第7章 9月16日 月曜日(1)

「あ、弗篤フィートさん……」

 薄化粧の伽藍洞さんと鉢合わせした。一度写真で見ているからまだなんとか確認できたが、やはり別人みたいに見える。

「今日はどうしてここにいらっしゃるんですか?」

「どうしてって、平日だろう? 事件を捜査しないと……」

「今日は敬老の日。祝日だから、非常勤の弗篤さんは休みなはずですよ」

 し、しまった!!

 犯人が分かったことが嬉しすぎて、カレンダーの暦を見逃してしまったようだ。

「働くの大好きなんですね。すごいです!」

「いや……」

 当社のモットーは完全週休二日制である。

 仕方がない、明日出直すことにしよう。そう思っていると背後から声がかかった。

「やっぱり来ましたね」

 条件反射で背筋に緊張が走る。「かっ……、門崎さん」

 どうしてここに。

「どうしてここに。では無いでしょう。あなたの報告書を読んで、祝日であることを忘れてここに嬉嬉として乗り込むあなたの姿が手に取るように分かったので、解雇を言い渡しに来たんです」

「い、いやいやいやいや! って解雇!? どうしてですか?」

「あなたが間違った犯人を名指しして悦に浸ることを、今後一切禁ずるようにです。あなたが個人的に捜査を行い、あなた個人の権利の範囲内で誤認逮捕を促すことは私もどうとも思いませんが、『厭生いとう弗篤フィート』の名でそんなことをされたら賠償問題です。報告書も個人的主観のノイズが多いし、そこから確定情報を抽出する私の仕事が増えているのです。今日も私の休日出勤ですよ。あなたのバイト代から引かせてもらいます」

 黒髪のボブ。流れるようなつややかな髪。凛とした銀縁メガネ。きちんと着こなしたスーツ。真面目な事務員を100%体現した門崎さんがそこにいた。鬼夜叉を背中に背負っているかのような威圧感を放っている。これは、普段の彼女からは感じられない。部下への怒りってやつだ。俺にしか『真の門崎さん』は現れない。

「話はよく聞き取れなかったですけど、なんか、ケンカしてるんですか? 門崎さん、すごい雰囲気がいつもと違いますね。なんか、こわいです」

 俺と門崎さんとの会話を肌で感じて伽藍洞さんが少し怯えているようだ。そりゃそうだろう。俺なんか、逃げ出したいくらいだ。

「あぁ、申し訳ありません。伽藍洞さん、いらしてたんですね。すみませんが、少し会議室を借りますね。あとついでに厭生さんを借ります」

 ついでに借りられた俺は、会議室にやってきた。そこには先客がいたようだ。

 真田さんだ。

「よう、門崎、お前が俺を呼び出したのか? まったく、2日連続で休日出勤だぜ」

 そうか、真田さんも今日は休みだったのか。それをわざわざ門崎さんは呼び出したらしい。

「真田さん、今日は来てくださってありがとうございます。来て下さらなかったら、最悪の事態になっていたでしょうから。今日は休日出勤などではなく、三者面談のようなものと思ってください。今日の面談で、あなたの将来が天国か地獄か決まると思います。善い行いをして死ぬか、悪い行いをして死ぬか、の二択ですが」

「おいおい、随分大袈裟だなあ」

 と真田さん。平日出勤モードの門崎さんではなく、休日出勤モード、もとい、推理モードの門崎さんを目の前にして、一切たじろぐことは無い。しかし、この後の言葉で俺を含め二人とも、固まるほか無かった。

「真田さん、今すぐにレコーダーを購入してください。さもなければ、あなたの息子さんは、次の金曜日にまた人を殺しますよ」

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