1章7話 19日21時 シャーリー、恋に落ちていた。



 場所は王都にある、まるで昼間のように賑やかなとある酒場。

 誰も彼もが楽しそうに酒を飲んで、面白おかしく顔を赤くして快活に笑っており、お祭りを年中無休でやっているような場所だった。


 そこにやってくる1人の少年――否――ギリギリで青年と呼ぶべきか。

 彼は中性的な顔立ちで仏頂面を下げながら、男性にしては長い灰色の髪を揺らしながら酒場の中を進み続ける。


「案内――ローゼンヴェーク様、こちらです」


「アァ、わかっていますよ」

「それにしても、驚愕――ローゼンヴェーク様は遅刻の常習犯だと伺っておりましたので。時間通りにきてくれるのですね」


「そりゃ、呼び出しの相手が特務十二星座部隊の序列第4位、シャーリー様ですからねぇ。遅刻したら殺されちまいます」

「失敬――私めはそんなことしない」


 シャーリーに案内されてレナードはその席に近付く。

 続いてイスを座りやすいように動かして、事実、座ろうとしながら、あの王国最強の時属性特化のオーバーメイジであるシャーリーと会話してみせた。


 そして――、

 最初から座っていたシャーリーは――、


「注文――ビールを追加で1つ」

「あいよ~っ!」


「心配ご無用――ここは私めの奢り。気にせずに注文してほしい」

「ハッ、いいからとっとと本題に入ってくださいよ。特務十二星座部隊たってのご指名だからきましたが、俺はまだ、用件を聞いていませんよ?」


 配膳が早いのはいいことだ。早々にレナードのビールが運ばれてきた。

 それをレナードは一度、グビッ、と、仰いだあと、シャーリーに視線で促す。


「感謝――まずはあの時、私めの提案を承ってくれたことに最上の礼を示す。ありがとうございました」

「なんだ、ロイを生き返らせた時の件か……」


 そう、あの時、レナードは内政チートを使ってグーテランドの結婚制度の社会的水準を底上げしたが、あれは彼1人ではどう足掻いても無理な話だった。

 そもそも、レナードには生きている人間と死者を結婚させる、という発想がまず思い付かない。


 だが、それでも内政チートは無事に成功された。

 ロイの記憶を持つシャーリーがレナードにその記憶、特に彼の前世での結婚制度に関する知識、情報を吹き込んだのである。無論、レナードにヴィクトリアを煽って誘導するように指示したのもシャーリーだった。


「説明――あの時の私めの戦略を、まだ、貴方様には説明していなかった」

「一応訊くが、音響魔術、大丈夫ですよね?」


「愚問――私めを誰だと思っている?」

「なら問題ない。話を続けてください」


「前提――私めは誇張表現でも比喩表現でもなく、この世界で一番モルゲンロート様のことを理解していると言っても過言ではない」

「そりゃ、記憶を共有しているんですからねぇ。それも出来事の羅列としてではなく、その出来事を経験した時のロイの感情まで受け取っちまったんだろ?」


「肯定――そして、私めはモルゲンロート様をこの世界で生かすことの重要性を誰よりも知っている。魔王軍はもちろん、魔王本人と戦う時でさえ、彼は100%、勝利に貢献してくれるはずだから」

「例の、神様の女の子の発言か」


「それも肯定――それで私めは今後も、可能な範囲で、ではあるが、モルゲンロート様の裏方として大なり小なり活動するつもり」

「その手始めが、俺を利用してのロイと姫様の結婚、ってぇわけか」


「不服? ――もしかしてイヤだった?」

「ハッ、まさか! ロイのクソ野郎がくたばっちまったんじゃ、張り合う相手がいなくなっちまうからなァ!」


「理解――なら話を進めるが、まぁ、つまりそういうこと。私めはモルゲンロート様をサポートする。ただそれだけの話ではあるが、一度協力してもらったので、貴方様に対しては説明の義務があると考えたわけ」


 ふと、そこでシャーリーが溜息を吐くように一拍置いた。


「それに正直――まぁ、その、あれは正式な手順を踏んだ上官としての命令ではなかった。解釈次第では職権乱用とも受け取られるような、個人的なお願いでした。ですので……少なくともこの件に関して言えば、私めに対して敬語を使わなくても結構です」

「ケッ、本当にそれだけかよ。こりゃァ、もっと注文してもっと食わねぇと、割に合わねぇな。すみません! ビール、もう1杯!」


 と、レナードが叫ぶも、店員は誰も反応してくれなかった。


「失敬――音響魔術を使っているから、話が終わるまで注文できない」

「アァ!? ふざけてんのか!?」


「嘲笑――ふざけてなどいない。貴方様が勝手に音響魔術の存在を忘れていただけ。ばーか、ばーか」

「ったく、それで? 俺に対して協力してもらったから事情を話す、ねぇ。別に俺はかまわねぇが、今後、協力者を増やすたびに、そいつらにも説明すんのか?」


「回答――説明するわけがない。ローゼンヴェーク様には、私めがモルゲンロート様の記憶をスキャンする前に、彼本人が説明を終えていた。つまり彼を生き返らせる際、一番使い勝手がいい団員だった。あっ、使い勝手がいいなんて言ってごめんなさい。他に言い方が思い付かなかった」

「別にかまわねぇよ。使い勝手がいいっつーか、協力を求めやすかったのは事実だろうしなァ」


「さらに回答――モルゲンロート様が一度説明し終えているならば、私めが追加で二度目の説明をしても同じこと。問題は皆無」

「なるほどねぇ、あぁ、そうだ。プロパガンダと同時進行させているスパイの炙り出しの件は?」


「停滞――国民は英雄の奇跡的な生還に沸き立ち、七星団の団員も大なり小なり似たような反応を取っている。無論、モルゲンロート様一人を特別扱いしていることで不満を覚えている方もいらっしゃいましたが、戦果が戦果です。基本的には憧れの眼差しをみんな向けています」

「どの階級にいたかは知らねぇが、幹部が1人殺されて、こちらには強烈なシンボルができた。動きがないわけがないと思いますがねぇ」


「当然――ある程度のスパイには徐々に目星が付けられている。問題なのは特務十二星座部隊レベルの実力を持つスパイの指揮官、充分にそう推測できるヤツに目星が付けられていないこと」

「なるほどねぇ」


「以上――音響魔術を解除する。注文をどうぞ」

「わかった。――すみません! ビール、もう1杯!」


「あいよ~っ!」


 数十秒後、レナードの席に追加のビールが運ばれてくる。

 そして店員が空いた杯を回収して行くと――、


「そういえば、シャーリーさん」

「?」


「あんた、ロイのことが好きなんだろ?」

「ゴフッッ!? ~~~~っっ!?」


 盛大に飲んでいたビールをむせるシャーリー。

 それを見てレナードは底意地が悪そうに口元を緩める。


「ぎ、ぎぎぎぎ、疑問! 疑問! ――いったいなにを根拠に!?」

「自分で言ったんじゃねぇか、私めは誇張表現でも比喩表現でもなく、この世界で一番モルゲンロート様のことを理解している、って」


「否定! ――情報を理解することと、感情に共感することは別のはず!」

「アァ、普通はそうだ。歴史の教科書を読んだって、学生が歴史の登場人物に恋をするなんて、あんまありえねぇ」


「当然! ――ほら見たことか!」

「でも、あんたの場合はそうじゃねぇ。あんたの場合、歴史の教科書を読んだんじゃなくて、存命の男の子の優しい一面を、本人にバレないようにコッソリと覗いて、恋に落ちてしまった、って感じだろ?」


「~~~~っっ!!」

「やれやれ、ロイハーレムは現在進行形で拡大中ってわけか」


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