第8章 9月16日 月曜日(2)

「レコーダーを購入しないと塗人が人を殺すだぁ!!? それは一体どういうことだ?」

 真田さんが状況を読み込めないために、さっき門崎さんが言ったことをおうむ返しする。

 それはそうだろう。俺も同じだ。なにが、なんだって?

「私は『フライデー・マーダー』の捜査の日、休みをいただいておりましたので、捜査内容は全て、厭生探偵の報告書を読んで大まかなことを把握させていただいております。ところどころ不必要な情報もありましたが、今回の事件ではその不必要な情報の中に有益なものがありました。厭生探偵の睨んでいたキーワードも、ある意味的を射ていました。それは、『土曜日』と『休日出勤』です」

「『土曜日』? 犯人は金曜日の夜に犯行を重ねていたんだから、キーワードは金曜日じゃないのか?」

「13日の金曜日なんて、14日が土曜日であるというような意味しかないんですよ。今回、犯人が金曜日の夜に犯行を重ねた本当の理由は『土曜日』の前日が金曜日だったから、ということに過ぎません」

「もったいぶってないで教えてくれ。それでどうしてウチの息子が人殺しということになっちまうんだ!」

 会議室に緊張感が漂う。とんた休日出勤だ。いや、三者面談か。

「土曜の朝8時、真田さんは何をしていますか? 否、『フライデー・マーダー』が殺人事件を起こさなかったのなら、あなたは家で何をしていますか?」

 フライデー・マーダーが殺人事件を起こさなかったのなら。

 真田さんは休日を家で過ごすだろう。

 朝8時からは、確か、『暴れん坊症候群』を見る。

『仮眠ライダー』と同じ時間だ。レコーダーが無い限り、同じ時間の番組を見ることはできない。

「あなたが土曜日に休んでいたら、家で『仮眠ライダー』を見ることができない。だから、あなたの息子さんは、あなたを休日出勤させるために、土曜日の前日のに人を殺しているのです」

 昨日舎人に見せてもらった、集合写真をもう一度見る。真田さんの息子さんは、のポーズをしている。それは、まさしくのポーズだった。

「まさか! そんなこと!! そんなことのために!!」

「それが、まさかで、そんなことで、そんなことのために人を殺し続けた『フライデー・マーダー』の動機です。監視カメラに写っていなかったのは、たまたまでしょう。不審者の包囲網にひっかからなかったのは、容疑者が未成年の、小学生にしか見えない子供だったからでしょうし」

 犯行が皆、中学生にもおこなえる、弱い力でも行える犯行だったのも、その推理を妨げるものではなかった。

 自転車を横から倒すのも、人を後ろから押すのも、難しいことではない。門崎さんにとっての、『確定情報』とは、『真田さんの家にはレコーダーはない』『真田さんは朝8時から暴れん坊症候群を見る』ことだったとは。

「でも、これは、あれだ。子供がやった、軽はずみでやった、そういう、かわいいやつだろう。あいつは、悪く無いんだ」

 真田さんは、普段の豪快さを微塵も感じさせない、弱々しく、憔悴しきったようなか細い声で反論した。反論というか、それはもう、蚊の鳴くような、希望だった。

 でも、門崎さんは、そんな希望を、捻り潰す。

 犯罪者の希望など。そんなものは存在してはいけないのだと。

「いいえ、それは通りません。あなたの息子、塗人くんは、揺るがない殺意を持って人を殺しました。その理由があります」

「そんなこと、どうして会ったことのないお前にわかる! 俺が理解わからなかった塗人のことを、どうして!?」

「それは、あなたが捜査一課の刑事だからです。単純明快です。塗人くんの動機は、『あなたを土曜日の朝に家から追い出すこと』です。警始庁真柄区遅馳署捜査一課の刑事を出勤させるためには何をしたらいいと思いますか?」

「ま、……は。な……。そんな……」

 真田さんは声にならない、苦しみの声を出した。目は、確かになにかを見ていた。恐ろしい答えにたどり着いてしまったらしい。

「捜査一課の刑事を出勤させる方法、それは、ことです。それも、で。そうしないと、意味がないからです」

「金曜日」と「遅馳署の管轄内」。その二つのキーワードが歪に嵌った。それは最悪の形で。

「あなたの息子さんは、「人を殺す」ために殺したのです。それはもう、紛れもなく、ね」

「…………」

 真田さんは椅子に座ると、何も言葉を発さなくなった。覇気は消え、さっきまで捜査一課の刑事が座っていたそこには、一人の父親が残された。


「さて、あなたはどうしますか? レコーダーを購入して息子さんを守るか、二人で出頭して捜査一課としての矜持を守るか。天国か地獄。どちらにしても死ですが、選ばせてあげます。どうやって、死にたいですか?」

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