仮面のマッスル Ver. ゴブリンバスター 2

 翌朝集合場所の帝都の外れの村の集会所へ行くと、あの黒魔術師もちゃんと現れました。


 再度全員の装備を確認し、事前打ち合わせをすますと、ゴブリンの巣である古い採掘場に足を踏み入れます。


 しばらく進むと、ガタガタと音を立てて採掘場の入り口扉が勝手に閉じ、

「相当ガタが来てるのかな」


 リーダーの剣士さんが不思議そうに呟きましたが、あたし達は目星をつけていた女王の居場所に向かって歩みを進めました。


「前方魔力感知、七体。いやこれは一体岩場に隠れてるから…… 八体ね」

 盗賊シーフさんの声に、剣士と重剣士の二人がニヤリと笑います。


「あたいら二人で前を攻めるから、残りは下がって待機。盗賊シーフは念のために一番後ろでサポートの二人を守って」

 リーダーの剣士さんの指示が飛ぶと、慣れた感じで陣形が組まれました。


 この辺りはさすがだなと、あたしが感心していると、

「そんなバカな」


 前から重剣士さんの悲鳴のような声が響き、乾いた『パンパンパン』という爆発音が響きます。


「あれは今代勇者様の? どうして…… 打ち合わせと違ってる」

 後半は小声でよく聞き取れませんでしたが、続いてリーダーの剣士さんの声も聞こえてきました。


 あたしが目に魔力を集中して暗視と千里眼を発動させると、手のひらサイズの銃を持った小娘鬼ゴブリンたちが、岩陰に身を潜めて発砲を繰り返しています。


 今までの銃は一発撃つと次発まで時間がかかりましたが、あの手のひらサイズの銃は連射が効くようですし、威力もかなり高そうです。


 確か今の勇者様のチートは『アンリミテッド・ウェポンズメーカー』と呼ばれるもので、近代兵器と呼ばれる異世界武器を無限に召喚したり複写できる能力です。


 帝国兵には順次支給が始まっていますし、冒険者も『黒帯』クラスの実力者には試験的な支給が行われていました。


 ゴブリン達が持っている武器は、その異世界近代兵器に酷似しています。


 しかも普通なら素足で草や獣の皮を利用した簡素な服を着ている小娘鬼ゴブリン達が、皆同じ迷彩柄の不思議な服を着ていました。


「撤退だ!」

 リーダーの判断はとても早かったのですが……


 あたしたちが振り返ると、既に後ろも取り囲まれていました。

「くそ、こっちだ!」

 盗賊シーフさんが事前に調べていた隠し通路の一つを指さします。


 あたしと黒魔術師さんが飛び込むと、盗賊シーフさんが戦っている先方の二人を確認しながら、

「先に逃げて、このまま真っ直ぐ行けば出口にたどり着く」

 そう言って、剣士さんたちのサポートに向かおうとします。


「待て、あたしたちもまだ戦える!」

 黒魔術師さんが動転している私の手を強く握ります。


 あの武器からは魔力が感知できませんでした。

 予測できなかった突然の事態に、不覚にも混乱していたら……


「心配しなくても大丈夫だ、この通路でおとなしくしてくれればゴブリンはあんたたちを襲いに行く。せいぜいもがいて時間を稼いでいてくれ」


 盗賊シーフの言葉に、

「くそっ、やはり!」


 黒魔術師さんが素早く反応して、手にしていた大型の木製杖を構えましたが、

「感づかれてたのは知ってたさ、それを込みでの足切りだから悪く思わないでくれ。あんたがこっちに寝返ってくれればこんなことしなくて済んだ」


 盗賊シーフは事前に仕組んでいたのでしょう。古い通路の扉を閉めると、強力な閉鎖魔法を展開させました。


 黒魔術師さんが、急いで扉を開けようと『解析魔法』と『解除魔法』を展開しましたが、あたしの読みでは、この扉を強引に開くと崩落を招きかねないほどの強固な術式が組まれていました。


「これじゃあ生き埋めになる」

 黒魔術師さんも同じ結論に至ったのか、『解除魔法』を引っ込めて苦笑いしました。


 しかし今展開した魔法は『白帯』クラスが使用できるものではありません。

 黒帯…… それも高段者と呼ばれる達人クラスしか使用できない高等技術です。


「あ、あなたは……」

 あたしが黒魔術師さんの目を見つめると。


「あなたにもバレてたようですね。やはりあたしにスパイは向いてない」

 しゅんと肩を落としました。


 そして片膝を地につけ、宮廷騎士のように頭を下げると、

「ある方からの密命を受けて、冒険者ギルド内の不審な動きを調査しております。今の立場上名前は申し上げられませんが、どうかお許しください。エリザベータ・トゥ・マルセス殿下」


 あたしの古い名前を言い当てました。


 偽装ギルド章を持ってましたから、素性はギルドマスターか更にその上の権力者と絡みのある人物だろうと睨んでましたが……


 そっちまでバレていたのは意外でした。元家臣が秘密裏に孤児院に預けたので、知っているのはあたしと同じ一部の皇族だけのはずですが……


「元殿下よ」

 あたしが苦笑いするとその女性は、


「はっ、畏まりました」



 ――と、さらに深く頭を下げました。



  +++  +++  +++



 黒魔術士ジェシカ…… 名前は偽名だろうと思っていましたが、能力も偽っていたようです。

 大きな木製の杖を素早く展開すると、中から出ていたのはライフルと呼ばれるいにしえの勇者が伝承した『異世界魔法兵器』でした。


 しかも彼女がそれを使用すると、暗闇の中でも弾道が自在に変化し、岩陰に隠れている小娘鬼の手のひらサイズの銃だけ、ピンポイントで壊して行きます。


 そんな曲芸じみた技は、見たことも聞いたこともありません。


 あたしも神官服にしまってあった攻撃用魔法石を利用して攻撃に参加しましたが、フォローの必要性はほとんどありませんでした。


「エリザベータ様、もう少しで出口です。しばしご辛抱ください」


 湿った採掘場の空気に混じって、外からの風が感じ始めたころ、

「まさかこの匂いは、毒……」


 突然ジェシカがパタリと倒れました。

 どうやら小娘鬼たちが風上から何かをまいてきたようです。


 あたしは採掘場に入ってからずっと自分に浄化魔法をかけていたので、影響がなかったのですが、

「大丈夫ですか」

 彼女の顔は真っ赤で、呼吸も荒々しいです。


 これほどの能力者なら、その程度のことはしていると思ってたのですが……

 どこか抜けたところがあるのでしょうか? 少し不安になります。


 彼女の解毒をしようと解析を始めると、

「ああっ、殿下の胸は小さいけど、なかなか引き締まったいい腰つきで……はあはあ、高貴な方特有の、なんかいい匂いがしますね」

 潤んだ瞳で、あたしの体をまさぐり始めました。


 胸が小さいとか余分なんですけど!


 解析結果は『エロマンガビヤク』でした。


 小娘鬼たちが男狩りをする際に使う、惚れ薬と興奮剤をミックスしたポーションですが…… 何故こんなものを女に向かって使用するのでしょう。


 殺す目的なら、もっと効率が良い毒はたくさんあります。

 まったく小娘鬼の感覚は良く解りません。


 しかも、はあはあ言いながら身体を擦り付けてくるジェシカがキモくてたまりません。ある意味これも地獄なので、

「えい!」

 完全に毒が回ってて解毒は不可能でしたから、錫杖で後頭部を強打して意識を奪っときます。


「小娘鬼め、何て卑劣な!」

 あたしはとりあえず自分のことを棚に上げ、彼女を背負って出口を目指しました。


 すると前方から数人の小娘鬼が、例の手のひらサイズの銃を構えて近付いてきます。


「下等生物の分際で、なめんじゃないわよ!」

 誰も見ていないので、口調もついつい地に戻ってしまいましたが……


 残った攻撃用の魔法石をバラまいて小娘鬼を蹴散らし、何とか前進します。


 しかし徐々に取り囲まれ始めたので、閉鎖魔法プロテクションでやつらを囲み、その中に灼熱魔法バーニングを叩きこみました。


「せいぜいこんがりと焼けるといいわ!」


 しかし振り下ろした錫杖と同時に顔を上げると、煙の中から小娘鬼のリーダーらしきやつがヒョッコリと大きな盾から顔を出し、後ろの小娘鬼たちにハンドサインのようなものを送っています。


 あたしが慌てて解析魔術を展開したら……

 その盾は『魔力吸収板』と表示されました。


「何それ、そんなの聞いたこともない」

 しかし、何かが吸収されたことは事実です。


 小娘鬼たちは手のひらサイズ銃を構え、組織的にじりじりと距離を縮めてきます。

 横では意識を取り戻したジェシカが、さわさわとあたしの太ももを触ってます。


 防御魔法と錫杖を使った体術で時間稼ぎは出来そうですが、直接的な魔法が通じないのでしたら、根本的な解決にはならないでしょう。


 実際何度魔法を使おうとしても、あのおかしな盾がキャンセルしてきます。


 間接的な魔法攻撃や物理攻撃は、ジェシカが正気を戻さない限り使用できませんし、爆破や凍結を起こして間接的に攻撃できる魔法石も底をついてしまいました。


 しかも小娘鬼に狩られる前に、ジェシカのせいであたしの貞操も風前の灯火です。

 もう彼女の手が、触っちゃいけない場所まで伸びて来てます。


 逆らおうとしても妙に力が強く、変な体術も使用するので……

 なかなか体が離れません。


 経験なしで最初で最後の相手が女なんて考えるだけでゾッとして、もう一度意識不明になるようジェシカを殴り倒そうか、このままこのポンコツ痴女を捨てて逃げるか、どうしようか悩んでいたら……


 遠くから足音が響いてきました。


 気配を探ると、まったく魔力が感知できないのに足音に向かって襲い掛かった小娘鬼たちがポンポン投げ飛ばされています。


 そして暗闇の中…… 小娘鬼ゴブリンの気配が消えると、足音の正体があたしの前に現れます。


「もう大丈夫ですよ淑女レディ


 フルフェイスの鉄仮面をすっぽりと被り、上半身はなぜか裸。

 白いだぼだぼのズボンにまかれた帯は『黒』。


 鑑定眼で確かめると『講道館流初段』と出てきました。

 ――まったく聞いたことがない組織ですが、どうやら偽物ではないようです。


 自慢そうに筋肉を見せつけようとしていますが、線の細い体躯はちょっと頼りなく、ひいき目に言っても『痩せマッチョ』程度です。


 まあ、いくら筋肉があっても所詮そんなものは飾り。

 戦闘には何の役にも立たちません。


 もうこれは、どう考えてもただの変態ですね。

 痴女なら街にあふれてますが、痴漢なんて都市伝説だと思っていました。


 それとも極限のあたしが見た妄想なのでしょうか……


「あなたは?」


 あたしが何とか声を絞り出すと、

「仮面のマッスル、ゴブリンバスター・バージョンと申します」


 男にしてはやや高く、チャラい感じの声でそう言い。


 今まで会ったどんな貴族よりも優雅で気品高く、そしてこの廃れた地下通路を王宮のように輝かせるようなオーラを発しながら……



 ――その男は、見たこともない美しいお辞儀をしました。

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