4章4話 リタ、そしてティナ
「ぐす……、っっ、っ、すん…………っ、えぐ……、え、ぐ…………、っ」
やはりほぼ同時刻、別荘の3階にあるリタとティナの寝室にて。
ティナは昨夜、泣き疲れて寝てしまい、さらに睡眠中も枕を濡らし、朝早くというのに起きてからも、昨日のことを思い出して涙を流した。
湧き続けるのは悲しい、寂しい、つらい、そしてそれらを一緒くたにしてできあがる後悔の気持ち。
ティナはこんなことなら先輩に告白しておくべきだった、とは思わない。思えない。自分にはその資格さえないと言わんばかりに。
ただ強いて言うならば、後悔の気持ちの原因は、もっと自分にもできることがあったはずのに、なぜそれをしなかったのだろう、というifの話だった。
もしもの話が、あったかもしれない過去形の可能性が、ティナの後悔の原因なのだが……しかし、彼女だって理解している。剣もまともに扱えなくて、魔術はそこそこ得意だが、気弱な自分が他人を傷付けられる道理もなく、ゆえに、そんな『if』なんて結局、どう足掻いていても現実にはならなかったのだ、と。
「ティナ……」
隣のベッドでずっと泣いているティナを、親友のリタは自分のベッドの上から、なにかをしてあげるでもなく、ただ、傍観していた。
前回の魔王軍の手先との戦いでは、戦闘に参加しなかったものの、酸素不足で敵の炎の魔術を無効化するという作戦を考案して、どこか秘密を抱えていそうなリタだったが……流石に年齢に偽りはなく、彼女はまだ11歳で、こういう時、抱きしめればいいのか、逆に落ち着くまで1人きりにしてあげた方がいいのか、まだ上手い判断ができるような器ではなかった。
「ティナ、朝ご飯は食べられる……? 昨日からなにも食ってないし……」
流石になにか話しかけるべきだ、話題はなんでもいいから、と、リタは考えて、当たり障りがない質問をティナに投げかけた。事実、ティナは昨日の朝食からなにも食べていない。いくらなんでもそろそろなにかを口に入れた方がいい頃合いだろう。
精神が安定している時でも食事を数回抜けば、人は、クーシーは、そしてケットシーは気力がなくなってしまう生き物だ。ならば精神、心が不安定な今はなおさらである。
特に、ティナはこの別荘にいる女の子たちの中で一番メンタルが弱い。
ロイの死亡という同一の事実でも、他の女の子たちよりもさらに心のダメージが大きかった。しかし――、
「いら……、な、い……、ひ、っく…………」
「で、でもさ! クリスがたぶん、朝早くに起きて、一生懸命に作ってくれていると思うぜ? みんながこんな時だからこそ、逆に、早く明るさを取り戻せるように、豪勢な朝食を、な?」
「…………、リタちゃ、……、ん、は、なんで……、どうし、て……、そんなに落ち着いていられ、……、…………るの?」
純粋な、心からの疑問をティナは口にする。
そしてリタはハッとした。それが普通の反応なんだ、と。そして彼女は神妙な顔付きで――、
(――――だって、生き物はいつか必ず死ぬし。いつか死ぬ以上、この世でなにか素晴らしいことをしても、その功績を死後の世界には持っていけない。だからアタシはその場その場で楽しいことを、後先考えずにやっていくような、そんな刹那的な生き方に憧れている。あいにく宗教なんて信じていないし、今が楽しめればオールOK、みたいに)
だが――、
(センパイの死は時の流れにおいて必然……なんて言ったら、ティナに絶交されるし、アタシにとっても、必然であることと、感傷を抱かないことは当然、一緒じゃない)
そして――、
(アタシはティナのようにセンパイに恋しているわけじゃなかった……。でも、好きか嫌いかで言えば、当然好きって断言できる。少しの間だったけど、センパイと一緒に遊べた時間はすごく楽しくて、心からはしゃげて、間違いなくアタシとセンパイの間には友情があったはず。それなのに――)
それなのにティナに指摘されるほど自分が落ち着いている理由はどこにあるのだろう、と、リタはティナから目を逸らすように俯いた。
愚問だった。リタは結局、論理的に、しかし無感動に、ロイの死を悼んでいても、生き物は最終的には土に還るからロイも同じようになろうとしているだけ、と、すでに割り切れているのだろう。
(サイテーだな、アタシ……。そんなんだから『血』を引き継いでいるって、ますます自覚してしまうじゃんか……)
リタは声に出さない声で自分のことを嘲った。
だが、リタの沈黙をティナは答えられないから黙ってしまった、と、彼女の葛藤を知らずに、表面的に受け止める。
そして――、
「リ…………タちゃ、んは、強い、ね……っ、スン……、っ」
「違うよ、ティナ。アタシはただ…………ドライなだけなんだ」
自分で自分のことを優しさが欠落していると断ずるリタ。ロイの死は本当に悲しい。だが、別に涙が出て、朝食が喉をとおらないというほどではない。むしろ彼女がより気に病んでいるのは、自分の人間性ならぬクーシー性についてである。
けれど、一度大きく
「アタシ、さぁ――なにから話せばいいかよくわからないけど、泣くことっていうか、泣けることって大切だと思うんだ。でも、アタシは酷い女の子だから、泣きたくても涙が出てこないんだよね」
「――――」
それに対してティナはなにも答えられなかった。
リタから言葉を慎重に選んでいる雰囲気を察したから指摘しなかったものの、友達が死んで涙を流せないというのは、ティナにとって、とても信じられるようなことではなかったのだから。
返事しないティナ。
しかし、リタが言いたいのはそういうことではなかった。
そう、リタは友達が死んで涙を流せないのが冷たいことと自覚しつつも、それを直せなくて、ゆえに苦悩している。
それをティナの方も理解しているから、彼女はリタの続きの言葉を静かに待った。
「でも――確かにセンパイが死んじゃって悲しいのは本当なんだ。それだけは、本当に」
「――、――、う、ん」
「だから、アタシの代わりにティナが泣いてくれよ――」
言うと、ティナはリタのことを真正面から見た。
そして、自分の親友はどこまでも不器用なんだな、と、思い知る。
単純に、いまのやり取りはリタの年齢を考慮しても、どこか拙かった。
ティナに今は泣いてもいいんだ、と、伝えるだけのことなのに、自分は悲しくても泣けないなんて余計な情報をプラスして、挙句、それで一瞬とはいえ気まずくなるティナのことを考えてあげられていない。
けれど――、
――リタの今のやり取りは拙くても、しかし自分の言いたいことを誤魔化してはいなかった。自分の言いたいことを、ティナがどう感じるかは置いといて、全部言うことができている。
だからティナは――、
「リタ、ちゃん……、えぐ、スン…………、そう、い、うところが……、少し変、って、みんなか、……、ら、見られる、か、も、し、……、れない、んだよ?」
「――うん、ゴメン」
「でも――」
「――でも?」
「泣、い、て……もいい、……、って、伝えてくれ、た、ことは嬉しいし……、そ、れに……、リタ、ちゃ、ん……の今の、発、言を聞いたら…………泣くこと、が、正、しい、と、思えてき、て――――」
「うん――、朝食はアタシが1階から持ってくるから、今はいっぱい泣いていいんだぜ?」
言うと、リタはベッドから立ち上がり、部屋を出て、ドアを閉めた。
言わずもがな、朝食をティナに持っていってあげようと思ったからなのだが――、
――リタがドアを閉めてすぐに、ティナの泣き声がその向こうから聞こえ、
――リタは自分でもよくわからずに、手を爪が肌に食い込むぐらい強く握った。
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