4章6話 ヴィクトリア、そしてレナード(1)



「お姫様――なにしてんだ、こんなところで?」

「あなたは、確か……」


 死体安置所の一角にいたヴィクトリアに、1人の七星団の制服を身にまとった男性が背中から声をかける。

 ヴィクトリアが見た感じ、彼の年齢はロイと同じぐらいか少し上だと推察できた。


 炎が燃え尽きたあとに残った灰のような色の髪と瞳。そして態度の悪さに誤魔化されずによく見ると、顔立ちは意外と中性的な美青年だった。

 ヴィクトリアは彼のことを知っていたが――しかし、それよりも先に本人が自己紹介をすませてしまう。


「レナード・ローゼンヴェーク。アスカロンっていう聖剣の使い手で、まぁ……、なんだ……、ロイの――――ライバル、だ」

「あなたもロイ様に会いに?」

「違いねぇ」


 静かに肯定すると、レナードはヴィクトリアの近くまで歩み寄る。

 そのヴィクトリアは今、ロイの死体が収まっている棺のすぐ近くに立ち、片手を優しく棺の表面に添えていた。そしてレナードはその隣までやってきて、しかし、彼女と同じように、愛おしく誰かの頬を撫でるように棺に手を添えるような真似はしなかった。


「にしても、まぁ、一国のお姫様にここまで想われているなんて、ロイもさぞかし誉れ高いだろうなァ」


 心にもないことをレナードは言う。

 ゆえに、ヴィクトリアがそれになんて言葉を返すかは、火を見るよりも明らかだった。


「心にもないことを言わないでくださいまし」


「アァ? こいつがくたばったのは個人的に残念だが、一国のお姫様が自分を狙い撃ちで墓参りみてぇなことをしてくれるんだぜ? 一般的には、ビックリして心臓が止まりそうなぐらい誉れ高すぎることだと思うが?」

「それは一般論です。ロイ様には当てはまりませんし、恐らくあなたも、彼がどれほど生に執着していたか、ご存じだったはずではないのですか?」


「――――へぇ?」

「わたくしは世間知らずの超箱入り娘ですが、一国の姫として、誰よりもお父様、国王陛下の背中を近くで見ておりました。あの父の背中を見て育ったわたくしが、その程度のウソを見抜けないとお思いで?」


 ヴィクトリアはレナードのことを一瞥さえせず、うれうような視線をロイの棺に落としたまま、彼に厳しい言葉を返す。

たとえ彼女がレナードより年下だったとしても、今の言葉には王族に名を連ねる者としての品格と呼べるモノがあった。


 普通なら王族の1人に厳しい言葉をかけられて、萎縮する者も多いのだろう。

 だがしかし、レナードは臆せずに真剣な表情かおと声でさらに返す。


「なるほどなァ、そういうことか――」

「なにがですの?」


 普段の明るい、それこそロイや彼と親しい人たちと接する時のヴィクトリアからは想像もできないほど、昏い声音で彼女は訊く。

 より具体的に言うならば、感情が死んでいるような声音と言っても過言ではない。


「ロイのヤツからお姫様のことをちょくちょく話に聞いていたんだが――世間知らずなことと、人のを見る目がないことは、決して矛盾じゃねぇ。両立可能だ」


「――――」

「確かにお姫様は一般的な感性を持っていないようですが、しかし、人を見る目はあるようですね」


「なにが言いたいのですか?」

「お姫様の仰るとおり、俺は心にも思っていないことを言った、ってことですよ」


 吐き捨てるようにレナードは言う。

 そして、そのような無礼な言い回しをされれば、ヴィクトリアが次にどのように返すかも、ほとんど決まっているようなものだった。ゆえに、彼女は返すべき言葉を返すべく返す。


「なら、あなたも……」

「アァ、俺もお姫様と似たようなモンで、俺がロイに対して思っていることはただ1つ――なにアリスのことを悲しませて、俺との再戦もせずに、勝手に1人で旅立ってやがんだクソ野郎、ですよ」


 それは少なくともヴィクトリアの感性からすると、死者、それも戦時中に敵軍の幹部を討って殉死した誇り高き英雄を侮辱するような発言だった。


 だが、ヴィクトリアはレナードのその声に込められた感情を察した。

 きっと、口ではこう言っているものの、この男もロイの死を悔やんでいるのだろう、と。でなければ、わざわざ彼も死体安置所に足を運ぶようなことはないだろうし、と。


 不意に、ヴィクトリアがようやくレナードの方を一瞥する。

 するとその証明のように、彼の両方の握りこぶしは静かに、されど強く、強く震えていた。


「ところで――」


「なんですの?」


「――使? アリスみてぇな優等生じゃなくて、シーリーンみてぇな不登校でも知っているはずのこの王国の一般教養だ」


 と、レナードはまるで天気の話題でも口にするようにフラットに訊いた。少なくとも、表面上は。

 翻り、ヴィクトリアは至極無感動な声音でそれに応える。


「確かに、王族には死者を生き返らせる魔術が許されていますわ。でも、それはあくまでも条件付きでの話です」


「条件だァ?」


「我が王国は死霊術を全面的に禁忌としている以上、まさか国のトップが死霊術を使うわけにはいきません。だから、レナード様が仰っているくだんの魔術――【聖約ハイリッヒ・テスタメント生命ヴィダー・ダス・再望】リーン・ツァールロストは死霊術ではなく、超高度とはいえ、普通の魔術に分類されますわ」


 それは以前、第1部花嫁後編略奪2章騒動3話の時、ロイがアリスをアリエルに連れていかれてシーリーンに慰められた際、本人から説明されたとおり、彼女がロイの前世に勘付いた一因とも呼べる魔術だ。

 実際の効果は以前、シーリーンが、そして今、ヴィクトリアとレナードが話しているとおりである。


「それで?」

「だとしても、神様からいただいた命に干渉するのは正直、あまりいいことではありません。だから【聖約:生命再望】は王族に限り、その王族に対しても1回きりと、キチンとルールが決まっておりますわ。そもそも、当たり前ですがロイ様は王族ではありません。加えて、死んでしまった以上、王族の誰かと結婚して、血の繋がりがなくても王族になる、ということもできません。つまり、ロイ様が平民かつ死人である以上、絶対に【聖約:生命再望】を施すことは不可能ですの」


「王族だけ特別扱い、か。まァ、そりゃそうだ。王国で王族を特別扱いしないで、他の誰を特別扱いするんだ、って話になるしなァ」

「無論、わたくしや、それにお父様だって、この現状が不平等であるとは理解しておりますの。ですから、その魔術を行使する際の規律に『病死、あるいは故意ではない事故死の場合、この魔術の行使を禁ずる』みたいなことが明文化されてあります」


「要するに、基本的にこの魔術が発動を許されるケースは王族が敵軍に殺された時で、国民の動揺を抑えるために、ってことか」

「――そういうことになりますわ」


 簡単なことだった。その【聖約:生命再望】は王族が敵に殺された場合に限り、一時でも国を混乱させないために、その殺された王族を生き返らせて統治の状態を維持しましょう、という措置そのものである。

 だからヴィクトリアの言うとおり、仮に王族の誰かが病死した場合でも、この魔術を使うことはたとえ王族の誰が対象でも許されていない。


「ナァ、お姫様」

「今度はなんですの?」


「あんた、ロイのこと好きだったんだろ?」

「…………なぜそれを今、レナード様に指摘されないといけないのですか?」


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