4章7話 ヴィクトリア、そしてレナード(2)



 数秒だけ無言を完成させたあと、ヴィクトリアは少し苛立ったようにレナードに返す。

 言葉だけではない。普段とは打って変わって、視線だけで人を殺せそうなほど目を鋭くしてだった。


 対して、レナードの方も彼女にわずかな苛立ち――否――怒りを覚えていた。

 まるで、形を真逆に変えて数ヶ月前のことをリフレインしているようだ、と。


「ロイには2人の恋人がいるが、その片方はアリスって名前なんだ」

「知っておりますわ。友達としても、特務十二星座部隊の序列第2位、アリシア・エルフ・ル・ドーラ・ヴァレンシュタインの妹という意味でしたら、七星団にゆかりのある王女としても」


 そう、最初、ヴィクトリアはアリスのことを友達として知っていたが、そののち、アリスが特務十二星座部隊の一員、アリシア・エルフ・ル・ドーラ・ヴァレンシュタインの妹ということも知ることになった。


「今ではあいつらは仲睦まじい恋人同士だが、去年のトパーズの月の下旬から、ラピスラズリの月の上旬にかけて、1つ、ややこしい事件があってなァ」

「事件、ですの?」


「もともと、アリスはロイと付き合えるわけがなく、政略結婚する予定だったんだ。それで、そのちょうど前日にロイはアリスの父であるアリエル侯爵に決闘を仕掛けて――まぁ、ものの見事に負けたよ」

「勝ったのではないのですね」


「あぁ――、ロイは本当にバカなやつだよ。エルフ・ル・ドーラ侯爵と決闘した理由さえ、好きな女を奪われたくないから! じゃなくて、友達と離れ離れになるのは寂しいから! って理由で、ずっと、ずっと、本当にずっとアリスとは友達なんだ! って言い張って、最終的に自分はアリスが好きなんだ、って認めたのは、全てが終わったあとだった」

「――――」


「まァ、幸いにもその事件はハッピーエンドで終わったからよかったものの、アイツ、バッドエンドで終わったあとにアリスへの恋心に気付いたなら、どうするつもりだったんだろうな。もしそうなっていたなら、本当にあとの祭りとしか言いようがねぇ」

「なにを言いたいんですの?」


 ケンカを売るようにヴィクトリアは問う。

 だが、レナードはさらに彼女の心境を煽るように続けた。


「お姫様は世間知らず、一般常識に疎いだけで、しかし、バカというわけではねぇでしょう。俺がなにを言いたいかなんて、すでに察しているのでは?」


「――――っ」


「今のお姫様とロイは、その騒動の時のロイとアリスの性別と結末を反転した鏡みたいに思えるんだよ。ハッキリ言って、後味が悪いなんてレベルじゃねぇ。胸糞悪くて反吐へどが出るような心境だ」


 レナードは今、今のヴィクトリアを政略結婚の騒動の時のロイに置き換え、今のロイを政略結婚の時のアリスに置き換えて話している。

 前回はロイがアリスのことを友達と言い張って、しかしハッピーエンドを迎えたあとに自分の恋心に気付いた。翻り、今回はヴィクトリアがロイのことを友達と言い張って、しかしデッドエンドを迎えたあとに自分の恋心に気付いてしまった。


 それに対してレナードは――、


「…………ッ、俺はこれでも、ロイのヤツを認めていたんだ。エルヴィスさんのように、今の時点の自分では手が届かない相手では断じてない。なのに、アイツのことを心のどこかで絶対にいつか完璧に追い抜くべき相手だと、そんなふうに思っていた」


「それは……わたくしも本心からよい友人関係だと思いますわ」


「チッ、友人関係じゃねぇ。ライバル関係だ。まぁ、そこはいい。で、だ――俺が気に喰わない点はただ1つ、なんでロイはアリスのことを救ったのに、アイツ自身が救われる側になった途端、結局は死んで救われねぇんだ、ってことだ」


 レナードは自分の下唇を強く噛む。

 普段からロイと口喧嘩ばかりしていたが、無論、彼だって本心からロイに死んでほしかったわけではなかった。


 一方で、ヴィクトリアもレナードの言いたいこと、伝えたいことは、漠然とだが理解できた。

 当然だ。話を聞く分に、いわゆる『前回の騒動』『政略結婚の事件』と定義されている出来事で、ロイはアリスを救う立場にあったらしい。なのに、前に他人を救ったのに、今に自分の番になり誰にも救われないというのは、あまりにも報われない話だろう。


 しかし、ヴィクトリアは静かな声で反論を紡ぐ。


「確かに……お気持ちはわかりますわ。自分は誰かを救ったのに、誰かは自分を救ってくれない。ロイ様に限らず、そういう類の話は本当に報われないと思いますもの。ですが、その憤りをわたくしにぶつけられても――ッ」

「アァ? この期に及んで、まだ自分とロイ様は友達です~、なんてほざくつもりか?」


 怒気を孕んだ声で静かに、しかし獣のように言うと、あろうことか、レナードはヴィクトリア――つまり一国の姫の胸倉を掴んだ。

 相手が女性でこちらが男性、相手が王女でこちらが騎士。そんなこと、今のレナードにとっては知ったことではなかった。


「確かにロイは死んだ! ただ、友達としてじゃなくて異性として好きだったなら! それを認めちまって、ロイが死んでいてもそれでも足掻けよ! ! ロイのことを救える手段が、条件に当てはまらないってだけでないわけじゃねぇんだろ!?」


 声を荒らげるレナード。

 彼は真正面からヴィクトリアの目を見て睨むも、しかし、彼女の方がすぐに視線を逸らした。


「粗相にも限度がありますわよ、レナード様」

「俺の首をねてもかまわねぇ。けどなァ、俺が認めた男を蔑ろにする行いはたとえ姫、いや、神であろうと許さねぇ」


「レナード様、いくらなんでもロイ様のことがお気に入りすぎではございませんこと?」

「かもな。だが、ガキじゃねぇんだ。そんな言葉で俺とロイの関係を茶化すな」


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