仮面のマッスル Ver. ゴブリンバスター 1

「どうしてこうなったの?」


 あたしは暗い地下通路の中で、真っ赤な顔で息を荒げているパーティーメンバーのひとりを横たえながら、今日何度目になるかわからない自問自答を繰り返します。


 片方の通路は行き止まり。

 もう片方からは、複数のゴブリンが近づいてくる足音が響いてきます。


 汚れてあちこち破れてしまった神官服の中を探しても、もう攻撃に使えそうな魔法石はみつかりません。薄れかかる意識と戦いながら、最後の手段とばかりに教会から授かった錫杖を握りしめると、ゴブリンがいる方向から戦闘音のようなものが聞こえてきました。


 あたしが死力を振り絞って顔を上げると、

「もう大丈夫ですよ淑女レディ


 そんな声が聞こえてきます。


「あなたは?」

「仮面のマッスル、ゴブリンバスター・バージョンと申します」


 そう言って、暗闇の中に立ってい『男』が優雅にお辞儀しました。


 あたしはその姿を見てもう一度……

「どうしてこうなったの?」



 と、深く深く自問自答しました。



  +++  +++  +++



 そして、きっかけとなった冒険者ギルドに登録してからの事の成り行きを思い返しました。


 十二歳で魔力回路が宿り、女臭い修道院で苛烈を極める三年の修行を終え……

 やっと神官の認可をいただき、その日あたしは冒険者ギルドに登録に向かいました。


 純粋な人族であるあたしは金髪と碧眼と白く透き通った肌を持っていましたが、そのせいで孤児院でも修道院でも良い思い出はありません。


 まあ貧乏人からすれば没落貴族の娘なんて、格好の標的でしかないでしょう。

 ――気持ちは分からなくもないです。


 しかしこれで、あたしも冒険者の仲間入り。

 不味い支給食や狭苦しい宿舎ともおさらばです。


 自由ってなんて素晴らしいのだろうと、帝都のギルド本部に向かう道すがら、鼻歌なんか歌うほど、浮かれていました。


 ――今思うと、もうその頃から足元が浮ついちゃてたのでしょう。



 待合室は粗暴な女冒険者で溢れていましたが、受付はホッコリさせてくれる優し気なイケメンです。


 この辺り、金のあるギルドはやっぱり違いますね。

 受付が女だったり、しおれたおっさんだったりしたらガッカリです。


 涼し気なスーツにさりげなく胸ボタンを三つ外してるところもポイントが高く、チラチラと覗く鍛え上げられた胸板がセクシーでなりません。


 筋肉なんて戦闘では何の役にも立ちませんが、それにしがみつく男の健気さが庇護欲をそそります。


 一度でいいからこんなイケメンを「やめてください、そんな、ああっ」とか、叫び声をあげさせながら、あんなことやこんなことをしてみたいものです。


 妄想に浸りそうな思考を何とか戻し、伸びてしまいそうな鼻の下をグッと堪え、

「冒険者登録に来ました」

 あたしは笑顔を振りまきます。


 もてる女の必須スキルは清潔感と凛々しさ、そして男を守る包容力と経済力です。

 それらを手に入れるために、あの厳しい修行をやりぬいたのですから。


 男も嫌なふりをしながら、女の巨乳や大きなお尻をチェックしているのはもちろん知ってますが……

 そんな肉欲攻撃のアバズレには負けるわけにはいきません。


「あなたは神官様ですか?」

 あたしがおもむろに神官の身分証でもある錫杖を見せると。


「ギルドの規定で白帯からのスタートになりますが、よろしいですか」

 イケメンは少し驚いて、手続き用紙をカウンターに並べました。


 神官は狭き門です。


 『風、土、火、水』の四大エレメントの女神の誰かから、正式に奇跡の施行を認められたものだけが許される称号なので、厳しい修道院の修行を全てクリアしても十人に一人ほどの確率でしか認可されません。


 入学試験でふるい落とされた者や、修行中にリタイアした者も含めると、数百人に一人の合格率と言われてます。


 田舎から出てきた力自慢や、そのへんの街の道場出身者とはわけが違うのですよ!


 教会本部の話では、本来なら白帯の上である『茶帯』や一人前と認められる『黒帯』からスタートしても良いそうですが、教会と対立している冒険者ギルドのしきたりに則って、そうしているだけだとか。


 その対立のせいや危険が付きまとう職種のため、神官になってから冒険者になりたがる人も少ないのですが、知人が少なく高収入な仕事は超あたし向きでしょう。


 凛と背筋を伸ばし、注目されていることをひしひしと感じながら必要事項を書き上げ、笑顔で用紙をイケメンに返します。


「しかも一番希少な『火』属性ですね。あなたならすぐに他のパーティーから声がかかるでしょう」

 受付のイケメンは笑顔をあたしに向けて、ギルド章である魔法カードとまっさらな『白帯』を渡してきました。


 女ばかりの地獄に三年もいたせいか、そのイケメンの手をついつい握りしめてしまいそうになりましたが、何とか耐えます。


 そう、この程度のイケメンなど目じゃありません。

 なんせ高給取りの神官冒険者になったのですから!



 サクッと高レベルモンスターを倒して、奴隷商で美少年奴隷でも買って侍らせるか、修行のせいで持ち続けてしまった処女をとっとと高級遊郭で捨てるか……


 やはり今時、十五歳で処女なんてキモがられるだろうから、初めは遊郭のお兄さんにお任せするべきかなーとか。


 そんなことを悩みながらクエストの掲示板を眺めていると。


「なあ、あんた神官なんだって? あたいたちのパーティーに同行しないか」

 田舎臭い女が、一枚のクエスト表を片手に話しかけてきました。


 見ると腰に白帯を巻いていましたが、

「あんたには簡単すぎるクエストかもしれないが、初めての肩慣らしにはいいんじゃないかな? ついてきてくれるのなら、報酬の半分を渡してもいい」

 その女剣士は素直そうでしたし、クエストはゴブリン退治でした。


 確かに、いきなり難易度の高いクエストは危険かもしれません。『高い山に登るのなら、初めはゆっくりと歩け』と、教会でも言われました。


 あたしはいつかイケメン・美少年奴隷を館にたくさん囲い込むハーレムを夢見ながら、とりあえず高級遊郭は明日以降だと心に決め、


「お声かけありがとうございます。至らないと思いますが、よろしくお願いします」

 笑顔を振りまきながら、心の中でため息をつきました。



  +++  +++  +++



 その後打ち合わせと称して、ギルド横の安酒場に移動します。


 昼間から冒険者たちが酒を飲みあう女臭い粗暴な店で、せめてもの救いはウエイターの少年がお尻の形がハッキリと分かる、ピッタリとしたハーフパンツを穿いて走り回っていることでした。

 ……あんな純情系美少年も悪くありませんね。


 黒のとんがり帽子と黒いローブを着た女がワインをオーダーし、ほかのメンバーはエールを注文しました。


 男は二十歳にならないと飲酒は禁止されていますが、女性は魔法回路が体内に宿ると成人とみなされ、お酒もたばこも、男を買うのもOKです。


 しかし修道院では禁欲生活を強いられていたせいで、まだお酒も飲んだことがありません。でも今日は冒険者初日なので、思い切ってエールを注文してみました。



 そもそも小娘鬼ゴブリン半透明触手女スライムと並ぶザコモンスターの代表格。


 見た目は人族の十歳~十二歳ぐらいの少女で、違いは頭の上に小さな角が二つあることと、肌が褐色なことぐらいです。


 魔物だけに人族の男よりは力は持っていますが、成人して魔力回路を宿した女性には程遠く、兵士や冒険者のように特殊な戦闘訓練を受けていなくても、一対一なら人族の成人女性が負けることはまずありません。


 小娘鬼ゴブリン女王クイーンですら、人語を理解するほどの知能もなく、冒険者と比較すれば弱すぎる戦闘能力で、集団戦闘も大した連携や戦略もない…… それが教会の魔物辞典にも書いてある一般的な常識でした。


 なにせ生態はアリやハチに近く、普段は魔物の森の中で木の実や花の蜜を食べて暮らす、おとなしい魔物だからです。


 しかし種として雄が生まれることが稀で、女王の産卵前に雄が死滅したりすると、人の村を襲うことがあります。

 おぞましい事に、女王は人と交配しても子孫を残すことができるのです。


 今回のケースでも、近隣の村が襲われたそうです。



 このパーティーはどうやらザコ狩りのベテランのようで、事前調査によると、

「やはり村の美少年とイケメンがさらわれた」

 だ、そうです。


 まさに女の敵ですね。


 巣があるのは、その村はずれにある古い魔法石採掘場。


 彼女たちザコ専門パーティーは採掘場の地図を手に入れ、ゴブリンたちの規模を確認し、退治のために必要なアイテムもしっかりそろえていて……


 メンバー構成も、『剣士、重剣士、盗賊シーフ、黒魔術師』の四人組で、個人の実力は低そうでしたが、そつのない構成で穴があるようには見えませんでした。


 打ち合わせの紹介では、剣士、重剣士、盗賊シーフ、が固定メンバーで、黒魔術師は今回のような大規模討伐の際に契約するフリーの冒険者らしいです。


「どうしてあたしを誘ったんですか?」

 声をかけてきたオレンジ色の髪の剣士、このパーティーのリーダーのさんに、ふと疑問になったので聞いてみると。


「最近魔物の動向がおかしくってね…… 念には念を押しときたくて」

 ニコリと微笑みかけてきました。


「魔王が何か企んでるとか、勇者召喚の儀に間違って男も召喚されて、災厄を招き始めたとか。色々妙な噂さもあるし」

 その横に座る、体格のわりに気の小さそうな重剣士さんがポツリとそう漏らし。


「どんな腕利きも初めてのクエストは失敗を犯しやすい。死なないようにせいぜい注意するのだな」

 あたしの正面に座った黒魔術師さんが、美しく整った鼻で「フン」と笑います。


 その言い草は、なんだかちょっとイラっとしまが……


 教会が指導する白魔法とは考えも対照的で、術者同士がいがみ合うことも多いとか。

 まして彼女は…… ジェシカと名乗る黒魔術師は赤髪にブラウンの瞳で、肌の色もやや褐色を帯びています。


 ギリギリ人族と言えそうですが、先祖には獣族か亜人族がいるのでしょう。

 昔からそうですが、このタイプの女と上手くいったためしがありません。


 しかも他のメンバーは気付いてないでしょうが、彼女の周囲には『隠ぺい魔法』の影がチラついてます。


 きっとあの美しい容姿は、魔力で底上げしたものでしょう。


 そんなににらんでも、素で『孤児院に落ちた宝石』とか『修道院の華』と呼ばれたあたしとは、レベルが違うんです!


 あたしがにらみ返すと、黒いとんがり帽子を両手で被り直しながら、これ見よがしに大きな胸をブルンと揺らしました。


 くっ…… 純粋な人族は貧乳が多いのよ!


 あたしが心の中で悪態をついていると、

「以前あの魔術師と組んだクエストで、あんたと同じような新人冒険者が死んじまってね。決して悪気があるわけじゃないと思う…… けど、冒険中は注意しな、腕は良いがつかめないやつだ」


 リーダーさんがあたしに近付いて、耳打ちします。


 まあ、どうやら色々と気を使っていただいたみたいなので、

「ありがとうございます」


 心の中で黒魔術師の下品な胸を罵倒しながら、ニッコリと笑って皆さんにお礼を言いました。クエスト報酬は半分もらえるので、ここは我慢の一手です。


 それにあたしもその噂は聞いていましたが、所詮よくある与太話でしょう。


 あたしは思ったより不味いエールを強引に喉に流し込みながら、念のために教会の修行で手に入れた『鑑定眼』と、暗殺されたお父様とお母さましか知らない秘密の能力を発動させて、パーティーメンバーを観察します。



 そして、打ち合わせが終わると『解毒魔法』で体内からアルコールを飛ばし、ギルドに戻ってあの受付のイケメンに話しかけました。


 ――やはり、ジェシカなんて名前の黒魔術師は冒険者登録されていません。

 しかも最近新人冒険者の死亡率が上がってて、ギルドは頭を抱えているそうです。


 偽造が不可能で、仮に他の冒険者から奪い取っても本人と能力が合わないと反応しないギルドの『帯』が、しっかりと黒魔術師のジェシカを『証明』していました。


 あたしの鑑定能力は修道院でもずば抜けてましたし、もう一つの能力は更にその上を行きます。



 つまらないと考えていたゴブリン退治が面白くなってきたことに胸を躍らせながら、借りたばかりのアパートに向かって……


「あ、し、た、がー、たー、のー、しっ、みっ!」



 ――あたしはそう口遊みながら、スキップを踏みました。

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