3章19話 ゴメンね、そして大好きだったよ(4)



「クソがァ! まだ魂は残っているぞオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」


 振り向きざまにアリシア同様、バッ、と、死霊術師は振った腕の残像さえ見える速度で魔術を撃とうとした。

 が、少なくともこの展開、この場面を、アリシアは魔術を撃つ前に、とあるワンクッションを挟んでおく。


「そういえば、、まだお返ししていませんでしたね」

「――――なん、だと?」


 アリシアは魔術を使って自らの制服、そして胸部を斬り裂いて、そこにできた穴に左手を突っ込む。

 そしてそこから取り出したのは――――戦闘の直前にアリシアに撃ち込まれた弱体化のアーティファクトだった。


 それを見て死霊術師は愕然とする。

 なぜ自らを弱体化する敵の弾丸を摘出していなかったのか、と。そして摘出していなかったのに、今まであのような化物染みたチカラを振るっていたのか、と。


 そして次の瞬間、アリシアの左手から弾丸が霧散して――、

 ――宿した者を弱体化するアーティファクトは死霊術師の胃の中に空間転移されたのだった。


「ガ、ハ、ァァ……ッッ!!! バカな……ッッ!? 他人の身体に直接転移だと……!? いくら特務十二星座部隊だろうと、それは魔術の原則に反している……ッッ!!!」

「えぇ、生き物というのは自らが生きている環境に適応するものです。そしてこの惑星には古来より魔力があり、それに囲まれても死なないように、人やエルフは魔力に関しても免疫を獲得しました。ですから確かに貴方の言うとおり、普通なら相手の魔術的な免疫が邪魔で、敵の体内に異物を転移して殺すことはできません。ですが――」


「…………ッッ、そうか! そのために何度も我に風穴を!?」

「察しのとおり、欠損から再生までのタイムラグを利用して、少しずつ、貴方の胃腸で魔術を構築していたんですよ」


「この……ッッ、本物の化物めェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ…………ッッッ!!!!! 【闇の天蓋からシュヴァルツ・シュペーア・ディ・降り注ぐ黒槍】フォン・ドゥンケルン・ヒンメル・ファレン…………ッッッ!!!!!」

「では改めて――【絶光七色】百重奏ヘクテット!!!」


 2人が魔術を撃ち合うのは、1秒の誤差もないほぼ同時だった。


 しかし、死霊術師は逡巡したのだ。

 魂の貯蓄を奪われた状態で、これ以上それを減らすのはマズイ、と。だがそれ以上に、魂を出し惜しみして本当に死んでしまうのはさらにマズイ、と。


 ゆえに、残った魂の大部分を消費して思考速度と身体能力、そして魔術師としての技量を底上げして――、

 ――結果、アリシアの【絶光七色】と、死霊術師の渾身の【闇の天蓋から降り注ぐ黒槍】が真正面から衝突を起こす。


 弩々ッッッ!!! 駕アアアアアッッッ!!! 轟オオオオオオオオオオッッッ!!!


 その衝撃は天地を揺るがし世界に干渉する。

 隕石落下とか、竜の咆哮とか、巨人の進軍とか、そのように物理的ではなく、空間が意味不明な音を立てて軋み、時の流れさえ狂うような、そんな神々への侮辱が戦場に広がった。


 発生源の真下、アリシア師団の団員たちは彼女の魔術防壁に守られているも、それを嘲笑って地表まで届いた爆風に彼らは足を踏ん張らせ、グールの軍勢の方はなにをするでもなく風に吹き飛んでいく。


 そんなアリシア師団対死霊術師の死者の軍勢の大規模戦闘が終焉を迎えそうな中――、


「――――威力は私の方が上で、発動もこちらが早かった」

「チィ……ッッ、思考を加速して技量も底上げして、敵の攻撃に対する入射角はこちらが有利! 発動は向こうの方が早くても、魔術の威力がピークに達したのは我の方が早い!」


 そして2人は――、


「残念ながら――」

「――これでようやく同等か!?」」


 言うと、アリシアの額に一筋の汗が滲んだ。

 確かに同等だ。互いの魔術は拮抗している。


 だが、死霊術師に関しては、激減したとはいえここで魂をさらに投入すればいいだけのことだった。アリシアもそれを理解している。

 先刻も魂を減らすのはマズイと内心で焦燥に駆られた彼だが、特務十二星座部隊の序列第2位を殺せるかもしれないならかなり上等だ。もしかしたら自分の人生で二度とこない戦果と断言できるほどに。


 だがそれを断固として阻止しようと、2人の戦場に登壇した少年がいた。


「星滅波動オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」

「……ッッ! 攻撃を地面に撃って、その反動でここまで昇ってきたのか!?」


 ロイはボロボロの身体で、勝利を確信して爽やかに笑む。

 死霊術師は先刻、咄嗟とっさの判断でエクスカリバーをロイとは別方向に投げ捨てた。しかし『聖剣を手から失っても、自動的に戻ってくる性能』がエクスカリバーに宿っていた以上、その行いは無駄だったのである。


 タイムリミットまで、残り30秒。


(――――いや! 待て! 我は今、アリシアに手一杯でロイに回す余力はないが、焦る必要もない! 万全の状態のヤツが星滅波動とやらに全力を費やしたとしても、我には傷一つ付かないし! なによりも! そもそも今の彼はむしろ死に体だ!!!)


 死霊術師は思考を極限まで加速させて、合理的な判断を下したつもりになる。

 否、彼の答えはただの事実だった。ロイが万全な状態で星彩波動なり星滅波動を撃ったとしても、アリシアはもちろん、死霊術師にだって傷一つ付けられない。


 とにもかくにも現実は無情なことに、ロイと死霊術師の実力はそれほどまでに隔絶していた。

 だが、しかし、それでも――ッッッ!


「あなたの考えは手に取るようにわかる。ボクだって、あなたと同じ立場なら、同じことを考えたはずだから」


 ロイが魔剣の柄に弱々しくも力を込める。なにかの病の末期患者のように弱々しい力だ。

 だがその魔剣の刀身には、切っ先には、特務十二星座部隊レベル、魔王軍の幹部レベルのチカラが宿っている。


 そして今、上昇のために撃った星滅波動の衝撃は消え、ロイは重力に身を任せて落下し始めた。ロイは死霊術師の上まで昇ったので、落下につれて彼との距離が詰まっていく。

 タイムリミットまで、残り15秒。


「まさか……ッッ、そのチカラは……ッッ!」


「ボクの今の実力では、魔王軍の幹部なんかに太刀打ちできない。でも、どうしても倒す必要がある……ッッ! なら、チカラを借りればいい! あなたのチカラで、あなたを殺す!」


(~~~~ッッ、認めよう! 大失態だ! 重要人物ではあったが所詮は雑魚だとノーマークだった! 先ほどのあれは我を弱体化させるためでもあるが! 同時に、自分の実力を底上げするための布石か!)


 タイムリミットまで、残り5秒。

 その10秒間でロイは朦朧とする意識の中、死に物狂いでチカラをエクスカリバーに注ぎ込ませていたのだ。折角死霊術師から霊魂を奪えたのに、それを十全に使えなかったら本末転倒である。


 わかっていたことだが、タイムリミットに近付くにつれ、つまり闇の浸食が限界まで訪れつつあるにつれ――、

 ――そう、ただ、ただ、シンプルに、気持ちが悪い。


 今にも消えそうな意識と自我。

 バカみたいに口元と目から血液を垂れ流し、地上よりも天国に近いところで少し伸びた髪を風に遊ばせる。


 自分は今度こそ天国に昇るんだ。

 と、ロイは静かに、穏やかに瞑目して、繭の中で眠るみたいにやさしい気持ちを胸に抱く。


 だが、その前にやるべきことをやる。

 果たすべきことを果たす。


 ロイは目を開くことにさえ死力を尽くし――ッッ!




「エクス……ッッ、カリバアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……ッッッ!!!!!」




 星滅波動に死霊術師の身体が飲み込まれる。

 なんとか【闇の天蓋から降り注ぐ黒槍】で相殺できていたものの、前方からはアリシアの【絶光七色】が未だに押し寄せており、後方からはロイの星滅波動が放たれた。一切の文句がない完璧な挟撃である。


 断末魔さえ上げさせず、ついに死霊術師が持つ霊魂のストックを完全に削りきった。

 瞬間、ロイの勇姿に数千を超える騎士と魔術師が、涙さえ浮かばせながら、身体が震えるほどの大歓声を響かせる。


 英雄、勇者ロイの活躍に、勝鬨かちどきは収まることを知らない。


 そして、闇色の奔流は死霊術師自身のチカラを利用したこともあり、アリシアでさえ驚愕で目を見開くほどの瞬きを魅せ、ゆっくりと、長い時間をかけて収束していく。


「ロイさん!」


 すぐさま空間転移して、ロイをキャッチするアリシア。

 しかし彼女の声はもう、ロイには聞こえていなかった。


(クリス――――ゴメンね。いってらっしゃいって、ボクはキミに言わせたのに、おかえりなさいって、言わせてあげることはできなそうだ)


(ティナちゃん――――ゴメンね。戦争に往くって伝えただけで泣かせちゃったのに、天国に逝くって知ったら、もっと泣かせちゃうよね)


(リタ――――ゴメンね。焼肉パーティーには揃えなさそうだ。まさか年下の子に気を遣われるとは思ってなかったけど、挙句の果てに、その気遣いを台無しにするなんて、本当にゴメン)



(ヴィキー――――ゴメンね。キミの唯一無二の親友は、死ぬ。でも、きっとキミなら、また新しい親友に巡り合えるはずだって信じている。それこそ、シィやアリス、イヴや姉さん、リタやティナやクリスが、キミの親友になってくれるはずだから)



(姉さん――――ゴメンね。たとえボクでも、愛している人を悲しませるのは許しませんって、釘を刺されたのに、これじゃあ、怒られちゃうよね? 悲しませるよね? もしも、また、こことは違う遠いどこかで会えるなら、いっぱい、怒って、怒られて、そのあとに仲直りしたいな)



(イヴ――――ゴメンね。帰ってくるのを待っているよ、って言われたのに、帰るのができなくなって。ボクは、イヴが自慢できるお兄ちゃんになれたかな? イヴが胸を張って他の人に紹介できるような、そんなお兄ちゃんに、ボクは、なれたのかな? もしそうなら、嬉しいなぁ)




(アリス――――ゴメンね。恥ずかしがらずに、ボクと結婚したいって、愛し合いたいって、子どもを産みたいって、家庭を築きたいって、キチンと言葉にしてくれたのに、その夢を、ボクは叶えてあげられない。好きな子にそこまで言わせたのに、それをダメにするなんて、本当、男の子として自分で自分を情けないと思う。許してくれないよね?)




(シィ――――ゴメンね。ゴメンね。本当に……っ、本当にゴメンね……っ。キミを守るってキミと結ばれた日に誓ったのに――。必ず帰るって約束したのに――。…………ッッ、なにが、ボクはみんなを残して先に死なない――だ!? あぁ――――ゴメンね、シィ。ゴメンね。本当に、ゴメンね。――キミとすごした時間は、宝石みたいに輝いていた。――キミが教えてくれた想いは、与えてくれた救いは、満天の星々のように瞬いていた。シィのヒマワリのような笑顔が、ボクは世界で一番、大好き――だっ、た――――よ――――――)






 戦争とは残酷なモノだった。


 たとえロイとジェレミアには、1人の女の子をイジメる、守るという相反する立場があり、短期間で終わったとはいえ、2人には一応、因縁は確かにあった。

 たとえばロイとアリエルには、娘の恋人が、娘の父親に挑むという物語性があった。

 ならばやはり、たとえばロイとレナードにも、1人の女の子の心を掴むために2人の騎士が戦うというドラマがあった。


 しかし、戦争はどうだ?

 ロイは結局、以前殺し合ったリザードマンの名前を知ることはなかった。ロイもリザードマンも、初対面で名前の知らない他人と殺し合ったのである。


 また、ガクトだって、ロイと彼の間にはドラマなんて高尚なモノはない。

 名前を知っていて、同じ小隊に所属していたとしても、ガクトは任務だから特に私情を持ち込まず、ロイのことを殺そうとして、ロイもただ生き残るためにガクトを殺した。


 そして、今の死霊術師にしても、ロイとはなんの繋がりもない。

 別にどこかの女性を奪い合っていたわけでもないし、実は死霊術師はロイの本当の父親だったという事実もない。


 必然、戦争に目的や意味はあっても、戦争における死なんて珍しくもなんともなかった。

 戦争において騎士も魔術師も、アリシアやエルヴィスのレベルにならないと、所詮は消耗品だ。


 組織内で替えが利かない人材というのは、その人材が消えたら組織に支障がきたされるため、むしろ極力いない方がいいのだが――言い方を変えれば、それは替えが利く人材が死んでも悲しいだけで、ただそれだけということである。

 戦って死ぬ。シンプルに死ぬ。特に理由なく死ぬ。ただただ、死ぬ。言わずもがな、戦争に死はありふれている。だからロイの死も、そのありふれている死の1ケースでしかなかった。


 無情で、ただただ虚しい。

 どこにも暖かさ、温もりが宿っていなくて、ロイと親しい人たちからしたら反吐が出るほどのこれが現実で、戦争だった。


「ロイさん! 今、時間を巻き戻して――――、ッッ」


 以前、アリエルとの決闘の時、ロイに時間を巻き戻す魔術【局所的ロカール・虚数時間】イマギナーツァイトで治療を施したように、今もアリシアはその魔術を発動しようとするが――、

 ――なぜか今さらになって、アーティファクトを撃ち込まれた心臓が、取り除いたというのに激痛を覚える。


「~~~~ッッ、あの死霊術師ィ……ッッ!? なにが私に【 絶滅エヴァンゲリオン・フォン・福音 】アウスステルベンを使わせないですか!? 本当の狙いは【局所的虚数時間】を封じることだなんて!?」


 アリシアの声帯を引き千切るような絶叫が響く。

 悲痛で、切実で、悲愴で、憤慨より熱くて、激怒と呼ぶには冷え切っている、よくわからないぐちゃぐちゃな、シンプルに気持ち悪い感じがアリシアを襲った。


 無論、それは仕方がないことである。アリシアが七星団の勝利を目指すように、死霊術師だって自軍の勝利を目指していたのだ。

 結果的にアリシア師団が勝利を収めたが、敵の策略を卑怯と罵るのは策略に溺れた者のイチャモンにすぎない。


 普通に考えて、アリシアだって自分が死霊術師の立場なら、【絶滅の福音】と同じぐらい【局所的虚数時間】にも封印を施すはずだ。


 ゆえに、死霊術師は狙ったのだろう。

 どこかのタイミングでアリシアが【局所的虚数時間】を使おうものなら、事前に【絶滅の福音】を使わせないと先入観を植え付けておいて、決定的な場面で致命的な現実を叩き付けることを。


 死んでしまったが、死霊術師にとってもこれは想定外の事態だった。

 彼の想像以上に、彼の策略はアリシアに絶望を与えることに成功したのである。


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