1章6話 アクアマリンの月19日 ロイ、休みたい。(3)



「防衛本能ですかね?」

「私、聞いたことあるわ、肉体強化する時に、痛覚を遮断してはいけない理由。あまりに肉体強化を多重発動すると、普段とは違う肉体だから命の危機にも割と無謀に突っ込むようになってしまう。だからアラートとして痛覚は残しておくべき、って。それと同じね」


「推測だけど、ボクのゴスペルは脳内の電気信号に作用する能力かもしれないからね。自分のゴスペルで疲れて倒れたら本末転倒だし、神様だってそこらへんは調節していると思うよ?」

「そっか! そういえば、センパイって神様と会ったことあるんだよな! ゴスペルホルダーだし」


「それで、ロイくん」

「はい? なんですか、国王陛下?」


「いや……、その……、なんだ……、自分で言葉にして気付いただろう? 他ならぬゴスペルを持つ君が疲れを感じているということは、それだけ君の身体はボロボロなんだ。疲労を感じても楽しさに変換されるゴスペルの上限を超えているんだ。ヴィクトリアたちも心配してしまうだろうし、少し休みたまえ」


 アルバートの言うとおりだった。ロイは他の人より疲労を感じないのに、その彼さえ少し疲れたと愚痴を零してしまっている。なら、それは他の人なら涙を流すぐらいしんどい疲労かもしれないのだ。

 流石にこれはマズイ、と、危機感を覚えると、ロイは少し申し訳なさそうに――、


「そ、それでは、その……お言葉に甘えさせていただきます」

「承った。まぁ、ロイくんのことだ。七星団の休みをもらっても、学院には行くのだろうし、本格的になりはしないだろうが、ほんの軽く、剣を握ったり、素振りをしたりぐらいはするのだろう?」


「あはは……、流石に完璧になにもしない、ってなりますと、身体がなまってしまいますので……」

「そうだな、そこは認めよう。だが、自分は今、休暇中なんだ、ということを忘れないようにな」


「はい、ありがとうございます」

「そうだな……、休暇は2~3ヶ月もあればいいかね?」


「2ヶ月!?」


 大げさに驚くロイ。

 彼に対してアルバートは朗らかに続ける。


「ん? 少なかったかね?」

「逆です、逆! 多すぎるんですよ! ボク的には1週間でも長すぎるぐらいです!」


「いや、これで丁度いい。先ほども言っただろう? 話は聞かせてもらった、と。ヴィクトリアも――本来、魔王軍の幹部の1人を倒したのであれば、その後、一生、軍役を免除されてもおかしくないレベル――と、そう言っていたじゃないか」

「それはそうですが、2~3ヶ月も有給休暇を取るわけには……」


「ここには特殊な音響魔術が施されているから言えることだが、ここは君の前世のニホンじゃない。他国には他国の文化、他民族には他民族の価値観がある。それを許容できない君ではあるまい」

「…………むぅ」


 流石は一国の王様と言うべきだろう。

 ロイの性格を踏まえた上で、的確に、絶対に彼が反論できない言い方で言ってくる。


「繰り返すようで悪いが、君は魔王軍の幹部の1人を倒したんだ。有給休暇などグーテランドでは当たり前、むしろそうでない方が異常だし、その有給休暇だって、君なら今日から365日取ったって、誰にも文句は言われないだろう」

「ご主人様、僭越ながら確かに剣術、魔術の実力において、ご主人様は特務十二星座部隊のみなさまに及びません。しかし戦場であげた功績ならば、ご主人様はすでに、特務十二星座部隊の方々と比べても引けを取らないレベルなのでございます」


「然り、それだけ、魔王軍幹部を倒した功績は大きいのだと自覚して、そして誇りたまえ」

「わ、わかりました。それならば、ぜひ、2ヶ月か3ヶ月ほどの有給休暇を申請させていただきます」


「よろしい」


 頷くと、アルバートはきびすを返してどこかへ行こうとし始めた。

 しかし、ドアを超える前に少しだけ振り返って、肩越しにロイ――ではなく『彼女』に伝える。


「そうだ、イヴくん」

「? わたし? お兄ちゃんじゃなくて?」

「いつでもいい。時間が空いた時に、オラーケルシュタット大聖堂に赴いてはくれないかね?」


 その大聖堂はロイとイヴが初めて王都にきた日に見たことがあったし、実際に暮らすようになってからは、近くに用事があれば通り過ぎるほど身近な建物であった。


「イヴくんのご両親の許可は取ってある。そこで、1人の女性に会ってほしいのだよ」

「…………っ」


 その発言に反応したのはイヴではなくロイだった。

 話題のイヴはポカンとしていたが、ロイは知っている。前回の魔王軍との大規模戦闘の際、ロイが事情を説明するため、特務十二星座部隊の全員が集まる円卓の間に呼び出された時、イヴ・モルゲンロートは頼りになる可能性がある、という意味で、決して悪い意味ではないが、重要参考人としての呼び出しが決まっていたのだった。


 あれが決まってからだいぶ長い時間がかかったが、それは七星団が愚鈍だからではない。なにかしらの準備があったと見て然るべきだ。

 そしてアルバートが今、それをイヴに伝えたということは、即ち、準備が整った、ということである。


「――特務十二星座部隊の序列第6位、【処女】の枢機卿カーディナル、セシリア・ライヒハートが君を待っている」


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