Ver. スライムバスター 2
「それでどうするのですか」
私が眉間に指をあて頭痛を堪えていると、変態はグルリと周囲を確認し、
「やはりマザーは何者かに操られているかもしれません」
そう言って、バリバリにやつれた顔で微笑みます。
精力が枯渇寸前なのは間違いないでしょう。
「まあ、あの怪しすぎる髪飾りは誰がどう見てもそうでしょうね」
あたしがため息をつくと、
「あなたの目であれを分析することは可能ですか」
変態は死相を浮かべながら聞いてきました。
見ようによってはアンデッド一歩手前です。
「やってみましょう」
まあ、生まれた瞬間忌み子と恐れられ、公爵家内でも隠匿され、孤児院でも修道院でも天才の名をほしいままにしたあたしには、それぐらいお安い御用です。
『千里眼』と『解析眼』を開き、『賢者の魔眼』も発動させ、巨大スライムの頭にぶっ刺さった杭を分析しました。
以前ゴブリンを討伐した際に見たこともない『魔力吸収板』がありましたが、どうやらそれに酷似した、未知の術式の魔法陣が描かれています。
しかし一度見たパターンならあたしの明晰な頭脳で解析可能です。こんなこともあろうかと準備も万端でしたし、――この天才美少女を見くびってもらっては困ります!
「遠距離操作の術式です。七つの魔法石があの杭の中に埋め込まれていて、それがあのスライムやこの森の魔力を吸収しながら『身代わり』魔術を完成させているようです」
あたしが解析を終えると、
「マザーよ、今助けに行くから待っていてくれ!」
変態は大声で叫びました。
「小さきものよーあなたは?」
マザーの微妙な声に変態は少し悩むと、
「真の紳士を目指すものです」
そう言って妙なポーズを決めました。
真の紳士って何だかゴロが悪いですが、
「しんのしんしよー、あーたーしーわっ、自分の意思でー、動けません。近付けば、そーれーを、排除しようとする…… かも?」
変態は泉の中でうごめく触手を睨み、何かを確認するように自分の胸に手を当てると大きく深呼吸しました。
「そーれーでーもー、あなたを助けてみせましょーう! それがー紳士ですから」
どうやら微妙なマザーと会話がかみ合ってるようです。
――変態力は侮れませんね。
あたしはそんな変態を見て感動しているポンコツに問いかけました。
「解除にはただ石を破壊するだけでは問題が起きます。私が指定するので順番にそれを撃ち抜くことはできますか」
「任せてください」
ポンコツはいとも簡単にそう言いましたが、五十メイル以上ある距離で、しかも標的はうねうねと動き、魔法石の大きさは小石ほどのサイズです。
そんなものを順番に撃ち抜くなんて不可能としか思えませんが、ゴブリン退治の時に見せたあの腕。
性格はポンコツですが、期待は出来そうです。
「それからあの巨大スライムの腹の辺りに氷の結晶が確認できました」
その中身は間違いなく聖女です。
「杭に攻撃を仕掛けたら、遠距離操作先の術者が聖女を殺そうとするかもしれません。生きたまま保護できるタイミングは一瞬でしょう」
杭にかかる術式やマザーの状態、そして泉の中と言う地形的不利。
あたしが変態とポンコツに説明すると、
「ならば攻撃と救助は同時進行しなくてはいけませんね、この泉を泳いで俺が救出に行きましょう」
変態の言葉に、
「し、しかし!」
ポンコツが止めに入りました。
変態の顔にはしっかりと死相が刻まれていますし、泉の中には無数のマザーの触手屋あり、しかも配下のスライムがうごめいています。
どう考えたって生きたままの聖女救出は不可能です。
「安心してください」
変態はそう言って笑いかけると、例の仮面とマントを外し足元に綺麗に折りたたみ、おもむろに妙な体操を始めました。
――相変わらず行動根拠が分かりません。
「パンプアップとか言う奥義ですか?」
一応確認してみると、
「いいえ水に入る前は準備運動が必要です」
そして白いズボンを脱ぐと真っ黒なブーメランパンツ一丁になりました。
もう、その中央の膨らみに目が釘付けになりそうでしたが、
「そこにあるツタをロープとして使用できますか」
変態は森の樹に巻き付いていたツタを指差しました。
「葉を払い、強化魔法を利用すれば多分」
ポンコツの言葉に変態は頷くと、
「それを用意して、俺の腰に結んでください」
泉の中に入り、チャプチャプと手足に水をかけ始めます。
「そうか…… 準備運動を行い、事前に水温に体を慣らす。しかもロープを使って仲間と連携をとる。――完璧な救助スタイルだ」
ポンコツはすごく納得したように頷きましたが、絵面は非常に微妙です。
「もう怖さを知らないバカではありません」
その言葉にあたしは首をひねりましたが、ポンコツは嬉しそうに微笑みツタをロープに変える作業に入りました。
ポンコツがかき集めたツタに強化魔法をかけ、変態の腰に結びつけると、
「ではお願いします」
泉の中を泳ぎだします。
ポンコツが狙撃をする都合上、あたしが変態のロープを握りました。
なんだか猿回しにでもなった心境です。
変態は多くのスライムに泉の中でも絡まれ始めましたが、必死に前に進もうとする姿に…… あたしは自分の仕事に集中することにしました。
ここはパーティーの信頼関係と連携が問われるところです。
巨大スライムの髪飾りを確認しながら、
「一番上赤いの三つ魔法石を左から順番に三連弾!」
ポンコツに座標ポイントを魔力で送り、指示を出しました。
「了解!」
そして難なく三つの魔法石を撃ち抜きます。ちょっとカッコよくてムカつきますが、これならこの妙な作戦が成功するかもしれません。
「あーれー!」
しかしマザーが叫びをあげて体をくねらせます。泉が大きく波打ち、頭のくいも激しく揺れ始めました。
「その下青三つ、左が先、右が次、ワンテンポおいて中央!」
しかし始めてしまった以上、急がねばなりません。解除のタイミングを外せば聖女も死に、最悪気付いた『氷結』に裏を取られるかもしれません。
あたしが座標ポイントを魔力で送りながら叫ぶと、ポンコツは何も言わずに二連射の後、一呼吸してもう一度引き金を引きました。
銃弾が暴れる触手を避けながら弧を描き見事に二つの魔法石を撃ち抜くと、ワンテンポおいて中央の石が破壊されます。
「最後の金色の魔法石は待って、あれを撃ち抜くと術式は解除されますが、何が起こるか分からないです」
あたしの言葉にポンコツは銃を置きました。
「では、彼がマザーにたどり着くまで待つしかないか」
泉の中泳ぐ変態は、立ち上がった波と絡みつく触手に苦闘しています。
このままでは変態が溺れかねません。
聖女の命はあきらめて遠距離魔法の杭を打ち抜き、スライムのマザーも殺して、死体を持ち帰ればそれなりの成果はあげられます。
教会の言い訳も崩れますし、魔族の狙いもある程度は聖女の死体から読み取ることができるでしょう。
あたしとポンコツは無言で目線を交わしました。
きっとポンコツも同じ考えです。
しかし……
「うおおお! 待っていろマザー、必ず助けて見せる!!」
変態は鬼気迫る雄叫びを上げ、必死に泳ぎ続けます。
「マッスル・バタフライ!」
そしてあきらめかけていたあたしたちをあざ笑うかのように、両手を同時に蝶のように回転させ、脚も見たことない動きをさせて、前へ前へと進み始めました。
「何よあれ」
あたしがおどろいていると、
「素晴らしい、クロールは早いが前に進もうとする力はバタフライの方が上だ。しかも両足が揃って動くおかげで触手が絡まりにくい」
ポンコツが歯を食いしばりながら手を強く握りしめます。
よく見ると変態の脚や腰は、まるで水中を泳ぐ魔獣のようにクネクネと微妙な動きをしています。
「あれはドルフィンキックと言う泳法だ」
蹴るタイミングで腰を突き出し、ブーメランパンツに包まれたお尻が見えるのがセクシーでしたが、そこに注目している場合ではないようです。
波に揉まれ触手に絡まれ、何度も沈みかけても変態はあきらめません。
ただがむしゃらに泳ぐ姿に、あたしもロープを握る手に力が入りました。
ポンコツは隣で「頑張るんだ!」「もう少しだ!」と、かけ声をかけています。
しかし、あと少しでマザーの足元だという所で水面が凍り始め…… 泉の上に氷のゴーレムが現れました。
「気づかれたのか?」
ポンコツの叫びに、あたしは急いで魔眼を展開します。
「氷結が用意した氷の
それは自動起動のトラップ術式でした。
ポンコツが
「氷魔法と火属性のわたしでは相性が悪い」
弾丸はガーディアンの手元で凍りつき、カランと音を立て凍った泉の上に落ちてしまいます。悔しそうに何度も狙撃を繰り返しましたが、成果は上がりません。
すると変態は凍りついた泉から、
「マッスル・ホップ」
妙な声を上げながら抜け出ると、氷上の
しかし表情は相変わらずげっそりとし、おまけに体中にさむぼろができ唇も真っ青です。
「マッスル出足払い」
「いつものキレがない」
隣で解説をするポンコツも辛そうです。
「こうなったら!」
銃を捨てて泉に飛び込もうとするポンコツを何とか止めました。
「あなたの狙撃がなくなったら、この作戦は全く成果を上げれなくなります」
仮に変態が助かったとしても、氷結は証拠隠滅のためにスライムと聖女を消し去るでしょう。
「今となってはこれしか方法が…… 彼は、あきらめない。――たとえ何があっても。だから強引に止めるしか」
それぐらいのことは言われなくても、あたしだって分かっています。
――あいつは底無しのバカですから。
握っていたロープの魔法伝導力を確認し、
「まだ策が尽きたわけではないです」
これは賭けなので使う気はなかったのですが……
今の変態を見ていて、確信しました。この術の適性が無いものは術者も対象者も被害を被るそうですが、あのバカなら問題がないでしょう。
昨日あの男を触りまくって分かったことがあります。
あの男に烙印された魔法は、偽聖女が言った『悪魔の加護』なんて生易しいものではありませんでした。
まあ、あの若作りババアは知っていてあいつの烙印を消し去りたかったのかもしれませんが……
「我、初代勇者の末裔にしてこの地を治めし者のひとり。盟友たる運命の女神に伏して乞う、その者に刻みし『真なる勇者の烙印』を解き放て!」
あたしが賢者の魔眼を開放し、
術は成功したのでしょうか? 勇者の資格があの男にあったのでしょうか?
あたしが目を凝らすと、変態男はブーメランパンツの中央まで雄々しく輝やかせて…… 微妙過ぎるポーズをとっています。
もう、なんだかちょっと判断に困る状態なのですが。
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