素晴らしい事だな」

 ポンコツがあたしに向かって微笑みます。


 その教師面にはムカっときましたが、球体スライムや半透明触手女スライムが変態を囲み、王にかしずく家臣のように平伏しました。


 その光景は幻想的で、まるでいにしえの逸話のようです。


 すると、泉から巨大な半透明触手女スライム浮き出てきて、

「あなたは、だーれー?」

 ちょっといっちゃった系の妙な声を上げました。


 良く見ると頭の部分に妙な杭が撃ち込まれていて、そいつがキラキラ輝いています。


「仮面の紳士、スライムバスター・バージョンだ!」

 変態は大声で叫びながら妙なポーズを決めると、そっと仮面の後ろを指さしました。


 そこには下手な魔法文字で、『スライムバスター・バージョン』と書きなぐられています。


 対策って、ひょっとしてそれだったんですか?

 絶対それ、あの巨大半透明触手女スライムには見えてませんから。



 あたしは色々な意味で、深いため息をつきました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る