第5話お腹が減ったんだもの

彼にはお話のファンが大勢いて、私には文章のファンがほんの少しいた。


5年ほど前の話だ。


文章を書き始めてからできたファン。特にお世話になったのが、最初に出会った全く知らないひとりの男性だった。


今日はそんな、不透明な彼の話をする。


私は10年くらい前からお話を書くようになった。ずっと言葉が好きだった。それ以上の大きな理由は特にない。私の中で流れている感情を摘んで、無理矢理言葉に押し込める。歪な形で殺された感情を、再び私の中に浮かべて流す。その繰り返し。そうやって文字を書いた。


その過程は、私の言葉が人にどう見られるかという部分とは全く切り離された「私」という世界だけで完結する。だからきっと、私はいつか、言葉が書けなくなるだろう。


それでも今は楽しいんだ。

私からはどんどん言葉が出てくる。あれが書きたい、これが書きたい。もっと、もっと。言葉を打つ指が縺れて苛々するくらいには、私には書きたいことが溢れていた。


そんな風に書き始めて1年も経てば、ある程度「物書き仲間」ができる。主にSNSで。同じように文章を愛している仲間が少しずつできた。


1番よく話したのは、最初に私を見つけてくれた、全く知らない物書きの人だった。「野菜のたね」という方だ。アカウントの名前だから、本名は知らない。どこに住んでいるかもわからない。話している内容から恐らく男性で、私と同世代だと思う。


彼とはチャットでよく話した。私たちは同じような時期にお話を書き始め、同じようにお話を作り続けた。


1番初め、私たちはネット上で軽く自己紹介をして、お互いの文章を読んだ。彼は最初に私の文章を「おもしろい」と言ったが、私は彼の言葉の何が「おもしろい」のかさっぱりわからなかった。


私たちは書くジャンルが全く違う。


彼は異世界で冒険や恋愛や戦闘を繰り広げる、所謂王道のファンタジーを書くのが得意だった。彼は自分の作品を人に伝えるのが上手で、みるみるうちに読む人が増えた。彼を取り囲むみんなが、彼の話を面白いと言った。


一方私は冒頭にも話した通り、あまりにも個人的な感情を撒き散らした短編ばかりを書いた。当然だがそんな言葉を読む人は少ない。


私たちは同じ時期に創作を始めたが、お話も読者も応援の数も全く違っていた。


彼は3年ほど経てばそれなりに人気のある作家になったが、まだ目標には届いていないらしい。初めに彼と話した時、彼は自分の目標を語った。


「僕、小説家になりたいんです。たくさんの人に読んでもらえるような小説が書きたくて。自分の書いた文章を色んな人に読んでもらって、楽しんでもらいたいんです。僕のお話と一緒に、冒険してもらいたい。だから、読む人が感想をくれるとすごく嬉しくて。あなたは何のために小説を書いているんですか?」


そんなことをチャットで聞かれた。人と話し慣れていない私は戸惑う。


「私は感情を書きたいんです。人の感情を、もっと丁寧に、綺麗に抉るようなお話が書きたいんです。」


「やっぱり変態ですね^_^

いい目標じゃないですか。応援してます。」


彼は私を変態だとよく言った。あまりにも言葉に執着するからだ。彼の愛のある罵倒は私をよく切り刻んでくれた。


さて、そんな彼と知り合って5年。彼は今やSNSのフォロワーが1000人ほどいる。お話を書けば1日何百人という人がそれを見にくる。


が、ある日突然、彼の手が、ピタリと止まった。


お話が書けなくなってしまったのだ。


本人はSNS上で、構想を練るためにお休みをいただきます、とだけ言って、全く姿を現さなくなった。


私は彼の言葉が別に好きではない。だから大して悲しいとも思わなかったが、話し相手、友達として心配だった。そこで、彼にチャットを送った。


「休載とありましたが、大丈夫ですか?」


5年間、ほとんど毎日欠かさずお話を書いてきた彼だ。構想を練る以外に何か理由があるのは明白だ。既読がついて、返事が来る。


「ご心配かけてすみません。実は、自分の物語に自信が無くなってしまって。」


「私でよければ、お話聞きましょうか?」


彼は少しずつ状況を語った。彼のお話を読む人が増えたことで、当然ファンが増えた。するとお話を更新するたびに聞こえてくる声も必然的に増える。応援の声だけなら良い。が、どうしてもそうでない言葉が耳に入るようになる。


『たくさんの人に読んでもらえる小説家になりたい。』


彼が目指す目標自体が、彼を傷つけ始めた。

次第にお話の更新ごとに、自分の文章について深く悩むようになる。


これは本当に面白いのか?

これはいらない話なんじゃないか?

これを書くとまた何か言われるんじゃないか…?


もしかして、何も書かない方が、良いんじゃないか?



彼の手は止まってしまった。


私はその話を聞いて、正直に彼に話した。


「あなたはなぜ、今のお話を書いているんですか?」


「僕は、小説家になりたいんです。」


「それはどんな?」


「色んな人に読んでもらえるような、です。僕のお話の世界を、楽しんでもらいたいんです。」


やっぱりな。そう思ったから、正直に彼に話した。


「私は最初からあなたの言葉の何がいいのかよくわかりませんが、今のあなたの言葉は、素敵に思えます。是非、あなたを題材に一つ、お話を書かせて貰えませんか?」


私はどうかしているだろう。

悲しんでいる人間にかけるべき言葉を知らない、ただ人間の形をした何か。苦しむ人間を食って、言葉を紡ぐ機械。そんな言葉の断片に酔いしれる醜さ。人間らしさを知らない人間が、その人間性を書く。どうかしている。


だから、彼のことが書きたいと思った。


すると彼から返事が届いた。


「はは。やっぱり変態ですね。ちょっと元気が出ました。ありがとうございます。それと、是非、僕のお話を読んでみたいです。よろしくお願いします。」


私は彼の返信に、少し笑った。


私は本当に酷い人間だと思う。


そんな経緯で、こんな言葉を書いてしまうんだから。


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お話に出てきたアカウントや人物は現実のものとは一切関係ありません。

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