34.白日

ズキッ


「!?」


突然頭に僅かな痛みが走った気がした。


「なあ、今、俺の頭叩いたか?」

『え、何言ってんだ?叩いてねえよ』

「そうか。じゃあ頭痛だ」

『治療は済んでるけど病み上がりだ。無理はしないようにな』

「わかった…」


俺はテーブルのロールパンに手を伸ばし一つ掴むと、小さく噛んで千切る。


「ちゃんと美味しい」

『そうだろ。うちの母さんはパンを焼くのが上手いからな』


ふわふわとした甘い生地にどこかバターの味もするかと思えば、少し塩っ気もある優しい味のパンだ。


待てよ、飯テロにならないようにもう一回説明してみるか。


ぶわぶわとした甘ったるい生地に変なバターの味が染み込んでいて、何故か塩っぱい世にも末恐ろしいパンだ。


うわ…不味そう。


『じゃ、あたしは用事あるから。ゆっくりしてろよ』

「ああ」


エルフの女は立ち上がると、バタンと部屋から出て行った。



『ヤァ』


!?


俺はバッと後ろを振り返る。しかし其処には勿論誰もいない。


「気のせいか…」


誰かの声が聞こえた気がした。幻聴まで聞こえてくるとは、結構疲れているのかもしれない。


俺はベッドに横たわり、魔法基礎編の本をパラパラと開く。


「へぇ、面白いな」


魔力は、生き物の体に宿っている事、魔法は感覚を掴むことで意思で行使可能で、難しい魔法の場合は、魔法陣を補助として描き用いることで比較的確実に発動出来る様になるという事。他にも、個体が持つ魔力の器、つまり魔力量は生まれつき決定され、後天的にはほぼ変わらないなど、確かに基本的らしい事が簡単に書かれていた。


魔法自体は何となく知っていた気がする。それでも、こんな事は初めて知った気がする。


俺は魔法のない国から来たのだろうか。いや、そんな訳はない。記憶喪失で混乱してるだけだろうな…。


それにしても、魔法って面白いな。俺は次々と本を読み進めていく・・・。





・ ・ ・ ・ ・ ・





『コケ!コッコウ!コッコッコウ!』


「・・・ん?何だ?」


視界に知らない天井が映る。


『コッ!ウァァァァァ!コケッ!』


天井の上、屋根の方から、何やらけたたましい鳴き声が聞こえてきた。


ベッドの真横のカーテンと窓を開けると、既に眩しい太陽が真上辺りまで昇りかけている所だった。昼の涼しい風が部屋に入ってくる。


どうやら俺は、結構な時間を寝てしまっていたらしい。


「それより、ここ何処だ」


…そうだ思い出した、エルフ一家の家だ。読んでいた本はテーブルに置いてあり、いつの間にか掛布団も掛けられていた。


テーブルには本の他にも、ホカホカの野菜のスープと大きめの木のスプーンに、又パンが置いてあった。又パン。


その時、テーブルから黒い文字が浮かび上がって目の前の宙に張り付いた。


[夕飯にでもどうぞ]


それを読み終えると、空中の文字は焦げるようにスーッと消えた。


夕飯だったのか…てか魔法すご。記憶喪失のせいで、恐らく基本的な魔法すら新鮮に感じてしまう。


本や太陽など周りのものは見ると割と記憶にあるのだが、魔法を覚えてないのは結構致命的かもしれない。


スープはもう朝にも関わらず未だに出来立てのようにホカホカと温かい。これも魔法の類か。


俺は昨日読んだ本の内容を思い出しながら、宙に文字を書くことを試みる。手に魔力を込めて少しずつ放出しながら、それを空中に固定していくイメージだ。


・・・書けた!空中に[石田]という文字が浮かぶ。


「あっ!待って!」


風に流されて[石田]という文字が窓から外に飛ばされてしまった。直ぐに追い掛けなければ、個人情報が漏洩してしまう。


俺は急いでドアを開けて小部屋から出て、一階への階段を下る。


リビングに着くと、俺を助けてくれたエルフの女が居た。


『お、起きたか。凄い熟睡してたな』

「あ、ああ」

『昨晩ボソッと寝言を呟いてたけど、何か思い出したか?』

「…あ」


言われてみれば、さっきまで夢を見ていた気がする。何となく部分的に覚えている。


「そうだ。俺が唯一覚えていた言葉、俺の家族かも知れない名前、まんじ。それについて、もう一つ思い出したんだ」

『おお』

「俺の周りにいる人間たち、沢山の人間たちが、まんじまんじと言葉を発していた」

『…まさか、お前は』

「そう。もしかしたら俺は、貴族や王族の人間だったのかもしれない。沢山の人間が俺の家族の名前を嬉しそうに呼んでいた」


つまり俺は…、


「卍家が統治する国から来た、卍家の子供だった可能性が高いって訳だ」

『でもそれなら何故…っ』


エルフの女はそこで言葉を止めた。恐らく俺と同じことを考えて言うのを躊躇ったのだろう。身分の高い俺が、ボロボロになって川を流されていた理由…それは反乱や国家転覆による王家に対する追放としか考えられない。


「はは…」


俺が忘れていたのは、どうやら茨の道らしい。過去を思い出すことで、今の何倍も辛い思いをしてしまうかもしれないって訳だ。


…だが、俺は真実が気になる。


俺は必ず、記憶を、


「絶対に全てを思い出してやる」


民や卍家の罪と共に。

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