33.大切なもの

◇ ◇ ◇




『そうか、お前、それしか覚えてないのか』

「ああ。思い出せるのは俺の名前が、石田って事だけでして」


朦朧とした意識の中で川を流されていた俺を助けてくれたのは、とあるエルフの一家らしい。


今はエルフ一家の二階の絨毯が敷かれた小部屋で、俺はシングルベッドに座り、小さなテーブルを囲むように床に座っている3人のエルフの兄弟たちと話し合っている所だった。


俺を川から助けてくれたエルフの女が尋ねてくる。


『本当にそれしか思い出せないのか?他に何かないのか?例えば、家族の名前とか、何があったとか』

「・・・はっ」

『まさか、何か思い出せたか?』


そうだ、一つだけ、思い出した。


「これが、何なのかはわからない。でも、凄く身近で、いつも心の中にあって、大切だった気がするものを一つだけ、思い出した…」

『それは?』

「まんじ」

『まんじ…。名前以外に唯一覚えていた単語か。何か、大切なものだったのかもな。例えばそう、家族の名前とか』

「家族だったら、思い出せないなんて、まんじに申し訳ないな。まんじに合わせる顔がないよ」

『そんなことないさ。お前はきっと何か事故に巻き込まれたんだ。そうじゃなきゃ、瀕死でボロボロの状態で川を流れてるなんてことありえねえ。それを気に病むことはない』

「…ありがとう」


そう言われて、心が少し軽くなった気がした。


『でもさっきより前進したな。一つ思い出したんだろ?一時的な記憶喪失かもしれないし、少しずつ思い出していけばいい』

「ああ、頑張るよ」

『そうだ。そこの本棚、自由に漁っていいからな。色んな本置いてるから、何か思い出せるかもしれないよ。じゃあ、ゆっくり休んでろよ。あたしたちは一旦出るから』

「あ、ああ」


そう言ってエルフの女は部屋から出て行く。


『おい人間。お前のこと、これっぽっちも信用してねえからな』

『お魚さーん今度遊ぼ』

『静かにしろ』


兄はそう言うと弟を連れて部屋から出て行った。


「嫌な奴…」


あれが、ボロボロで記憶喪失の人間に対する態度か?女のエルフと同じくらい親切にしてほしいものだ。


あ、そういえば名前聞いてなかったな…。


俺はふと本棚に手を伸ばす。其処には[生き物図鑑][世界旅行本][料理 究極のメニューを求めて 豆腐と水編][神話の神秘]など、多種多様な本が並べられていた。


「すごい作り込まれてるんだな…」


俺は思わず感嘆の声を漏らした。


ん?待て、俺は今、″作り込まれてる″って言ったのか?


「はは、何を言ってるんだか」


死にかけていたせいか、未だに視界に現実感がない。気を紛らわすように俺は[神話の神秘 大災害編]というタイトルの雑誌と[魔法 基礎編]の2冊を手に取る。


雑誌を適当に開いてみると、細部まで丁寧に描かれた岩の怪物の挿絵があった。どこかドラゴンの様でもあるその怪物の名は、ベヒモスと書かれている。怪物の足元には小さな町があり、破壊しながら侵攻している様子だ。


説明を読む限りどうやらこの雑誌は、神話や噂、伝承として少しでも存在するものを片っ端から載せている面白特集らしかった。


こんな感じの特集は、俺が昔暮らしていた場所でもよくあった気がする。


『それに興味あんの?』


ガチャっとドアが開く音がしたかと思うと、何個かのロールパンが入れられたカゴを持ってエルフの女が戻ってきた。


『このパン、母さんがどうぞってさ。お腹空いてるだろ。テーブルに置いとくから』

「ああ、ありがとう」


徐ろにページを捲ると、次のページには白い背景に黒いローブ、彷彿と死神を連想させるような死神が描かれていた。名前は記載されていない。


ベヒモスの挿絵に比べれば害はなさそうだが、これも大災害だったのだろうか。


「なあ、この雑誌の奴らって実在してるの?」

『あー、もしかしたらな』

「というと?」

『情報元が一般人が提供したり、伝承としてある一族に伝わってたり、念写や預言を使える魔法使いだったりね。でもそいつらは自称本当だから、実際は作り話とか嘘も沢山混ざってるんじゃねえかな』

「あー、そういうこと」


それでも挿絵だけでも飽きないくらい見てて面白かった。


巨大海洋生物、地底に住む種族、謎の空中都市、時空を超える化物、まさに神話だ。個人的には、こんなのが実在したら世界やばいね特集って感じのテーマを感じた。

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