第4話真っ白な

このお話は元はもう少し長い話でした。お勤めが済んだので、一つの章を抜粋して載せています。


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今、空は真っ白。


空が段々と赤くなる少し手前。太陽が天球を転がり落ちて、それをいつもならすぐに探し当ててしまう瞳ですら捕まえられないほどの、遠い距離まで逃げてしまった。薄い雲が空に張り付いているせいで、太陽の色は分からない。だから、真っ白。


電車に乗り込んだ。今から家に帰るの。こんな時間に帰るのは久しぶりだ。お昼と夕方の間の、半端な時間。


家まで電車で1時間はかかる。音楽を聴きながら寝ようと思って、白いイヤホンを耳に挿す。自分の気持ちが分からない。感情を見失っているので、何を聞いたらいいか分からない。悲しい訳でも、嬉しい訳でも無い。だから、音楽アプリのシャッフルのボタンを押した。


選ばれたのは、随分懐かしい曲。高校生の時かな。夜、バス停から家まで歩く時によく聞いていた、優しい曲が流れた。


この曲をよく聞いていたのは確か冬だった。私は曲を聞くと、その時の感情とか気温とか、周りの風景が自分の中で事細かに再生される。だから何度も聞けば聞くほど、その曲は自分の記憶で重く、複雑になっていく。


1番初めに、優しいキーボードの伴奏が流れて、それがころん、ころんと耳の中を転がった。私は高校生の時、よくひとりぼっちだった。それは頭の中の話だよ。周りにたくさん人がいればいる程、その人たちの僅かな表情の変化を捉え切れずに、自分がすり減っていく。みんなの気持ちが読めない。あるいは読めすぎるから、毎日人といるのがちょっと辛かった。


丁度、ボーカルが歌い始めた所で、電車がゆっくり動き出す。乗客はほんの2、3人だ。みんなどこへ行ってしまったんだろう。


大学生になってからは、この電車の4列シートで、友達3人とよく帰った。1時間もかかる電車の中で、普段なら1人で居たいと思う私が、唯一授業が終わるのを待ってまで一緒に帰っていた友達。


何が違ったんだろうね。

今思えば、3人とも、人付き合いが上手だったんだと思う。表面だけの、ね。だからお互い、人といるのが苦しいと慰め合って、接し方の加減を探る手間が省けた分、楽だったんだと思う。


どこまで優しくすればいいか。そんなことを気にせずに話せた。


みんなはまだ授業中だろう。学年が上がるに連れて、授業がバラバラになった。帰る時間もバラバラになった。みんな3人以外にも、それなりに仲の良い友達ができて、色んな人と仲良くしているうちに、徐々に時間を割かなくなっていった。


この席で、確かに座っていた3人。


馬鹿な話で盛り上がって、くだらない事ばかり空想して、噂話をして。


イヤホンの中では依然、昔の寂しい私が1人で歩いている。大人になったら、もっと楽に生きられると思っていた。気のおけない友達と、毎日会いたい時にだけ過ごす。ねえ、あの時の私。少しは手に入れたよ。


でもね、いつも、空っぽ。


心の中には、結局、真っ白な空洞が息を吸ったり吐いたりして佇んでいる。


生きているのだ、それは。


丁度耳の中ではたくさんの音が滑り出していた。そこに流れる、いつか保存しておいた色んな感情が何層にも重なって流れていく。その重みで私は徐々に削り取られて、小さく、小さくなっていく。でもそれは結局、全て空洞の中に吸い込まれていく。最後は全部そこに辿り着く。

嬉しいも悲しいも全部、同じ速度で私の耳をころころと転がって、鋭い音が拍を刻むたび、泡が割れるように消えていく。


私が思い出した感情も、聞こえてくる音も、曲が終わって仕舞えば全部消える。空洞は今までと同じように、そこでただ息をする。


悲しいのだ。それしかできないことが。


何度も同じように思い出したとして、もうその時には戻れない。


行かないで欲しい。


消えないで欲しい。


そう思うたびに、できるだけ痛みを避けてきた心が感情を吸って、ここにいるよと主張を始める。

もうすぐ新しい場所で生きていかなくてはならない。こんな時間に電車に乗ることもきっと無い。


私はこんなに弱くて、大丈夫だろうか。


高校から帰っていたあの日も、この曲の終わり、そんなことを思った。


呪われてるんじゃ無いか?


きっとこの曲も空っぽなんだよ。


だから空も、私も、電車も、みんな、道連れ。

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