4章9話 内政チート、そして結婚制度(1)



 数日後、シーリーンとアリス、イヴとマリア、リタ、ティナ、そしてクリスティーナの7人は七星団の要塞の大規模礼拝堂に集まっていた。

 七星団の団員の中には、ファンタジア教や竜の聖書教など、宗教が統一されているわけではないが、神を信じている団員も多かったので、礼拝堂があるのも別に不思議ではない。


 で、7人が七星団の要塞に久しぶりに呼び出された理由と言えば――、


「ねぇ、アリス……、ロイくんに関する大切な儀式があるから来てください、って言われて、こうしてやってきたけど……」

「大切な儀式なんて……シィだって、もう理解しているでしょう?」


 泣いてはいないものの、アリスは沈痛な面持ちでシーリーンに応える。ロイの訃報が届いた日から今日まで、散々泣いて、喚いて、もう今となっては涙も声をれてれたのだ。

 もはや心が悲しみに麻痺して、まだ自分は立ち直れていないと理解できていたのに、アリスはもはや涙さえ流せなかった。


 いわゆる、今のアリスは目が死んでいる状態だった。

 元気なんて言葉は遥か彼方に置き去りにして、幸福という概念をどこかに忘れ、もし許されるのならば、自分もロイのあとを追おうか本気で数回考えるほど病んでいる。


 しかしシーリーンはアリスの返事に、さらに返事を重ねずに――、


(確かに普通に考えたらロイくんのお葬式のはずなんだけど、なんか違和感が――)


 ふと、シーリーンは周囲を見回す。

 自分たちはロイに特に近しい者たちとして、礼拝堂の一番前の席に座ることを許されていた。中央に近い順に、マリア、イヴ、シーリーン、アリス、リタ、ティナ、そしてメイドの身分であるクリスティーナという並びである。


 マリアは年長者として必死に気丈な感じを装っているも、しかし身体が悲しみでわずかに震えている。また、イヴに至っては今日になってもまだ、ロイの死を受け入れられていない。

 リタはまだ精神的に落ち着いていたが、彼女は隣で泣いているティナに気を配ってあげていて、同じくリタとは反対側の隣に座っているクリスティーナも、ティナの背中を撫でてあげていた。


 だが、特筆すべき点は別にある。


(なんでロイくんのお葬式だけ別枠なんだろう?)


 別に、シーリーンは落ち着いているからそのような疑問を抱いたわけではない。

 むしろ逆だった。意識的に別のことに、ロイ以外のことに気を向けて、ロイの葬式という現実から少しでも目を背けたかったのである。無論、本人にとっては無自覚だろうが。


 で、シーリーンはすぐに、なぜロイの葬式が別枠なのか、その答えと思しき考えに行き当たる。


(そっか――、そう、だよね――、ロイくんは魔王軍の幹部をやっつけたんだし――。でも……)


 どうも、それだけでは腑に落ちない。

 具体的に言うならば、なぜか礼拝堂の雰囲気が葬式らしくないのだ。確かにロイに近しい人たちは自分たちだけだが、それにしても、ここに集まった他の人々は彼の死を悲しんでいる気がしなかった。


 そして、シーリーンは状況を探ってみる。

 ここに集まっているのは言わずもがな、基本的には七星団に縁のある者たちだ。たとえば壇上の席には国王陛下であるアルバートがいるし、ヴィクトリアの姿もあった。


 また、シーリーンは名前を知らなかったが、壇上の一角には12人の男女がいて、その人数から(もしかして、あの人たちが特務十二星座部隊?)と、断言はできないものの、漠然とそれを察することもできる。

 続いて壇上から視線を背後にやるも、そこにいたのは七星団の制服を着た人ばかり。加えて、別の一角の席には貴族らしき人たちの姿や、グーテランドの大臣らしき人たちの姿もあった。


(なんか……、お葬式にしてはそわそわしているような……)


 ここでシーリーンは考えを次の段階に移す。

 仮にここに集まった人たちの大半がそわそわする理由があったとして、なぜ、七星団に縁はないものの、仮にも参列を許された自分たちにはその理由が伝えられていないのだろうか?


 シーリーンはいろいろと可能性を模索してみるも、結局、その答えには辿り着けなかった。

 と、その時である。


「よォ、アリス」


「は? えっ!? レナード先輩!?」


「オイオイ、アリス、少しは声を慎んでくれねぇか? あと、シーリーンと、ロイの妹と姉貴も久しぶりになるなァ」


 レナードの突然の登場に大きな声を上げてしまったアリスを始めとして、シーリーンとイヴとマリアも、一瞬だけとはいえ悲しみを忘れて驚いてしまう。

 当然だ。4人は今、レナードが七星団に所属しているなんて知らなかったのだから。


「えっ……と、とりあえず席に付いたらどうですか?」


 と、アリスが配慮してみるも、レナードは首を横に振った。

 次に真剣な表情かおで、いつもの乱暴な口調ではあるものの、ふざけた感じは一切ない落ち着いた声音で返す。


「いや、一瞬で終わる予定の話だから立ったままでいい」

「は? いや、でも、時間まであと少しで――」


 そのように、アリスが言葉を続けようとした瞬間のことだった。

 ――――――――――――ッッッ! と、ここにいた全員に無音が聞こえた。


 無音が聞こえるという意味不明な感覚をその身で味わい、アリスは思わず戦慄する。

 否、アリスだけではない。シーリーンたち他の女の子6人も、一様に表情に狼狽をみせた。


 ただ、7人の中でもアリスはこの感覚を知っていた。

 実の姉であり、特務十二星座部隊のアリシアに興味本位で以前、止まった時の中を動きたい、と、お願いして、それを叶えてもらった時の感覚に酷似しているのだ。


 世界に流れていた時が止まった。より厳密に言うならば、自分たちとそれ以外の人たちの時の流れに乖離が発生し過ぎて、肉眼では他人が完璧に止まっているようにしか観えなくなってしまった。

 多かれ少なかれその事実に気付き、各々ハッとするシーリーンたち7人。彼女たちは改めて確認するように慌てて立ち上がり周囲を見回すも、ここに集まった99%の者たちはやはり微動だにしなかった。


「一瞬で終わるってーのは、比喩表現なんかじゃねぇよ。マジで一瞬で終わらせんだ」


 動いているのはわずか数人――自分たちとレナードと、ヴィクトリアとアルバートと、そして特務十二星座部隊の中でもアリシアとエルヴィスだけだった。

 そしてついに、唐突に時の流れが止まったのにもかかわらず、冷静さを保っているレナードが口を開いた。


「アリス、それにシーリーン」

「「は、はい……っ」」


「それとロイの妹と姉貴」

「……なに?」

「はい、なんですかね?」


 返事する4人。レナードがなにを考えているのかは依然、不明のままだが、しかしシーリーンもアリスも、イヴもマリアも、4人一様に返事だけはキチンとする。

 言わずもがな、おっかなびっくりではあったものの、絶対に返事すべきと直感したからだ。逆にここで返事をしなかったら、一生モノの後悔をする。そんな直感さえ4人は覚えていた。


「以前、ロイのヤツから聞いたことがあったんだが……確か、特にシーリーンは、条件付きではあるがハーレムを許しているんだったよなァ? そしてその条件っていうのは、ロイが複数人の女と付き合っているだけって状態で関係を完結させず、女同士も仲良くしたいから、現時点のハーレムメンバーが新規のメンバーのハーレム入りを許可すること、だったか?」


 慎重に言葉を選んでいる感じのレナード。

 本当に彼は今、熟考に熟考を重ね、さらにその上にできる限りの配慮に配慮を乗せて、訊きたいことはキチンと訊くが、シーリーンたちが極度に不愉快にならないように、まるで綱渡りのような会話を繰り広げる。


 対して、そのレナードの以前からは考えられない態度に基づく発言に対して、答え合わせをしたのはシーリーンとアリスだった。


「むぅ……シィたちの関係を、そんなふうに温かみがない言葉っていうか、説明口調で片付けられると不満なんですけど」


「悪ィな、シーリーン。だが、この確認は大切なことなんだ」


「なら、シィに代わって私がお答えしますが、そのとおりです。現に、私がロイの恋人になった時も、シィに許しをもらいました。と、言いましても、むしろシィは乗り気でしたが」


 薄々、アリスは今もレナードが自分のことを好いている、という事実に気付いていた。

 だがだからといって、自分とロイの恋人事情を、よりにもよってこの場所、この状況で誤魔化すということはしない。


 アリスはレナードのことが不良だから少し苦手ではあったが――しかし、レナードがロイのことを認めていることと、彼の強さは信頼している。それも騎士としての武力を意味する強さではなく、こういう場合に好きな相手から、その子と、その子の恋人の関係性を耳に入れても、落ち着いて話を続けられる心の強さを。


 ゆえに、そんなレナードを相手に、少し前まで自分に好意を寄せていた相手だから曖昧に応えるというのは、彼に対する侮辱だとアリスは考えたのだ。

 結果、こうして彼女は返す言葉を意図的に選ぶような真似はしなかった。


「なるほどなァ――なら、それを踏まえて4人に訊きたいことがある」

「? なんでしょうか?」


 と、この中で一番レナードと対等に話せるアリスが訊く。

 すると、そのタイミングでレナードの隣にヴィクトリアがやってきた。同時に、アルバートと、アリシアと、エルヴィスも。


「お姉様……ッ」

「久しぶりですね、アリス」


 先ほどから視界には入っていたものの、まさかこうして会話できる距離まで近付けるとは――否――近付いてくるとは思いもしていなかったので、アリスはわずかに身をブルッと震わせつつも、実の姉を呼ぶ。

 対してアリシアもアリスに応えるも、それよりも重要なことがあるからだろう。姉妹の久しぶりの会話を邪魔する形にはなってしまうが、ヴィクトリアは一度深呼吸してから、言うべきことを口にする。


 即ち――、


「シーリーン様、アリス様、突然、申し訳ございませんわ」


「ほぇ? どうしたの、ヴィキーちゃん」


「わたくし、ヴィクトリア・グーテランド・リーリ・エヴァイスは、ロイ・モルゲンロート様のことをお慕いしておりますの」


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