4章8話 ヴィクトリア、そしてレナード(3)



 流石に今のレナードの弁に反論できる余地はなかった。

 今の完璧に自分が悪い。ロイとレナードの関係は互いに騎士の高み、最強を目指して切磋琢磨し合う誇り高いモノだったのに、と、ヴィクトリアはますますレナードを相手に立ち向かえなくなってしまう。


「話には聞いているぜ――お姫様、アンタ、ロイと約束したそうじゃねぇか。ロイが生きて帰ってきても、今のように死体になって帰ってきても、立派な姫になるって!」


「…………っっ」

「俺は今、俺が認めた男を蔑ろにする行いは許さねぇ、っつたけどよォ……どうしてお姫様がロイに対する恋心を見て見ぬふりをすることが、蔑ろにする行いになるか、理解してねぇわけじゃねぇだろ?」


「それは……、その……」

「お姫様はさっき、自分は超箱入り娘だが、あの父親、国王陛下の背中を見て育ってきたって言ったよなァ!? なら……ッ、それと同じだ! あのロイ・モルゲンロートの友達でありながら――ッッ、お姫様は! 親しい人に対する自分の感情にウソを吐いてもいいなんて、アイツから教わったわけじゃねぇだろ!」


「~~~~ッ」

「ロイの友達でありながら、アイツのことを微塵も、友達じゃねぇ俺よりも理解してねぇのは、ロイのライバルの俺にとって間違いなくアイツを蔑ろにする行いだ……ッッ! お姫様! 俺は今、ハッキリとアンタのことを煽っている! 改めて言うが、俺の首を刎ねてもかまわねぇ! けどその前に、ロイについて抗え!」


 吐き捨てると、レナードはようやく、まるで突き放すようにヴィクトリアのことを解放した。

 胸倉から手を離した。


 刹那、耳が寂しくて痛いほどの静寂が広がる。

 レナードはヴィクトリアの正面に立ったままだ。一方で、ヴィクトリアは顔を俯かせたまま想いを巡らせる。


「――――」


 自分はロイのことが好きなのか。そう問われれば、答えは当然YESだった。

 だが、それは果たして友達としてなのか、それとも恋人としてなのか。そう問われれば、正直ヴィクトリア本人でもわからない。


 仮にこれが恋なら、初恋だったのだから。


 生前の本人にも伝えたとおり、ヴィクトリアにとってロイは生まれて初めて自分で作った友達だった。逆を言えば、ロイと出会うより前は自分で友達を作ったことさえなかった、ということになる。

 ゆえに、初恋さえまだだったのも不思議ではない。


 だが――、


(そんなこと、したる問題ではございませんわ――っ)


 ――と、ヴィクトリアは強く両手を握った。

 初恋がまだとはいえ、ヴィクトリアは国王である父、アルバートによく似ていて聡明な娘だった。


 だから理解している。

 人と人とを結ぶ絆は客観的なモノではなく、主観的なモノだ、と。相対的ではなく絶対的で、他人がどうこう言おうと、自分にとっての感情がその人への評価だ、と。


(違いますわよねぇ……ッ、ヴィクトリア・グーテランド・リーリ・エヴァイス?)


 当然、相対的に友達全員の中で一番親しければ、その人を恋愛という意味で好きでなくても付き合わなければならない、ということはありえない。

 そして、客観的な誰かのいい評価を聞いても、周りがそう言っているから好きでもないけど付き合いたい、ということもありえないはずだ。


(重要なのは! その殿方がわたくしにとって絶対的とくべつであることと、わたくし自身が自分の主観かんじょうをちゃんと大切にすること! なら――ッッ)


 そして――、

 ついに――、

 数十秒後――、


「――失礼いたしましたわ、レナード様」

「アァ? ずっと失礼だったのは俺の方だろ?」


「ようやく頭が冴えてきました。一国の姫を相手にここまでの暴言――流石に死刑にはなりませんが、まず間違いなくあなたの今後に影響が出ますわ。そしてそれはロイ様を救うためとはいえ本末転倒で、生き返ったあと、ロイ様が聞いて喜ぶような話ではありません」

「――――へぇ」


「ロイ様のことを高く評価してらっしゃるレナード様だからこそ、ブーメランにならないように、恐らくキチンとセーフティーネット、後ろ盾を用意しているはず」

「あぁ、つまり――」


「――わたくし個人が頑張れば可能な範囲で、ロイ様を生き返らせる手法がレナード様には思い付いているのですね?」


 レナードが静かに頷く。

 それに対してヴィクトリアは真剣な表情かおで口を開いた。


「――――わたくしは今まで、初恋すら経験したことのないお子様でしたわ。でも、今までがそうだからと言いまして、今もそうであるとは限りません」

「ハッ、違いねぇ」


「自明ですわね。わたくし、ヴィクトリア・グーテランド・リーリ・エヴァイスはロイ・モルゲンロート様となら、結婚しても後悔なんてしないと断言できますわ」

「――――――」


「この言質がほしかったのでしょう?」

「散々煽った俺が言うのもなんだが、それが答えでいいんだな、お姫様?」


「――――」

「お姫様の恋の定義は、好きって気持ちの判断基準は、その相手と結婚できるかどうかでいいんだな? お姫様の場合、結婚って儀式の意味が他の人とは段違いってこと、理解しているよな?」


「はい――それでも、ですわ」


 ヴィクトリアは毅然として答える。

 ならば、レナードがすべき反応はただ1つ。


「なら、あとは俺たちに任せろ。結婚すればロイも王族に名を連ねることになるから、例の魔術を発動できる対象になるのは確定として、グーテランドの法律と憲法のまだ足りない部分を新しい理論で補って、辻褄を合わせてみせる。『彼女』に言わせると、内政チートって言うんだったか? ゼッテェー文化侵略の間違いだろ」


「辻褄を合わせる? 内政チート?」

「アァ、いいか、お姫様、よく聞いてくれ」


「?」

「この国では死霊術が禁止されている。だから、しょうがねぇ。あんたには今から、死体と結婚してもらう。そしてロイには悪ィが、奇跡の生還を果たした英雄をプロパガンダに使うんだ」


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