第2章 9月14日 土曜日(2)
普段は探偵事務所兼自宅にて依頼が来た時に仕事をしていればいいだけの何でも屋だが、殺人事件が起きた時、俺は捜査一課に出向しなくてはならない。働き方改革とやらで、公務員である警察官も週一で休めるようになった。代わりに、俺らのような探偵を警察内部に送り込む形となった。
情報漏洩の心配はほぼない。何故なら、探偵は個人情報をスリーサイズから初恋の人まで把握されている。もし情報漏洩し、それがバレようものなら、この国で生活はできないように、がんじがらめになっている。そもそも、そんなことをするメリットが俺にはない。
生きる分の日銭さえ稼げていればいい。殺人事件での出向も、特別手当が出るから仕方なく行っているだけであって、それをしなかったからといって、路頭に迷うこともないくらいには、俺はそこそこ名の知れた探偵だ。
平日の間は、捜査一課の非常勤専属派遣事務員の
「弗篤さんって、先日起きた『回転城の呪い殺人事件』も解決されたんですよね!」車を運転しながら岬ちゃんが俺を質問攻めにする。
『回転城の呪い殺人事件』とは、フライデー・マーダーが起こる少し前に始まった舞台『回転城の呪い』初日に起きた、それも舞台中に起きた事件だった。その事件も非番に起きているわけだから、俺は最近働き詰めだ。働き方改革はどうなった。
「あぁ、そうだよ。舞台の仕掛けと台本、緻密に仕掛けられたトリックだった。けど、緻密なトリックというのは逆に、犯人の特定も容易であることが多い。犯人だけが行動出来る、犯人だけが知りうる情報を辿って行けば、たった1人の犯人に行き着くんだ」
なるほどー、すごいです! と岬ちゃん。「それが厭生弗篤さんの推理戦術、『たちつてとうん』なんですね!」
「
どうしてアナグラムにした。文字で書かないと分からないやつだ。
犯人の目線に立つ。被害者の目線に立つ。目撃者の目線に立つ。捜査員の目線に立つ。様々な目線に立つと、事象が多角的に推測され、実際に起きた筋道が浮き彫りになる。『
……のだが、今回は無差別殺人ときたもんだ。もしその場しのぎの行き当たりばったりで犯行を重ねていたとしたら、犯人の思考を追うのは難しいだろう。
「犯人がどうして犯行を重ねているのか、その『発端』を特定できれば、捜査が進むと思うんだけどなあ」
「金曜日の夜に、ウチの管轄内で人を殺す理由……、考えつかないですね」
被害者に共通項が見つけ出せない以上、犯人の動機は「金曜日」と「遅馳署管轄」が関わっていると推察できるのだが、それがなんなのかわからない。
そして難解なところが、もう一つ。「金曜日」と「遅馳署管轄」がキーワードな以上、被害者が殺された現場をどれだけ念入りに調べても、動機は見つからないということだ。被害者は、犯人の動機から選ばれたたまたまの標的であって、それは斜め後ろを歩いていたもう1人の誰かでも良かったのだろう。
調べて実りがあるとすれば、監視カメラや目撃者の情報だ。動機が絞り込めなくても、ある程度の犯人の背格好や性別が分かれば、選択肢は狭まる。背格好や性別は偽ることが難しいからだ。
岬ちゃんは車を停め、歩道橋を指さした。
「お待たせしました。ここが昨夜の現場です」
既に鑑識は終わっていて、黄色いテープで立ち入り禁止にされている程度だ。今は朝だから、見通しがいい。人通りも通勤時間だからか、そこそこ多い。夜になるとどう変わるか。犯行時間は、23時頃だ。
「はいチーズ!」
「おい」
岬ちゃんは、俺と自分と殺害現場を画角に入れて記念撮影をした。緊張感を持て。
「じゃあ、弗篤さんに送っておきますね」
捜査の記念ってか? 脳が思考を受け付けなくなり、気付いたらスマホに1枚の画像が送られてきた。捜査スタイルは人それぞれとは言ったものの、ふむ。自由すぎる。
「ここには監視カメラはなかったのかな?」
「いえ、1台、被害者が背中を押されたと思われる場所近くを写しているものがありました!」
「で、どうだったの?」
岬ちゃんは首を振る。「残念ながら、この歩道橋は、柵の下半分が曇りガラスになっていて、街灯の光を反射して、犯人の身体は写っていませんでした。おそらく、犯人はしゃがんで被害者の背中を狙ったと思われます」
「犯人は、監視カメラに映らないように背中を押したと? 監視カメラに映らない方法を熟知していたと見てるのか?」
「はっ! 1人目から4人目の犯行も、カメラや人の視界の死角から狙われているため、今回もその可能性が高いと捜査一課は判断しています」
「1人や2人じゃない、5人も続けば、そう思われても仕方がないか」
ただし、それは確定情報ではない。一応、小耳に挟んでおく程度にしておこう。
確定情報は、「犯人は、しゃがんで被害者の背中を押した」だ。あとは、「監視カメラには写っていなかった」。
「よし、じゃあ一度遅馳署に戻ろうか」
昨日の夜は13日の金曜日だった。
今時13日の金曜日なんて言ったって、14日が土曜ということくらいの意味しかないだろうが、被害者はその日にたまたまこの歩道橋を歩いていた、ただそれだけの理由で背中を押されて命を落とした。
許せない。もう被害者をこれ以上増やすわけにはいかない。俺は決意を固くし、遅馳署に戻る間に、舎人にもらった資料を読み返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます