爆発しそうな胸が止まらない

 狐耳の少女の名前はセリーナ。

 彼女は獣族が集まるダウンタウンに住んでいて、夜は繁華街で歌っているそうだ。


「歌手なんだね」

 そう言うと照れたように笑いながら、


「そ、そんな立派なものじゃないです」

 また大口を開けて肉にかぶりつく。


 小動物のようなオドオド感と、見た目に似合わないワイルドな食事方法が可愛い。

 妙にエロい舌使いもグッドだ。


 今も肉汁のついた手を、小指から順番にぺろぺろ舐めている。


 元気よく肉を食べチラチラと俺を見てはオドオドして、忙しく栗色の大きな瞳を動かしながら、セリーナはぽつりぽつりと話をしてくれた。


 なぜ彼女が帝都に移り住んでいるのかの話、今の獣族のコミュニティの話、そして民権運動の話。

 難民問題、人種差別問題、革命を叫ぶ暴動……


 それは皆以前住んでいた世界の、どこかの国の、映像の中の出来事ニュースのようだった。

 そう考えると、異質だったのはこの世界じゃなくて現代日本だったのだろうか。


 セリーナは三本目の串肉を平らげるとやっと落ち着いたようで、満足したように微笑む。

 しかしこんな細いお腹のどこに、あのデカい串肉が三本も入ったのか不思議だ。


「助かったよ、いい話が聞けた」

「そんな、この程度で。そ、そうだ、よかったら私の歌を聞きに来てください」


 セリーナはそう言うと遊郭街の近くにある酒場通りの名前を言って、

「ガンジャンスって名前の店です。お礼にならないかもしれませんが、えーっと、聞いてもらえると嬉しいです」


 狐耳をぴくぴくさせながら尻尾を揺らした。


 なんかもう、思いっきりモフモフしたい。

 お持ち帰りしたい衝動をグッと堪え……


「そろそろ時間だから今日は帰るけど、ガンジャンスだね。必ず遊びに行くよ」


 立ち上がると、

「ぜ、是非来てください!」

 狐耳を揺らしながらセリーナはペコペコと何度も頭を下げる。



 そして俺は教会の炊き出しの周囲をうろつく衛兵を横目で確認した。

 位置取りも人数も、あれは騒ぎが起きないように遠巻きに見ている状態じゃない。


 間違いなく動向調査だろう。


 興信所時代によくやったから間違いない。人数や参加者の顔、シスターたちの話の内容を注意深く調査している。


 そして歩き出すと同時に、付かず離れずの状態で付いてきた二人組の女性。

 セリーナが二本目の串焼きを食べてる辺りからこちらを観察していた。


「教会側か帝国側か」


 捕まえてお伺いしたいところだが、

「どちらにしてもニーナさんに迷惑がかかりそうだ」


 十字路を早足で駆け抜けると、後ろの二人も慌てて走り出す。


 商店の屋台の陰に隠れて追いかけてきた二人を確認し、

「尾行が下手で助かった」



 追手が見失ったのを確認すると、俺はニーナさんの屋敷に向かった。



  +++  +++  +++



 屋敷の大きな扉をノックすると、

「は、はい! お待ちしておりました」


 妙に上ずったニーナさんの声が聞こえてくる。


 ゆっくりと扉を開けると、

「お帰りなさいませご主人様」


 エロメイド服に身を包んだニーナさんが深々と頭を下げる。


 その後ろには、金髪美少女が引きつった笑顔で…… 同じエロメイド服に身を包んで立っていた。


「失礼しました」

 思わず俺が扉を閉めると、


「こらポンコツ! やっぱり変だったじゃないですか」

「いやこれで間違いないはずだが」


 二人の会話が聞こえてくる。

 仕方なく俺は、もう一度その扉を開けた。



 テーブルに座ると出てきたのは惨殺されたオムライスのような物体だった。


 あちこち焦げて不気味な造形を醸し出す卵焼きの上には、血のように赤い調味料が散乱し、ハートマークや呪いの魔方陣? が、描かれている。


 食べたらやっぱり、苦しみぬいて数日後に命を落とすのだろうか。


 俺が眉間に指を当てると、

「これが異世界の男性に対する、最高のおもてなしだと聞いたのだが」

 怪しい物体を運んできたメイド服姿のニーナさんがもじもじしながらそういう。


「方向性は間違っておりませんが……」

 俺は一度も行ったことがなかったが、メイド喫茶は男の憧れのひとつだ。


 でも漏れ伝わる情報では、メイド衣装はここまでエロくない。

 短すぎるスカートは立っているだけでパンツが見えちゃってるし、上着はエプロンドレスならぬエプロンそれだけだった。


 頭上にヘッドドレスがなければ、それがメイドコスだと気付かなかったかもしれない。


 今もレースのニーソの上で見えちゃってるニーナさんのピンクのパンツや、金髪美少女の白いレースのパンツが俺のハートを攻撃してくる。


 ニーナさんの爆発しそうな胸なんか、もう直視不可能だ。


 裸エプロンメイド? 俺が知らないだけで、そんなジャンルがあったのかもしれない。――性癖は人それぞれだからな。


「やはり違うんですね、まあ女の肌など見て楽しいものではないでしょうし」

 金髪美少女がどっかりと音を立てて俺の横の椅子に座る。


 同じ衣装を着ているせいで、エプロンの隙間から形の良い胸がチラチラ見えちゃっている。――これじゃあコスプレ風俗店だ。


 そういった場所にも行ったことはないが……


「悪いのではなく、サービスが素晴らしすぎると言うか」

 色々な意味でいたたまれなくなる。


 二人の破壊力が高すぎて、今にも殺されそうだ。


「そうか悪くないのか、では早速召し上がってくれ。自分で言うのもなんだが、なかなかの自信作でね」


 その言葉に金髪美少女が首をひねる。

「女の手料理なんて、大雑把でどうかと思いますけど」


 どうやらこの魔術的異物は、ニーナさんの手作り料理らしい。


「ありがとうございます」

 色々な意味で震えそうになる手を何とか落ち着け、添えられたスプーンで口に運ぶ。


「とても美味しいです」

 咀嚼しても飲み込んでも、俺の命はあった。


 舌や指先にも痺れはないし、頭痛や嘔吐感も襲ってこない。

 これなら二口目を食べることができるだろう。


「本当か、苦労した甲斐があった」


 嬉しそうに微笑むニーナさんの顔と両手で寄せられた大きな胸を見ると、もう死んでも良いと思えたから不思議なものだ。


 隣に座っていた金髪美少女がフンと鼻を鳴らし、


「本当ですか?」

 強引に俺のスプーンを取り上げ、パクリと魔術的異物を口にした。


「異世界料理って不思議な味がするんですね、まあ悪くはないですが」


 ムニュンと当たったおっぱいの感触と、その金髪美少女の味覚におどろきながら……

 俺は何とか優雅に出されたワインを飲む。



 異世界って、やはりファンタジーだ。



  +++  +++  +++



 食事という名の謎の魔術的儀式を終えると、


「それで相談と言うのは」


 ニーナさんが俺の対面に腰掛けた。

 するとボインとニーナさんの大きな胸がエプロン越しに揺れる。


 ――相談もこの格好でするのか。

 まあ、嬉しいから無理に突っ込まないが。


 金髪美少女は俺の隣でワインを飲みながらご機嫌だ。


 見た目十三~四歳ぐらいだし、育ちが良いのか仕草にどこか上品さがある。

「先ほどからチラチラと視線を感じますが、こんなモノを見て何か楽しいのですかあ?」


 しかも悪酔いでもしたのか、俺ができるだけ見ないようにしているのに、時折自分でスカートをめくってパンツを見せ、妖艶に俺の太ももの上に手を這わせたり、エプロンをはだけながら身体を寄せてきたりする。


 店の客にもこんな人はいるが、ここまでキレイでお幼い感じの娘はいない。


 だいたいワイルドな冒険者や、羽振りのいい年配の商人。まあ見た目二十代にしか見えないが…… そんなタイプが多かった。


 だからだろうか、犯罪感が半端ない。

 前の世界なら100%俺が警察に捕まっている状況だ。


「殿下、アキラ殿が困っている…… どうかその辺りで」

 対抗するようにニーナさんが両腕で胸を寄せ、こちらを睨む。


 もうこれ、何の拷問なんだろう。


「そうですねそれより話を進めましょう、俺も話しておきたいことがありますし」


 金髪美少女のレースのパンツとニーナさんの凶悪な胸の谷間を脳裏に焼き付け、俺は優雅に微笑み返す。


「ああ、先ず例の魔族…… 聖女に化けていた四天王の『氷結』だが」

 ニーナさんの話では、教会の聖女様の動きがおかしくなったのは三年ほど前だと言う。


「今まで失敗が多かった聖女様の仕事が完璧になり、執務にも精を出すようになった」

 むしろ良い評判だったから、今回の件があるまで誰も入れ替わりを疑っていなかったとか。


 なんだか世知辛い話だが、

「あたしはその入れ替わった可能性がある聖女しか知らないけど、どこか陰湿で二面性のある女だったわね」


 金髪美少女はそう言ってまたワインを飲み干した。


「魔族とはいえあそこまで完璧に変装するとなると、聖女様はまだ生きている可能性が高い」


 ニーナさんの話によると、どうやら魔法というのも万能ではないようで、

「髪の色や肌の色、顔や身体の特徴を少し変えるぐらいなら隠蔽魔法で何とかなるが」

 何もかもそっくりそのまま入れ替わるには、『身代わり』と言う魔法を使わなくてはならないそうだ。


「そのためには生きたままどこかに拘束する必要があります」

 金髪美少女がテーブルの上に地図を広げる。


「身代わりの術式の中に長時間拘束するには」

 仮死状態にするのが最も簡単で確実な方法だそうだ。


「相手があの氷結だとすると、冷凍睡眠でしょうね」

 そして帝都内を自由に行動でき、大きな術式を長時間使ってもばれない場所。


「魔力の確保や、氷結の特性を考えると」

 金髪美少女は帝都の外壁を超えた森の中にある小さな池を指差した。


 もう体がぴったりとくっついて、色々な感覚が伝わってきちゃっているのですが……


「そこはそもそも真実の泉と呼ばれていた場所で、ちょうど三年ほど前からスライムが湧き、冒険者も近づかなくなった場所です」


 ニーナさんがそう言って金髪美少女と俺を睨む。


「そこなら泉の魔力を利用して長時間冷凍睡眠をかけることができますし、ちょうど帝都まで術式が届く場所です。何より三年前からスライムが湧いたというのが怪しすぎますね」


 金髪美少女は俺に寄りかかったまま、さわさわと体中を弄り始めた。

 もうその表情は前の世界のエロおやじそのものだ。


「やっぱり…… ポンコツから話は聞いていたけど、これは…… うん、間違いないわね。陛下じゃないと使えない術式だし」

 しかも、なんだか不気味な呟きも聞こえてくる。


「スライムは雑魚モンスターですよね、ならどうして冒険者が」

 金髪美少女の魔の手から逃げつつ、ニーナさんにそう問いかけると、


半透明触手女スライムは討伐が厄介な割に稼ぎが少なくて、冒険者は皆嫌がるのだよ。ましてあそこまで大量発生すると」

 費用と労力を考えると、収入が合わないらしい。


「では次はスライム討伐ですね」

 俺が確認すると、ニーナさんと金髪美少女は目を合わせて苦笑いした。


「骨の折れる仕事になりそうだが、急がねば聖女様の命が危ない。氷結が必要ないと判断すれば、いつだって冷凍睡眠を止めれるのだからな」


 ニーナさんの言葉に金髪美少女が大きなため息をつく。


 俺はそのスキに金髪美少女から離れ、椅子をずらし距離をとる。

「それで俺からの報告なのですが」


 偽聖女様が民権運動の神輿みこしとして俺を誘ったこと、その民権運動から感じる違和感、ゴブリン退治の時に使われた武器の密輸経路。


 それらが繋がっている可能性が高い話をした。


「あたしたちもそれは考えていた、たぶん根底にいるのは『魔族信仰』主義者の奴らだろう」

 ニーナさんがそう言うと、金髪美少女が天井を見上げる。


「あたしたち人族はそもそもこの世界にいなかった種族だという説がある。数千年前までは獣族やエルフやドワーフと言った妖精に近い亜人族、そして魔力に長けた魔人族だけが住んでいたが、召喚の門をくぐり『人族』が侵略し、今の社会を築いたと」


 だからそもそも討伐すべきは人族であり、魔族を中心とした獣族や亜人族が平和に暮らせる社会を取り戻す。


 それが魔族信仰主義者の考えであり、今の民権運動の根底に流れる思想の一つだそうだ。


「その考えが正しいとしても、人族の中にそれを支持する者がいるのですか」

 俺が疑問を投げかけると、


「そもそも純粋な人族なんて一握り…… 王族や貴族やそれにかかわる少数で裕福な人ばかりですから。魔王や魔族が何を考えているかなんて分かりませんが、その考えに乗っかりたい人族は多いでしょう」


 金髪美少女がつまらなさそうにため息をついた。

 ニーナさんはそれを見て苦笑いしている。


 その辺りをもっと色々と聞きたかったが、まだ二人の間にもわだかまりがあるようだったから、俺は知らない顔をしてワインをそっと口にした。


「それで聖女様救出作戦はいつ決行の予定ですか」


 場の空気を変えるつもりで俺が確認すると、


「あなたさえよければ明日にでも」

 ニーナさんの言葉に俺が頷くと、


「どうしてあなたは手伝ってくれるのですか」

 金髪美少女が首を傾げた。


 狐耳の少女の時もそうだったが、この手の理由を上手く伝えるのが苦手だ。

「どうしてなんだろう」


 俺が仕方なく微笑みかけると、金髪美少女は一瞬背筋を震わせ…… 俺を睨む。


 その胸には爆発しそうな何かが隠されているような気がした。


 困り果てた俺と黙り込んだ金髪美少女のグラスに、ニーナさんが微笑みながらワインを注ぎ足す。


 エプロンからはみ出しそうなおっぱいは凶悪だったが、その銀色の瞳は包み込むような優しさに満ちていて……



 俺の心を、自然となごませてくれた。

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