騒がしくない騒音

 浪人回し。ペン回しのことを、うちではこう呼ぶ。先日も図書館で本を読んでいると、隣で夏休みの課題を片付けにきたらしい小学生が、小学生ながらに浪人回しをしていた。



 皮田はいつからペン回しが嫌いなんだっけ。身内にすら手脚気と言われるくらい不器用で、一度試してみたが回せない。他人がくるくる回しているところが羨ましく、それがやがて憎々しさに変わった。


 あと他人がやってるとうるさい。下手くそは何回もペンを落とす。カタンという音が自習室や図書館じゃ普通に騒音。そもそも回してるときに中の芯が揺れるカチャカチャ音、あと回転を止めようとハシッと掴むときもなんか音がする。メチャクチャ腹立たしい。



 高三の夏、最後の大会で見事シード校の前に散り、皮田は部活を引退した。一応は自称進学校に通っていたので、受験勉強に熱を入れ始める。皮田はバカの癖に勉強し過ぎたからか、受験に成功したら女が寄ってくる、という謎の確信をもっていて、一心不乱に打ち込んだ。飯を食うときもトイレで踏ん張るときも英単語帳は離せない。起きてる時間すべてが自習時間。


 塾の自習室で励んでいるとカタン、と聞こえる。浪人回しだ!こういうとき皮田は一度トイレに向かいながら室内を見渡す。トイレで鏡に向かって「俺が正義だ!」と呟いく。そして自習室に戻ると、不届き者の机に横からガツンと蹴りを一発。驚いてこっちを見た騒音の主の手首を掴んで「カタカタうっせんだよ...」と低い声で一喝。こうして学習環境の改善に日々努めてました。



 努力の甲斐あってか、人に名前を言っても恥にはならい程度の大学に合格。不届き者の数名は浪人。そして皮田は入学最初のオリエンテーションで隣がうるさく、いつもの癖で一喝。見事、友達が作れなかった。


 こんなのは当然、皮田の性格の問題だろう。それでも必死に机にかじりつき、集中のために荒くなってた自分は嫌いになれない。そんなことを思い出しながら、隣の小学生を丁寧な口調で止めた。浪人回しは嫌いだから。

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