第3章 9月14日 土曜日(3)

 8月16日、金曜日。

 1人目の被害者、磯河岸いそがし幹郎みきろう、47歳。工事中のマンホールに落ちて首の骨を折って死亡。監視カメラの映像には、複数の犯人らしき影が映っていたが、影の出どころである仮設灯が多数設置してあり、影の形や大きさが鮮明ではなく、背格好や性別などは不明。確定情報は「被害者は酔っていた」。「犯人は被害者をマンホールへ押した」。「目撃者はいなかった」。

 8月23日、金曜日。

 2人目の被害者、年端としはば走人はしと、22歳。信号待ちの交差点で、後ろから足を掛けられ転倒。その後、通過したトラックに轢かれ、死亡。監視カメラには、被害者が足をもつれ倒れる様が映っていた。監視カメラの画像が粗く、当時雨が降っていたため、不鮮明。犯人の背格好や性別の特定には至らなかった。確定情報は、「犯人は被害者の足を引っ掛け、転倒させた」、「被害者は片腕を骨折しており、バランスを崩した後、すぐには立ち上がれなかった」、「被害者はもう片方の手で傘を持っていた」、「バランスを崩した被害者の傘によって、犯人の姿が隠れた」。

 8月30日、金曜日。

 3人目の被害者、丹羽にわ三織みおり、37歳。雨によって増水した川に落ちて溺死。当時雨はやんでいたが、橋のたもとのすぐ近くまで増水していた。当初は台風の風に煽られて橋から落ちたとされていたが、川の下流から防犯登録をされていた被害者の自転車が発見され、その自転車のタイヤのホイール部分に、故意に刺したとされる工事現場のバーが挟まっていた。その挟まっていたバーの破片が、被害者が風に煽られて落ちたとされた橋の近くに落ちていて、折れた断面が一致したことから、被害者は故意に自転車を倒され、橋から落とされた殺人事件だと判断されるに至った。防犯カメラの映像はなかった。バーには指紋はなく、台風で近くに吹き飛ばされていた別の工事現場のものとされた。確定情報は「自転車のホイールにバーを差し込み橋から川へ落とした」、「バーに指紋はなかった」、「雨はやんでいた」。

 9月6日、金曜日。

 4人目の被害者、曽壁そかべ小鉄こてつ、61歳。電柱に登り作業中、バランスを崩して転落死。一見業務中の事故のようだが、下で作業を手伝っていた部下が、被害者の「眩しい! やめろ!」という声を聞いており、何らかの手段を使い被害者の目にライトのようなものを当て、視界を遮ってバランスを崩して転落させた殺人事件と判断される。防犯カメラは無く、視界を遮った光は被害者だけに向けられたもののため、下にいた部下は気づかなかった。確定情報は「犯人は被害者にライトのようなものを当て、バランスを崩した」、「目撃者はいなかった」。


 そして昨夜、9月13日の金曜日。従井稲穂は殺された。歩道橋の上で背中を押されて。

 まとめられた確定情報をさらにまとめ、解決の糸口を考えるのだが、なかなか閃かない。

 ブラックコーヒーを飲み、寝ぼけた頭をリセットして、点と点を結ぼうとするが、一番結びつけたい「金曜日」と「遅馳署管轄内」が宙ぶらりんだから始末が悪い。

「厭生さん、どうですか?」

 後ろから突然話しかけられてびっくりしたが、声でわかる。舎人練紀巡査部長だ。若くして捜査一課に入ったエリート。歳は俺より年下だが、資料を作らせたら彼に敵うのは門崎さんくらいじゃなかろうか。いかにもインテリ系なスチールのメガネを光らせて、手にコーヒーを持って、隣の椅子に腰を掛けた。

「ぼちぼち、いやぁ、ぜんぜん、だ」

「伽藍洞さんは、いないんですか?」

「あぁ、彼女は5人目の被害者のご遺族に話を聞きに行くって、赤口さんと出掛けたよ」

 俺は被害者のご遺族に話を聞いても、共通項が増えるとは思わなかったから、ここでホワイトボードとにらめっこをしている。

「ここだけの話ですが、厭生さんの小耳に挟んでおいて頂きたい話があるんです」

「それは、真田さんたちも知っている情報か?」

「いえ、ですが、時間の問題かもしれません。真田さんに14歳の息子さんがいるのをご存知ですか?」

「いや、知らないな」

 ってか、あの人結婚してたのか。

「既に離婚をしていて、息子さんを預かっている状況です。塗人まみとくんと言うのですが、その塗人くん、3人目から5人目の殺害現場付近で目撃されているんです。これは厭生さんが言うところの『確定情報』になりませんか?」とメガネをくいとあげる舎人。

 まぁ、確定情報だろうけど、真田さんもこの署の管轄内の社宅に住んでるんだろうから、この辺で目撃情報があったところで、特に問題は無いようにも思える。

「それがですね。真田さん、事件が起きた時間には、息子さんと一緒に家にいたってこないだ言っていたんですよ。嘘をついているんです。何か探られたくない腹があるんだと思うんです」

 嘘、ね。

 嘘は、『確定情報』になりうる。

 しかも、犯人の動機に繋がる、大事な要素ファクターだ。

「あ、こないだの打ち上げ会の時の写真です。ここに写っているのが、真田 塗人まみとくんです」

 舎人が取り出したスマホの画面には、居酒屋で笑い合う捜査一課の面々が映っていた。土日に行われたのだろう。俺は知らないからだ。真田さんと、隣に小学生くらいの子供が、見たことのあるヒーローのポーズをして、格好つけていた。14歳にしちゃ、子供っぽいな。ところで、舎人の隣にいるこの女性は誰だ? 見たことない顔だが。門崎さんではない。

「あぁ、これ、伽藍洞さんですよ」

「え?」

 今日会っていた岬ちゃんと、この写真の女性とを頭の中で何度も見比べているが、目の大きさ、輪郭、鼻の筋など、ほぼ別人と見えた。

「最近お化粧を頑張っているみたいで。特に厭生さんが出勤してくる日はガッツリしてきてますよ。ほんと、僕らからしたら別人ですって」

 僕らからというか、俺からもそうだ。


 その時、俺の頭で何かが閃いた。

 そうか、そういう事だったのか。

 点と点が繋がり、像を浮かび上がらせる。

 犯人の背格好や性別、特徴があらわになっていく。

「この写真、後で俺に送っておいてもらえるか。確認したいことがある」

「あ、はい。あ、僕がこのこと言ったって、伽藍洞さんと真田さんには内緒ですよ」

「わかったよ」

 苦いコーヒーを飲み干し、今頭の中を貫いたルートを忘れないように、キーワードをメモする。

 キーワードは「土曜日」と「休日出勤」だ。

 俺はホワイトボードをキレイにしてから、遅馳署を後にした。

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