番外編 ダイキの家1 衝突

「マジでごめん」


俺はタカマツに頭を下げた。俺たちは水くさい事と本当に臭いものが嫌いな極普通の中学2年生だ。


『どうしたんだ、らしくないよダイキ』


お前が謝るなんて。そんな表情で俺を見ている。しかし今回ばかりは、俺を謝罪に駆り立てるに十分な理由があった。


「あんさ、ワールドゲームのアカウント、うっかり家族にバレちゃってさ」


『…お前んちゲーム禁止じゃないよな。何か問題ある?』


「いや、1日1時間以上ゲームやっちゃったら夕飯のうどん抜きにするっていうルールは前からあったんだけど、タカマツの家でやってたから何時間やってるかバレなかったんだ。でもアカウント知られたから、下手するとゲーム内からやりすぎだってバレる…」


『そんなバレる?今まで通り普通にうちでやってれば、ダイキ母には見つからないだろ。心配しすぎ』


タカマツはまだ知らない。普通の家族なら問題はなかったはず。だがうちの親は一味も二味も違う。


俺は、重い口を開いて言う。


「うちの父ちゃん、追跡者(チェイサー)なんだ」

『マジかよ』


追跡者、それはワールドゲームで特に追跡やマーキングに特化した職業で、熟練度によってはシステムの痕跡から、ギルドのボードから通常は確認できない他者のクエスト受注ログや、地面からプレイヤーの足跡を認知して把握したりする事ができてしまう。


「そして母ちゃんは、PTAの暗殺者だ」

『勘弁してよ』


言わずもがな。暗殺者、別名アサシンは、隠密行動に特化した職業だ。しかもうちの母ちゃんは、俺たちの中学のPTAが設立した、ワールドゲーム依存症防止の会の副リーダーで、学校側とのパイプもあるという噂すら聞いたことがあった。


『てことは下手したら、お前んちの母さんとPTAの人たちに追われることになるってこと?』

「いやそれはない。うちの母ちゃん世間体気にしてるし、副リーダーとして息子は模範的って広めてるから、学校にバレない限りは単身で探りにくるはずなんだよ」

『何だ。それなら心配しすぎだよ。始まりの町っていう馬鹿広いフィールドで…しかもサーバーも複数あるし、親から身を隠すだけなんて、安易だよ』


そうだよね。流石に、心配しすぎか…。




『ダイキ。最近よくタカマツさんちに行ってるそうだけど、何して遊んでるの?まさか、ゲームやってるんじゃないでしょうね。時間守ってる?』


食卓には2人分の食事が並べられている。俺の次、最後に席についた母が、突然そんなことを尋ねてきた。


「…いやだなあ母ちゃん、タカマツんちではいつも、ばばいりのババ抜きとか神経使わない神経衰弱で遊んでるって言ってるじゃん」

『妹はちゃんと守れてるんだから、ダイキもルールは守りなさいね』

「うん、わかってるよ…ところで妹は?」

『金曜だからまた友達の家に泊まりに行ったのよ』


またか。妹はよく友達の家に遊びに行っている。父ちゃんは仕事で夜遅いことが多く、金曜日の夕飯は2人で食べることが多い。



その夜、俺は二階の自室のノートパソコンの前で、歯磨きをしながら座って考え事をしていた。


これから、どうやって円滑に1日1時間以上ワールドゲームをやるかについてだ。家では今まで通り夜遅くにログインしても大丈夫、仮に見つかっても1時間以上やってないと言えばいい。基本はタカマツの家でやるけど、父親はチェイサーだから、なるべく痕跡が残らないように装備は隠密能力の高いものに変えた方が良いはず。


…こっそりやることを考えるだけでワクワクしてしまっている気がする。ダメって言われると逆にやりたくなったり、貴重に思えて楽しく感じてしまう事に心当たりがあった。


初めて友達とトランプでババ抜きをした時、友達が絶対にババは入れちゃダメだよというから、寧ろ俺はババを入れてみたくなってしまい、ばばいりのババ抜きなんていう馬鹿げた遊びを強行した事があるくらいだ。


あー、好きなだけゲームしてえ。そう考えた時、兄の言葉が頭をよぎった。


『その決まりに感謝しろよ』


兄のタイヨウは、口癖のようにそう呟く。そんな兄は引きこもりのニートだ。二階の奥の部屋に凄む。


『俺のときは時間制限がなくて、失敗したんだ』


ボサボサの長い髪に麺つゆで汚れたシャツを着ている背の高い兄が虚な目でそう言うと、何処となく説得力はあった。でも感謝しろと言われる筋合いはない。


「引きこもりのくせに。何様のつもりだよ」

と尋ねると、


兄は汚れた服をひらつかせながら

『見てわかんないのか??このあり様だ』


と言い返してくる。これだけなら愉快な会話だけど、実は今にも殴ってきそうな表情で睨みながらそう言ってくるから嫌なんだ。



そして翌日。


土曜日は学校がない日。ゲームに寛大なタカマツの家で、隠密系の装備を集める予定だ。遅ければ遅いほど、多くの痕跡を残すことになってしまう。


「じゃ、行ってきます。トランプやってくる」

『いってらっしゃい』


早速タカマツの家にゲームをやりにいく。ワールドゲームはクロスプレイに幅広く対応してるので、色々な方法でできる。俺の場合、ワールドゲーム用のVRゴーグルを装着して、USBをPCに挿してプレイしている。タカマツの家のPCを使えばいい。


・ ・ ・


『あら、これは何かしら』


母がダイキの部屋で見つけたのは、ダイキがいつも愛用しているはずのホコリ被ったトランプのセットである。


そのトランプをポケットに滑り込ませて部屋を出ると、手摺りに手をかけてゆっくりと階段を下った。


『これは、キナ臭いわね』


一階の廊下で思わずそう呟く。すると、閉じている扉の奥、リビングから『キナ臭くて当然だろう』という低い声が答えた。


予想外の返答に、心臓の鼓動が速まる。


『誰なの』


母はドアノブに手をかけ、直ぐに扉をガチャッと開ける。するとリビングの食卓に、きな粉のかかったわらび餅をもしゃもしゃと、頬張っている父がいた。


『おいちい』


『そう。それは良かったわね』



ダイキ母は『それよりも』と言って、父と反対側の食卓の椅子に腰掛ける。


『追跡者の力を貸してほしいの』


わらび餅を食べようと口に近づけた手が、直前でピタリと止まる。


『お前がそんな頼み事か。…キナ臭いな』


『ふざけないで!!』


突然きな臭くなったダイキ母がそう叫んだ。


『きな粉を口に近づけて喋らないでって、何度言えばわかるの!!』


きな粉は軽い。きな粉が沢山ついたわらび餅は、ダイキ母の顔面を襲い狂い、きな臭く至らしめた。


『すまん』

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