ベッドの上で輝く美少女

 真美ちゃんは青をベースにした魔法少女のようなミニスカートのドレスを着ている。勇者の正式な衣装らしいが、部屋で一対一になって改めて見ると違和感だらけだ。


 一言で言うと、エロ過ぎる。


 胸元や肩に大きな青のリボンのついたドレスシャツは、まあ可愛らしいが……

 その下のコルセットのような物が無駄にくびれたウエストと大きな胸を強調してるし、レースのフリフリのスカートはあまりにも短い。


 膝上までの長い靴下…… ニーソだっけ? が、何とか足を隠しているが、ピチピチの太ももは全開だ。これをあの元同僚の変態下柳が見たら、その場でヨダレを垂らしたに違いない。


 現に今も、ベッドの上で仰向きになって脚をバタつかせているせいで、純白の子供っぽいパンツがチラチラ見えて目のやり場に困る。


 まあ彼女によく似合っているのが、せめてもの救いだ。



「今日もね、騎士の女の子達が何やらコソコソしてたから、なんだろうと思って輪に入ったの」

 そしたら彼女たちが見ていたのは、エロ本。

 イケメンが全裸で怪しいポーズをとっている写真集だったそうだ。


「前の世界でも男の子達がそんなことしてるの知ってたけど、いくら女性社会だからって……」


 この世界の女性の態度は、前の世界の男そのものだ。


 俺はこんな仕事を始めたから短期間の内に身をもって知ることができたが、真美ちゃんはまだどうも馴染めないらしい。


「その辺はまだましなんだけど、男がみんななよなよしているのはどうかと」

 しかし彼女最大の悩み、いやストレスと言うべきか。

 それはこの世界の男たちの態度だった。


「これでもあたし、前の世界ではそれなりにモテたのよ」

 ゲーム好きの彼女は学校では陰キャで通していたらしいが、眼鏡を外しストレートの髪をふわふわブローで仕上げただけで、目立つ美少女に変貌した。


 出会った際の真面目ちゃんスタイルでは気付かなかったが、クリクリとした大きな目はややツリ気味で、スラリと通った鼻筋のせいか、どこか意志の強さも感じさせる。


 この世界の女性は皆美女・美少女ばかりだが、真美ちゃんはその中でも頭ひとつ抜けた可愛らしさがあった。


 どうやら前世ではこの可愛らしさを意図的に隠し、男達を騙していたようだが……


「この世界の男たちはどんなに可愛らしく微笑んでも、庇護欲をそそる幼気な少女を演じても、見向きもしないのよ」


「女が男を守る世界だから、仕方がない」

 その手のタイプの女性は『女らしくない』とキモがられる傾向にある。

 ノリとしては、前世で女っぽい男をバカにするみたいなものだろう。


「しかも胸の谷間を見せたってパンチラしたって、エロい視線ひとつ飛んで来ないんだから!」

 そしてストレスが爆発したのか、真美ちゃんはいつものようにベッドの上で立ち上がると、両手をぎゅっと握りしめ俺を睨む。


「あたし可愛い?」

 微笑みながら首を傾げる彼女は、若さと可愛らしさに溢れている。


「もう、萌え萌えです」


「スタイルもいいでしょ」

 髪をかきあげ背を反らすと、大きな二つの胸が強調され、外されたシャツのボタンの隙間から花柄の可愛いらしいブラジャーがチラリと見える。


「素晴らしいです」


「見とれちゃうでしょ」

 そこからくるりとターンすると、フリルの着いたスカートが翻り、瑞々しい太ももと純白のパンツがバッチリと見えた。


「超、最高です」

 俺はベッドの横で跪きながら、そんな少女を褒め続ける。


 やがて真美ちゃんはベッドの上でぴょんぴょんと跳ね、リズムをとって踊りだした。


 俺は発光魔法石がついたペンライトのような棒をポケットから取り出し、彼女のダンスに合わせて振り回す。


 変態下柳直伝のアイドル応援技、『ヲタ芸』だ。


 真美ちゃんは高校を卒業したら上京して声優学校に入るか、アイドルグループに入るのが夢で、地元のダンス教室やボイストレーニングのスクールにも通っていたそうだ。

 そのせいか、素人の俺から見てもダンスのキレはなかなかのものだった。


 俺が全身全霊を込め“パン、パパン”と拍手を入れながら「ヒュー、ヒュー、ヒュー」と声をかけると、


「もっと、もっと!」

 真美ちゃんは嬉しそうに微笑み、ダンスの速度を増した。


 やがて魔力が溢れ出し、イリュージョンのように青や緑の光が彼女を包みだす。

 俺が低い姿勢から腕をベッド上の真美ちゃんの方へ振り上げるヲタ芸の技の一つ『ケチャ』を決めると、


「きゃっほー!」

 真美ちゃんのダンスは更に激しくなり、ベッドもギシギシ軋み、部屋が緩やかに揺れだしたが……


 しかしここは魔法の世界の遊郭。

 『遮断魔法』とか言う防音装置が各部屋にかけられ、『強化魔法』とか言う耐震補強が床やベッドに張り巡らされていた。


 だから俺は彼女の美しさを称えるべく、更にヲタ芸を激しくする。


 ベッドの上の少女も、時に可憐で、時に可愛く。

 更にはK-POPのアイドルのように腰を突き出し、妖艶で誘うような踊りまで披露した。

 シミひとつないピチピチの四肢は躍動感と若さにあふれ、小ぶりで引き締まったお尻はつんと上向きで、色気と可愛らしさの境界線を行ったり来たりしている。


 俺はそんなベッドの上で輝く美少女に、惜しみない声援を送り続けた。



 そしてこれが彼女のストレス発散で、ここ数ヶ月続く儀式だった。


 一時間ほど彼女のパフォーマンスは続き、その間ずっと俺が褒め続けると、ようやくご満悦の笑みを浮かべてベッドに大の字で寝ころぶ。


「この世界の女性の姿に価値がないのは分かるけど、こうでもしないとあたし自身に価値がなくなったような気がして」


 真美ちゃんいわく、

「十六年間女として可愛さを磨いてきた身としては、この世界の価値観は受け入れがたい」

 ものらしい。


 ここに勤める男たちも、女性客が胸をあらわにしても、下着が見えても、嬉しそうな顔ひとつしない。

 むしろそんなみっともないものは早く隠してくれと言わんばかりに、嫌そうな顔をする。


 まして真美ちゃんはその姿を真面目そうな鎧で隠し、男たちを手玉に取ることを楽しみとしていたそうだから、なおのことだろう。


 いわゆる計算女は俺の高校にもいたが、彼女はサークル・クラッシャーとしても名を馳せていたようで……


 漫画研究部、映像制作部、ゲーム研究会にアニメ研究会、そして新設されたばかりの『Eスポーツ部』の人間関係を破綻させたあたりで高校にいられなくなり、引きこもり状態で家にいたのだとか。


 聞けば聞くほど強者で、考えようによっては魔王を倒すためには打って付けの人材かもしれない。


 さすがの勇者様も、一時間も踊り続けたせいかうっすらと汗をかきになっている。はしゃぎすぎたせいか胸のボタンは外れすぎていて、花柄のブラジャーに包まれた大きな胸の谷間には玉のような汗が滴っていた。


 俺がクローゼットの中からタオルを取り出し、

「何か飲む?」

 声をかけると、

「フルーツジュース」

 幼い声が返ってくる。


 部屋の壁に取り付けてある通信魔法の受話器を取り、

「フルジュー大盛り、氷だくだくで」

 一階の厨房にオーダーを通す。


 するとタオルで汗を拭きながら、真美ちゃんは俺の顔をちらちらと見た。


 あれは何か相談に乗って欲しい時の合図だ。短い付き合いだが、その程度のことは分かってきた。


「何かあったのか?」

 新人ウエーターが届けてくれた、フルーツジュースの大ジョッキを真美ちゃんに渡すと。


「それがさあ、今帝都で仮面をかぶった変態筋肉男が出るって噂があるの」

 一口飲んでから、深いため息をつく。


「珍しいね。こっちでは痴女の話はよく聞くけど、痴漢の話は初めて聞いた」

「まだそれが痴漢かどうかも分からないのよ。格好は変だけど、正義の味方の真似事をしてるみたい」


「なら、わざわざ勇者様が出るほどの話じゃないだろう」


「そうでもなくて、その変態…… 男で魔力もないくせに、お尋ね者や悪徳商人の用心棒を倒してるの。しかも最近では冒険者に混じって魔物退治までしているとか」


「それでその調査を?」

「そうね、調査と…… 危険と判断されれば排除かな」


 真美ちゃんはもう一度ため息をつくと、「ズズズッ」と音を立ててフルーツジュースの残りをストローで吸い取る。


 たとえどれだけ図太い神経をしていても、彼女は現代っ子。「排除」と、言葉を選んだが、この世界で排除といえば殺して捨てることだ。

 同じ人間を殺せと言うのは、さすがの彼女にも荷が重いだろう。


 以前聞いた話では、真美ちゃんのチートは直接自分が手をかけなくても魔王を倒せると豪語していた。


 その能力を聞いて、なるほどと感心したが……

 同時に彼女が考えるほど簡単でもないだろうと、不安にもなった。



「何か情報がないか聞いてみるよ」


 この店には帝国の表社会・裏社会の重要人物がお忍びで訪れている。

 酔っておかかえの男に自慢話ついでに極秘情報を喋ってしまうのは、よくあることだ。


「ありがとう」

「色々な事が、ハッピーエンドになるといいね」


 やはりこの少女を、紳士として守らなきゃいけない。


 俺がぽんぽんと頭を叩くと、年相応の可愛らしい笑顔を見せて、

「アキラの能天気な顔を見たら、気が抜けたわ。あたし、もう寝る」

 そう言って、シーツに潜り込んだ。


 すると幾つかの魔法陣が輝きはじめる。

 汚れを払う『浄化魔法』、疲れを取り払う『回復魔法』、そして『収納魔法』からパジャマを取り出し『チェンジ魔法』で着替えを済ます。


 この手の生活魔法も、魔力がある女性だけの特権だ。

 男は前世と同じようにシャワーを浴びて服を着替える。


 まあ、蛇口をひねればお湯が出てくるだけありがたいと思っているが。


「勇者様、それでは今日もお泊りで?」

「お城の門が開かれる前には起こしてよ」

 お忍びで来てるので、朝の開城前には私室に戻らないと不味いらしい。


「かしこまりました」

 ベッドの横で俺が深々と頭を下げると、シーツからピンクのパジャマの袖に包まれた腕が差し出され、


「勇者様なんて呼ばないでよ、二人の時は名前で呼んでって言ったじゃない。そ、それから寝付くまでまた手を握ってて」

 不貞腐れたようにそっぽを向く。


 これがサークル・クラッシャーの破壊力なんだろうか。


 ツンデレっぽい態度に思わず惚れそうになってしまうが、

「かしこまりました、真美ちゃん」

 そう言って手を握り返すと、安心したように微笑み…… あまりに幼すぎる顔に、俺の性欲も何とか治まる。


 ロリコンじゃなくて、本当に良かった。


 そして寝ぼけ眼で、真美ちゃんは俺を見上げながらポツポツと質問してくる。

 これは彼女が寝付くまでの儀式だ。


「ねえ、なんであたしのわがままを聞いてくれるの?」

「仕事ですから」

 すると、少し頬を膨らませて俺をにらむ。


「あたし可愛い?」

「もちろんです」

 そう言うと、今度は嬉しそう微笑む。


「襲っちゃいたいぐらい?」

「ええ、今も危なかったです」


「じゃあ何でそうしないの?」


「お求めとあれば、そうしますが」

「なわけ、ないじゃん」

 今度はそう言うと、少し複雑な笑みを浮かべる。


「ねえ、あの時…… あなたはこんなチャラ男なのに、どうしてあたしを助けようとして死んじゃったの?」

「驚いて、たまたまハンドルを切りすぎただけです」

 そう答えると、真美ちゃんは何かを確かめるように、俺の目をその大きな瞳で覗き込む。


「あたしのこと好き?」

 その質問がいつも最後で、

「もちろんです」

 俺が答えると、怒ったようにそっぽを向く。


 そして眠りにつくまで、俺の手を離さない。



 彼女の小さな寝息が聞こえてくると……

 俺は立ち上がり、壁に取り付けられた通信魔法の受話器を取る。


「勇者様、今晩オールです」

 俺がそう言うと、エリック座長は受話器の向こう側で大きなため息をついた。


「アキラ…… 確かに稼ぎは上がるが、お前の身が持たないんじゃないか? さっきも恐怖を感じるほどの興奮に満ちた魔力波と振動が伝わってきたが」


 座長は何かを勘違いしているようなので、

「心配しなくても大丈夫ですよ」

 安心するようにそう伝えると。


「まあお前がそう言うなら今は止めねえが、まずいと感じたらいつでも相談に乗る。相手が勇者でも、うちの遊郭は跳ね返せるだけの権力があるからな」

 そんな言葉が返ってきた。


 いったい過去の勇者様は何を致したのか……


 ちょっと聞きたい気持ちになったが、

「じゃあ、もしもの時は」

 俺は言葉を濁して、受話器を下した。


 時計を確認すると、夜明けまではまだ時間がある。


 どうやら真美ちゃんのためにも、俺自身のためにも、やらなくちゃいけないことは山積みのようだ。


「紳士たれ」

 自分にそう言い聞かせると、クローゼットの奥にしまってある『仮面』取り出し、

「ハッピーエンドを迎えれるように、やれることをひとつずつ頑張ろう」

 眠りについた勇者様の幼い顔を確認してから、そっと窓を開け……



 俺は優雅に、夜の帝都に向かって飛び出した。

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