4章5話 ロイ、そして神様の女の子



「あぁ――、またこの空間か――」


 と、ロイはどこか寂しそうに呟いて、そして自然と視線を自分の真正面に向ける。

 彼の言うところの『この空間』というのはウソ偽りなく、宇宙の中心のことだった。


 必然、そこに招かれたということは――、

 今、ロイの目の前には――、


「――依頼失敗、ですね」

「……女神様」


 ロイは静かに呟く。

 自分はいつの間にか椅子に座っていて、演劇の舞台の上に立つ主役のように、どこからか差し込むスポットライトに非常に近しい光を浴びていて、一方、やはり神様の女の子の方も椅子に座り、スポットライトのような光を浴びていた。


「すみません、女神様。依頼を、約束を、その――果たせなくて」

「いえ、大丈夫とは口が裂けても言えませんが、あなたは1つの個体として、本当によく頑張ったと思います」


 今にも泣きそうな表情かおで微笑む神様の女の子。

 彼女はロイのことを慈しむように、あるいは愛おしそうに、ゆっくりと花の蕾のような桜色の唇を開いて続きを口にした。


「以前も言いましたが――私は神様ですけど、未来予知なんてできませんし、挙句、魔王軍の方は私に介入する魔術すら、ある程度の研究を終わらせている状態にあります」


「つまり――」

「はい、お察しのとおり、私には本当に今回の大規模戦闘の勝敗がわかりませんでした。それを踏まえて、今回も認識できなかっただけで、魔王軍の方が私に介入をしたかもしれない――なんて、本当に最悪です」


「――――」

「こちらも一応、万が一の時のための備え――そう呼ぶべきモノを用意しておいたのですが、それも失敗に終わりました」


「それで……ってことはもしかして、今回の戦闘で七星団は負けたのですか?」

「いえ、当然命懸けの争いですから、死傷者が出るのは防げません。ですが全ての戦場で七星団は魔王軍に対して勝利を収めていますし、あなたが殺した死霊術師が本当に死んだことにより――まぁ、七星団の完全勝利と言えるでしょう」


「では、いったいなにが最悪……なんて、自惚れかもしれませんが、訊くまでもないですよね」


 自嘲気味にロイは笑う。自明だ。自分はウソ偽りなく、誇張表現でも比喩表現でもなんでもなく、神様に依頼を任せられる人間として選ばれた存在なのだ。

 少々現実味がないとはいえ、あとの祭りではあるが、ロイはもう少し、自分は神様に選ばれた存在なんだ! と認識しておくべきだっただろう。


「そうですね……。はっきりと言いますが、今回の大規模戦争、一般的には七星団の勝ちと思われていますが、神様である私に言わせれば、魔王軍の勝ちです。仮にあなたたちが相手にしていたグールも命の計算に入れるとしても、魔王軍の死者の数は約4万人。でも、ロイ・モルゲンロートを殺されることになってしまったのなら、戦果の全てが帳消しです」


「えぇ……、ボクってそんなに重要な人間だったんですか?」

「あはは……、そこが、その……難しいんですよね」


「難しい?」

「あなたには確かに魔王を倒してほしいのですが、かといって、魔王にたどり着くまで一切の戦闘を禁止して、魔王との最終決戦に突入したら出番! というわけにもいきません……。それだと少々ゲームチックな言い方になってしまいますが、経験を積めず、魔王に実力が届きませんので……」


「――――」

「まぁ、今さら言っても仕方のない話ではありますが」


 と、そこで神様の女の子は話を締めくくる。

 彼女は言い終えるとどこか遠い目をして明後日の方を向くが、彼女が今、なにを考えているかなんて、それこそ神様ではないロイに知る由はなかった。


 果たして女神様はなにを諦めたのだろう? ボクが死んでしまったことで、この世界は今後どうなってしまうのだろう?

 そんな漠然の極致なのに、世界にとって致命的な疑問をロイは抱く――が――しかし彼はそれを口にしない。


 それよりも訊くべきことがあったから。

 ゆえに、ロイの方はまだ話を続けることにした。


「あの――神様?」

「はい?」

「もう一度、ボクを転生させることはできないのでしょうか?」


 それは至極当然の質問だった。現に神様の女の子はロイのことを一度転生させている。ならばロイが、もう一度転生できる可能性もあるかもしれない、なんて思うのは道理に適っている。

 そしてそれが可能ならば、ロイは次こそは上手くやれるように、実際に上手くやるのは至難の業だろうが、少なくとも心がけるぐらいはできるだろう。


 しかし――、


「――ゴメンなさい。不可能です」

「~~~~ッ、理由は?」


 焦った様子のロイ。彼は急くように神様の女の子に訊く。

 対して、神様の女の子は心底申し訳なさそうに顔を俯かせながら応えた。


「転生には2つの条件があります。誰に対しても無制限に転生させてあげられることはできません」

「2つの、条件……?」


「言わずもがな、ソウルコードと転生先の座標です」

「まさか……」


 ソウルコード。

 ロイの現世の方では魂という概念がある程度、解析されている。


 科学の場合、DNAが遺伝情報を記録している物質で、遺伝子とはDNA上のタンパク質の作り方を記録している場所で、そして、生物にとって必要不可欠なワンセットの遺伝情報のことをゲノムと呼んでいた。


 そして、ソウルコードとは魂のゲノムだった。

 結局ロイは今に至っても知らないままだが、ソウルコードに改竄された痕跡があったから、イヴは死霊術師から狙われることになったのである。


「種族を人間に限定しても、一卵性双生児を除き、自分と遺伝子がまったく等しい人が生まれてくる確率は、確かロイさんが生きていた前世の年代だと約300桁分の1と言われています。で、ロイさんは博識ですからわかりますよね? 無量大数と呼ばれる数が何桁なのか」

「…………ッ、69桁でしたっけ?」


「はい、つまり自分とまったく遺伝子が同じ人物が生まれてくる確率は無量大数分の1よりも低いわけですが、ソウルコードの方も似たようなモノです」

「それで――?」


「桁が大きいだけで簡単な確率の計算です。今のロイさんと100%同じソウルコードを持つ赤子が生まれてくる確率が仮に300桁分の1としましょう。そしてこの世界には300桁以上の知的生命体が住んでいる惑星がありますから、またグーテランドにその赤子が生を受ける確率も――まぁ、実際はもっと天文学的な値になりますが、仮に300桁分の1としておきましょう」

「つまり……ッッ」


「ソウルコードがまったく同じな人間が、都合よくグーテランドに生まれてくる確率は約300桁分の1×300桁分の1になります」


 それを耳にした瞬間、ロイは生まれてから一番の戦慄を覚える。命に害は一切ないのに、むしろ自分にもう一度の命を与えてくれた奇跡なのに、その事実にロイは吐き気を催すほどの非現実感を覚えざるを得ない。

 つまり――、


「ボクはその世界一、一等を取るのが難しい宝くじに当たった、ということですね?」

「そういうことになります。だから、もう一度ロイさんを転生させることはできないんです……。七星団の要塞の死体安置所にロイさんの死体が置かれていますから、現世の方でなにかしらのアクションがあれば話は別ですが、少なくとも私には……」


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