第20話 旦那様!

 夕方。


「旦那様が帰られたみたいですよ」


 窓から外を見ていたサフィが黒いオーラを出しながらそう告げる。

 はい、その黒いオーラしまって~。こわいよー。


「じゃあ、行きましょうか」


 サフィを連れて玄関に向かう。

 戦場に行く気分なんですけど!今からルイド様にマリーナル様からのお茶会のことを話すという戦いが始まる。うん、無理ゲー…。あー、ルイド様から話しかけてこないかなぁ!…無理か。うん、知ってた。




「おかえりなさいませ」


「あぁ」


 玄関でルイド様を迎えて声をかける。いつも通り一言が返ってきてそのままルイド様は書斎に行った。


「…無理だと思うわ」


 いつ声をかけろと…?隙がなさすぎたよ!?


「が、頑張ってください…!」


 いくらまだ余裕があるとはいえ、できるならば今日の内に言っておきたい。



 ダイニングに行き、ルイド様が来たところで夕飯を食べ始める。

 無言ですがなにか?まずは話せる空気を作ろう。話せる空気…話せる空気…そうだ!不審な動きをして声をかけてもらえばいいんだ!


 作戦1、ちらちらルイド様を見よう!


 ご飯を食べつつルイド様の手元をちらっと見る。

 え?なんで顔じゃなくて手元を見るのって?作戦の数がなくなるからです!


 それにしてもルイド様、手も綺麗なんだなぁ。ペンだことか剣だこはあるけど、長くてスラっとしてる…。だけどどこか男らしい…。なんだそれ反則過ぎない?そういや、手をまじまじ見たことはなかったかも。普通見ないか。


 そしてこの作戦は失敗っぽい。全く気付かないぞ…。


 作戦2、ちらちらルイド様を見よう!顔バージョン!


 ご飯を食べつつルイド様の圧倒的美の顔面をちらっと見る。

 相変わらず人間味のある圧倒的美だなぁ。本当どうやったらこんな顔を持った人が産まれるのか。さすが乙女ゲームの世界の主役級キャラ…。つまり何が言いたいかって言うと、眼福ですね!


 そして相変わらずルイド様は気づかない。料理に集中してるっぽい。うん、これはもう最終手段を使うしかなさそうだね!


 作戦3、ルイド様の顔をガン見しよう!


 これで気づかなかったら今日は諦める。ちょっと今日は自分から話しかける勇気はないです。


 ジーっとルイド様の顔を見る。今度は隅々まで顔を堪能…観察しようかな。気づくまで見るぞ、私は。…あ、睫毛長い。肌が陶器。え、目の近くに黒子あったんだ…なにそれセクシー。黒子小さくて薄いし髪に隠れていることが多いから気づかなかったわ。


 そしてそろそろ気づこう!?私もご飯食べたいよ!


「…何ださっきから」


 気づいたー!ルイド様はだるそうにこちらを一瞥してそう呟いた。

 ふっふっふ、ここまで来れば私のものよ!


「3日後、マリーナル様のお茶会に行ってもいいですか?」


 言っちゃった!言っちゃったよ!わーい!


 ルイド様はというと、一瞬ポカンとした。すぐに元に戻ったけど。もうちょっとその顔してても良かったのに~。まぁ、そんな顔も様になってたけど!


「あぁ、好きにするといい」


「ありがとうございます」


 ルイド様から許可をもらった。

 ふぅ、肩の荷が下りたわぁ。これで食事を楽しめる。…あ、これ美味しい。


「…それだけか?」


 モグモグ料理を堪能していると、不意にルイド様が話しかけてきた。

 危ない、カトラリー落とすところだった。話しかける時は話しかけるよって合図をしてほしい。


「あ、はい。それだけです」


「…ふっ」


 私の答えを聞くと、ルイド様は小さく笑いだした。

 え!?なんかおかしなことしたっけ!?そして後ろでサフィが動揺してるのがわかる。うんうん、そうだよねぇ。私も動揺しているよ。


「えっと…?」


「あぁ、すまない。少し面白かったものだから」


「面白い…?」


 ちょっと何言っているのかワカラナイ。

 そういや、前世でも友人が急に笑い出すことあったような…?あれ私が原因だったのかなぁ。何かした覚えはないけど。


「気にしなくていい。…お茶会楽しんでおいで」


「はい」


 優しいなぁ、ルイド様。楽しんでおいで、だなんて…ん?楽しんでおいで?え、今ルイド様そう言ったよね!?え、あのルイド様が…!?どういう心境の変化なんだろうか…。


「どうした?」


「いえ、何でもありません」


 ちょっと今日のルイド様いつもと違いすぎてついていけないわ…。ここまで会話したの初めてなんじゃない?


 その後は何もなく無言で夕飯を食べた。ルイド様は先に食べ終わり、書斎に戻っていった。

 なんだかいつも通りの行動に安心する…。




 ご飯を食べ終わり、部屋に戻って湯浴みを済ませた。


「お茶会のこと言えたわ」


「よかったですね、奥様」


「それにしても今日のルイド様、何だったのかしら…」


「私もあれにはびっくりしました」


 今日は私と話してもいいかっていう気分だったのかなぁ。なにしろ初めてのことで全くわからない。まぁいいか。明日にはいつも通りだよね!


「とりあえず、許可もらえたからマリーナル様に返事を書こうかしら」


「では便箋を用意しますね」


 サフィに便箋を用意してもらって、筆を執る。

 えーっと、拝啓、マリーナル・シャルム公爵令嬢様…と。



「書けたわ」


「お疲れ様です」


 サフィに書いた便箋を渡す。あとはサフィにお任せ!

 ルイド様に許可をもらえました!3日後に行きます!楽しみにしてます!ということをめちゃくちゃ丁寧に形式に沿って書いた。こういう系式ばったのめんどくさいよなぁ…。前世はそういうの経験する前に死んでしまったから、こういうのは初めてである。


「楽しみですね」


「えぇ、とても。ただ…」


「ただ…?」


 ひとつだけ不安がある。それは…


「粗相即離縁にならないようにしなくては」


 マリーナル様は公爵令嬢で王太子殿下の婚約者。つまりまぁ、粗相即離縁がかかっているのである。最近粗相即離縁がかかっている案件多くないですか?


「たぶん大丈夫だと思いますけど…」


「そうだといいのだけど。まぁ、粗相に気をつけつつ楽しむわ。そういえば、お茶会には何を着て行こうかしら?」


 私的なお茶会ではあるけど相手はマリーナル様だし、どうしようかなぁ。結構難しいラインだよね。


「それなら、薄緑のカジュアルドレスなどいかがでしょうか。今の季節にぴったりだと思います」


「なるほど。ではそれにしようかしら」


 さすがサフィだわ。サフィが専属侍女でよかった~。

 これでお茶会関係の不安はほとんど解消だね!


「じゃあ、私は領地関係の本を読んで寝るわ」


「わかりました。おやすみなさいませ」


「おやすみ」


 なんだかんだ言って、3日後楽しみだなぁ!

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