第2話 新たな視点

 ―――─信じられなかった。簡単に受け止めることは出来なかった。もう馬鹿笑い出来ないんだとか、あまり考えたくなかった。

 でも、だからこそ俺は前を向かなくてはならない。そこから目を背けたら、多分前に進めない。目を背けるのは、流石に良い選択ではないと思ったのだ。



「山鹿さ、警察呼んできてくれない?」

「お、おう。何て言えばいいんだ?」

「住所と人が死んでるって言ってくれ。住所は固定電話の隣の紙にあったはず。後、聞かれるか分かんないけど一応、唯斗は息してないよ」

 分かったといい、山鹿は急いで階段を降りていった。


「改めてみると惨憺さんたんたる有り様だな」

 唯斗を部屋の外から見ても分かるくらい、顔全体の火傷が痛々しい。そして手には手錠が嵌められており、いつものゲーミングチェアの背もたれに寄りかかっている。

 部屋の中には転がった大きいラーメン鉢と、溢れ出た塩ラーメンがある。


 俺は手袋を付けてから部屋に入った。

 部屋に入ると、唯斗の頭から出血していた事が分かった。だが、打撃痕はないようだ。そして、争った形跡も見当たらなく、喉には何か丸いものの一部を押し付けられたような痕があるようだ。


 とりあえず、色々調べられるところは調べよう。と窓側に行ってみたら、

「痛ッ!」

 足になにか鋭いものを踏んだ感覚がした。足元を見てみると、ガラスの破片が散らばっていた。カーテンを開けてみると、窓が割れている事に気付いた。

 内側にガラスの破片……。外から割られたって考えるのが正解か。

 じゃあ侵入口はここと仮定しよう。玄関の鍵、部屋の鍵が施錠されてなかった。つまり、シンプルに玄関が脱出場所だろう。


「加涌。警察さん、すぐ来るって……」

「おう、分かった。ありがとな」


 山鹿が警察に伝え終わったようだ。

 警察が来るまで調べられるところを調べよう。とりあえず、この部屋を撮っていくか。多分警察が来たらこの部屋は出入り禁止になりそうだからな。もしスマホとか調べられても、『現場の証拠です。よければ素材提供します』とか適当なことを言えば誤魔化せるだろう。


「唯斗の顔やべぇな。これ全部火傷か? 表情すら読み取るのが難しいぞ。てかあんまり見るのすら厳しい」

 山鹿がこの部屋に戻ってきた。

「火傷、ラーメン? 喉の痕……。ってことは」

 閃いた俺はラーメン鉢を手に取り、自分の顔に近付けた。

「うん。人の顔は簡単に入りそうだ。そして」

 次に唯斗の顔に近付ける。なるべく当たらないように慎重に。


「痕がピッタリ合う」

「てことはよ、ラーメンで溺死したのか?」

「どうなんだろう?」

 もしこれが溺死なら、頭からの出血に説明がつかない。更に言うなら、暴れた痕も無い。簡潔に溺死と捉えるのは愚策だと思った。


「ん?なんだこれ?」

 山鹿が何か見つけたようだ。そこを見ると、机の下に木屑があるのが分かる。

 その机の下にもぐると、机の裏にかなりの量のキズを発見した。

「これって手錠で出来たキズかな?」

 山鹿は、さぁ? というジェスチャーをした。

あながち溺死ってのもあり得ない話じゃないのかもな」


 そんな話をしていたら、遠くから聞き慣れた、とても緊張感のあるけたたましいサイレンの音が聞こえた。


「この音って、パトカーだよな?」

「時間切れか……。アニメやゲームならもうここで謎が解けているはずなのにな。やっぱり現実はそうスムーズにはいかないな」

 分かりきっていたことではあったが、こちらは犯人どころか、まだ死因もあやふやなのだ。


「動かしたものを元の場所に戻すぞ。写真があるからこれを手本にな」

 我々は動かした鉢等を元の場所に戻した。そして手袋を外し、この部屋を後にした。

 もう唯斗のいるこの部屋には入れない。最後に手を合わせて扉を閉めた。



 扉を閉めたと同時くらいにサイレンの音が止み、少し経ってから警察が入ってきた。

 俺達は遺体の場所を教え、場所を移動し、事情聴取が行われた。朝の事とか、現場の事とか、同じことを違う人から何度も聞かれた。


 ◇◇◇◇


 何度目か分からない事情聴取の途中、鑑識の人が警察に何かを伝えると、そこで事情聴取は終わり、俺達は解放された。

 時間は20:00。もう親にも先生にも情報が回っているだろう。


「嘘、嘘よ。嘘よ! そこにいるんでしょ? 唯斗! 返事をしてぇぇぇ」

 親族の叫びが俺達に刺さる。殺したわけではないが、どうして俺に刺さったのか俺も分からなかった。

 残された方は死ぬよりも複雑な感情で、今からでも暴れたくなるような、上手く言葉に出来ないが、これは“痛み”なのだろうか。


「疑うつもりは無いのだけれども、加涌くん達じゃ助けられなかったの?」

 涙ながらに警察に問う。すると衝撃な情報を警察は溢した。

「彼等には厳しかったと思います。何せ亡くなったのが、8:00頃なんですから」

 8:00頃ってことは俺達が登校している時間になるはずだ。だから、朝の事を詳しく聞いてきたのか。


「なぁ、加涌」

 山鹿が震えた声で問いかけた。

「こんなときにあれかもだけどよ、飯食いにいこうぜ。俺、まだ帰っても一人だし、少し話したいこともあるし。お金無かったら出すからさ」

 俺はそれを引き受け、彼の提案で、唯斗の好きだったラーメン屋さんに行くことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る