4章12話 ただいま、そしておかえり(2)



 そして――、

 ついに――、

 数分後――、


「あ、れ……? んんっ? あれ? なんだこれ? 身体を動かすのに力を込める必要がある? って、待って、思ったことが全部口に出るし、やけになにかを考えることができるけど――……」


「ロイくん……っ」

「ロイ!」


「お兄ちゃん!」

「~~~~っ、弟くん!」


「…………っっ、シィ!? アリス!? イヴと姉さんも、どうして!?」


 少しだけ驚くロイ。

 しかし、流石と言うべきだろう。今回が初めての甦りではない彼はすぐ、シーリーンたちが泣きじゃくりながら自分に抱きついている現状を把握して、自分は生き返れたのか、と、自覚した。


 だが、彼はもう一度驚くことになる。

 なぜならば、自分が身体を棺から起こした瞬間――、


「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!!!!!!!」」」」」


 と、地に響き空に木霊すほどの大歓声が、礼拝堂を強く震わせたのだから。


 流石にロイでもこれはなにごとかと動揺する。

 ゆえに、改めて自分の現状を再度、動き始めたばかりの頭で整理してみると――、


 自分は今、棺から上半身だけを起こしている体勢だった。

 シーリーンたち7人は恐らく、もともとは座っていたと推測できるが、自分が意識を取り戻したからだろう。居ても立ってもいられなくなり、大勢の人が集まっているのにも関わらず、壇上に上がってきてしまったと想像に難くない。


 また、壇上の右側にはヴィクトリアやアルバートをはじめとするグーテランドのお偉いさん方が座っており、左側には特務十二星座部隊の面々も揃っている。

 が、すごいと言えばすごい状況だが、ただそれだけだ。ロイは結局、なぜ自分が起き上がったことで歓声が湧くのか、理解できなかった。


 しかし――、


「ロイ様――おはようございますわ」

「ヴィキー?」


「唐突ですが」

「うん、なに?」


「ロイ様が死んでいる間に、あなたとわたくしは結婚いたしましたの」

「…………」


 ロイは本気でなにを言われたのか理解していない様子だった。

 とはいえ、それは当たり前の反応だろう。君が死んでいる間に私たちは結婚したよ! と、誰かが誰かに言ったとして、理解できる方が頭にダメな部分がある。

 ゆえに、ロイはもはや言葉、言語を口から出すことさえできなかった。


「あれ? ロイ様? 聞こえまして?」

「えっ、いや……、聞こえたけれど……、えっ、どういうこと? 誰か説明してくれない?」


 と、ロイが少しばかり挙動不審な感じでキョロキョロすると、ヴィクトリアは確かに今の自分の発言だけでは不充分だった、と、内省し、彼に事情を説明した。

 そして彼女の説明が終わると――、


「は? ボクが王族? いや、まぁ、ヴィキーと結婚したってことは、必然的にそうなるんだろうけど……。あと、ならさっきの歓声は? 新しい王族が誕生したから……、っていうわけじゃなさそうだけど……」


 ロイが少々、訝しむように小首を傾げる。

 するとヴィクトリアの説明の間にロイから身体を離していたシーリーンが、心配そうに彼に訊く。


「ロイくん、大丈夫? もしかして、生き返る時に記憶の一部を失くしちゃったなんてことは……?」


「どういうこと、シィ?」


「覚えていないの、ロイ? あなた、魔王軍の幹部の1人を討ち取ったんでしょう。言ってしまえば――」


 と、シーリーンから発言のバトンを(勝手に)受け取ったアリス。

 彼女は少しだけ、感慨深そうにタメを作る。そして、やわらかい微笑みを浮かべて、ロイから1mmも視線を逸らさずに――、


「――ロイは王国の英雄なのよ」


「…………っ」


「英雄の凱旋に湧かない騎士も魔術師も、この場には1人もいないわ」


 アリスがそう言った瞬間、礼拝堂に集まっていた七星団の団員たちから再度、建物が震えるほどの歓声が湧く。

 無論、ロイの王族入りを気に食わない者たちも中にはいたが、それは七星団の団員ではなく、主に貴族や大臣たちだった。


 あぁ、そうだ――と、ロイは歓声湧く礼拝堂の一番前で感慨にふける。自分は魔王軍の幹部の1人を倒したのだ、と。

 もうあれから数日経っていると推測できるのに、ようやく、ロイはその事実に実感を伴うことができた。あれは夢ではなかったのだ、と。


「そういうこった、ロイ。よかったじゃねぇか。王族なんてなろうとしても、簡単になれるモンじゃねぇぞ」


 未だに湧き上がっている歓声の中、いつの間にかそこにいたレナードが不意に、ロイに話しかけてきた。

 そこでロイは先刻のヴィクトリアの説明の中にあった、レナードがいわゆる現代知識を使って、死者との結婚を合憲、合法にした、という内政チートを思い出す。当然、その説明は誰にも聞かれないように、過剰すぎるほどの小声で行われたのだが……。


「あの……っ、先輩もありがとうございました。でも、ボク、先輩に現代――……」

「ロイ、耳貸せ」


 言うとレナードはロイの肩に腕を回して、耳元で情報の伝達を手短に行う。


(察しろ。英雄、プロパガンダ、民と団員、反応、スパイ)

(了解)


 そこでレナードは即行でロイから離れ、少しだけイヤそうな顔をした。


「ケッ、別に俺はそそのかされたっつーか、まんまと口車に乗せられただけだよ。礼なら俺よりも、あの女にでも言うんだな。そいつは大層、テメェのことを心配していたようだからよォ」


「先輩、人聞きの悪いことを言わないでくださいよ」

「ところでよォ、ロイ? 今回は、まァ、勝ち負けの問題でもねぇが、俺の貸し1つっつーことで文句ねぇよなァ?」


 唐突にもレナードはロイに対してやはり挑発的な口調で、子どもみたいに勝ち負けの結果をハッキリさせようとする。

 そもそも、いつ勝負なんてしたのか? 勝利の定義と敗北の定義はなんなのか? ルールはどのようなモノだったのか? ロイの頭の中でそのようなことが次々に思い浮かんでくるが――しかし、彼は困ったように笑ったあとに言うのだった。


「そうですね。勝負なんてした記憶はないんですけど――」

「――――」


「確かに、ボクは今、先輩に対して敗北感を抱いています。よりにもよって、先輩に借りを作ってしまったんですからね」

「なら、アリスの件と今回の件で、互いに1勝1敗だな」


 困ったように微笑むロイ。対してレナードもいつもの好戦的な獣のような笑みではなく、快活で、誰しもが好感を抱きそうな笑顔で応える。

 たったそれだけのやり取りで満足すると、レナードは早々に壇上を下りた。背中を向けながら、片手をあげてヒラヒラ振って、そして流石に礼拝堂の中央の道は歩かなかったものの、一番外側の通路を歩いて、数秒後、礼拝堂を出てしまう。


(やっぱり、負けたくない相手だけど、心の底からは嫌いにはなれそうにないんだよな)


 そして――、

 数分後――、


 レナードの退席がキッカケとなってか否か、今回のような出来事は王国史上初めてのことだったので、流石につつがなく進行し、つつがなく終了というわけにはいかず、多少はグダグダしてしまったが、しかし問題は特になく終了した。


 あとは彼と彼女らに、久々の再会を喜ぶ時間を与えてあげよう。

 そのようなアルバートの配慮により、今、礼拝堂に残っているのはほんの数人だけだった。


 ロイ、シーリーン、アリス、ヴィクトリア、イヴ、マリア、リタ、ティナ、クリスティーナの9人である。


 いくらなんでも、ずっと棺から上半身を起こしているだけの状態ではいられなかった。ロイは今、体力が完璧には戻っていないので礼拝堂の席に座っており、その周囲に女の子たちが集まっている状態である。

 シーリーンとイヴあたりがロイに再度、抱きつこうとしたが、シーリーンはアリスに、イヴはマリアに、「病み上がりだからに体力を使わせたらダメ」と制されたのは別の話ということで。


「さぁぁぁて、ロイくん? ロイくんはシィたちに、いろいろ言うべきことがあるんじゃないかなぁ?」


 好きな男の子を困らせたいし、自分を不安にさせた責任を取ってほしい。けれど嬉しくて涙が零れてしまいそう。

 そんな2つの想いを一緒くたにした言葉にできない微笑みを浮かべて、シーリーンはロイに小首を傾げて訊いてみる。


 ふと、ロイがシーリーン以外の女の子にも目を向けてみると、やはり、他の女の子たちも彼女と同じく、ロイからの言葉を待っていた。

 怒っているからではない。これからも幸せな日常を送るために、許したかったからである。


「うん――そうだね」


 言うと、ロイは自分を落ち着かせるために深呼吸する。

 続いてシーリーン、アリス、イヴ、マリア、リタ、ティナ、クリスティーナ、ヴィクトリアの順番で、ゆっくりと、穏やかに告げ始めた。


「シィ、約束を守れなくてゴメンね? きっと悲しませたと思う。泣かせちゃったと思う。ひどい思いをさせちゃって、本当にゴメン。そして、本当に、ちゃんと再会できてよかった」

「まったくだよ、ロイくん。いつかちゃんと、この埋め合わせはしてもらうからね?」


 シーリーンはこともなくロイのことを、しょうがないなぁ、と言わんばかり許す。

 確かにシーリーンはロイの訃報を聞いた時に絶望したが、しかし、一度絶望したから、それを引きずって許してあげない、というのは、彼女にはどうもしっくりこなかったのだ。


 簡単な感情論だ。

 好きな人が帰ってきた。嬉しい。シーリーンにとって、それは全ての免罪符なのだろう。


「アリス、死ぬのを許さないって、せっかく言ってくれたのに、結局死んじゃって、本当にゴメン。あと、結婚も愛し合うことも2人じゃないとできないって釘を刺されたのに、結局、一時的にといえども1人しちゃって。もう絶対、君を1人にはしないから」

「言ったわね? 確かに私、今、聞いたわよ? 今度からは、約束を口癖で終わらせないこと。いいわね?」


 アリスだってシーリーンと同様にロイのことを許す。シーリーンの許しの一番の源になっているのが嬉しさならば、アリスの許しの源になっているのはきっと、感動だろう。

 この再会に、アリスは目頭が熱くなるほど感動して、シーリーンとは違いまだまだ言いたいことがあったのに、結局はそれで全てを許した。


 きっと人は、そしてエルフも、なにかイヤなことやつらいことがあっても、そして最終的には絶望しても、感動すればそれを乗り越えられるように、もしかしたらできているのかもしれない。

 それこそ、今のアリスのように。


「イヴ、そして姉さん、長い間、待たせちゃったね。きっと、実際の時間よりも、長く、長く。こうしてまた家族で揃うことができて、心の底から嬉しいって思う。でさ、反省が足りていないって言われそうだけど、嬉しがったらワガママかな?」


「ワガママじゃないよ! わたしも嬉しいよ!」

「でも、確かに反省は足りていない感じですね。イヴちゃんとお姉ちゃんに悲しい思いをさせたこと、キチンと反省してくださいね?」


 イヴは笑顔なのに泣いていたし、マリアの方だって、微笑んではいたものの、目じりに透明な雫を浮かべている。


 イヴはロイがこの再会を嬉しがることを、ワガママではないと言ってみせた。

 それはきっと、確かにマリアの言うとおり反省が足りていない証左かもしれない。


 だが、離別の知らせを聞かせて悲しませたことと、離別があったから再会もあったということは、決して同義ではない。

 むしろ、死別したら再会できない方が普通である。


 ゆえにロイの感情は正常で、もしかしたら、本当にワガママではないのかもしれない。

 ワガママというのは自分勝手ということだが、しかし今、イヴもマリアも、この再会を嬉しがっている。3人で同じ感情を抱くことを自分勝手とは、ワガママとは言わないはずだろう。


「リタ」

「ぅん?」


「お肉、準備していた?」

「あぁ~~~~っ! 忘れてた!」


「リ、タ、ちゃ、……ん、……こうい、う……場……面……な……の、に、そういう、やり取……り、で、いい……の?」

「こういう感じが、一番センパイとアタシらしいからな!」


「ティナちゃん」

「は、はい……っ!」


「心配かけてゴメンね? 例のボクに話したかったこと、今度、必ずきちんと聞くから」

「~~~~っ」


 まるでリンゴのように赤面するティナ。

 ロイと再会できた嬉しさか、あるいは例の話したかったことについて言及された恥ずかしさか、自分でもよくわからない感情で、彼女は瞳を熱っぽく潤ませた。


「クリス――……」


 と、ロイが言葉を続けようとしたところで――、

 先手を打つようにクリスティーナは――、


「ご主人様? 先に発言を失礼いたしますが、メイドに対して謝罪の言葉は不要でございます。ご主人様が帰還なされてメイドが言う言葉は古今東西、変わりませんし、帰還なされたご主人様がメイドに言う言葉も老若男女、変わりませんよ?」


「そうだね」

「はい」


「ただいま、クリス。無事とは言えないけど、なんとか今、帰ってこられたよ」

「はいっ、お帰りなさいませ、ご主人様!」


 満面の笑みでクリスティーナはロイにおかえりの挨拶を告げる。

 そしてこれでようやく、ロイは本当に戻ってこられたんだ、という気持ちになれた。


 日常に帰ってこられた。平和な世界に帰ってこられた。みんなのもとに、ついに、帰還できた。

 そう思うと、ようやくロイは自分自身に(今回の戦いは終わったんだ)と言い聞かせることに成功する。


 そして――、


「そして、最後にヴィキー」

「な、なんですの?」


「一応、ボクの方からも意思を示さないとね」

「?」


「ボクも、ヴィキーとの結婚に、イヤなところなんて1つもない」

「今それを言うんですの!?」


「うん、だってボクは約束を守れなかったのに、ヴィキーはボクとの約束を守ろうとしてくれたでしょ? ヴィキーのそういうところが、まぁ、ボクは好きだから。尊敬できるから」


 これで全員に、伝えるべきことを、キチンとロイは伝えられた。

 ロイも、彼を囲む8人も、みな一様に優しい気持ちになって、どこかくすぐったい感じになってしまう。けれど、それが全然、イヤではなかった。


 ロイは結果が全てで過程なんてどうでもいい、という考えをしている人間ではない。むしろ彼は結果よりも過程を重視するタイプだろう。

 だが、そんなロイでも、終わり良ければ総て良しなんて、そんな言葉が今、この瞬間、なんとなく好きになれた。


 優しくて、見ている方まで幸せになるような笑顔を浮かべるシーリーン、アリス、ヴィクトリア、イヴ、マリア、リタ、ティナ、そしてクリスティーナに囲まれて、ロイが思うことは――――ただ1つ。


(ボクは確かに、人として壊れているのかもしれない。


 精神は病んでいるだろうし、他人とは違うところなんて数えきれない。


 そしてなにより、ボクは生きるために死のうとする人間だ。


 そんな人間がまともであるはずがない。


 でも、みんなを悲しませたら罪悪感を覚えるし、みんなが笑顔になってくれたら、それをとても嬉しく思える。


 だから、自分に対して壊れているなんて言うのは、もうやめだ。


 だって結局、壊れていようが心がある以上、人であることには変わりないから。


 まともじゃなかったとしても、それが悪いことだとは限らないから。


 だからきっと、ボクも彼女たちと一緒なら、どんな苦難があったって、いつかは幸せな未来に辿り着けると信じている)


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