3章18話 ゴメンね、そして大好きだったよ(3)



「なにをする気だ、貴様の部下は?」

「知りません。私は言われたとおりに準備するだけです」


「貴様が部下に従う? 見た感じ、弱そうなヤツだが?」

「正直、否定はできません。ですが時として、戦場で最も必要なモノが強さとは限りません。今に限って言うなら、それは一刻を争う戦場で全ての意思疎通をすっ飛ばせるほどの信頼関係です」


「本当になにも知らないのに従うのか……。師団長にあるまじき無能さだな」

「耳が痛いお言葉ですが――それでも1つだけ訂正させてもらいます。私は従うのではなく、信じるのですよ。彼は信じるに値する人柄の持ち主だと以前、これでもかと言うほど理解したもので」


 トップが自ら戦場の最前線に出ていたとしても、流石に全体の戦況を理解しないわけにはいかない。

 地上の状況を把握するために、そういう魔術を発動していた2人のトップ。彼らはほぼ同時にロイの叫びに反応する。


 アリシアはついに微笑んで、死霊術師の顔からは笑みが消えた。

 瞬間、アリシアは弱体化しているとはいえ、残っている全ての魔力を右手に集中させ始める。空間に裂傷が入るのではないかと絶望するほど大気が軋み、古竜の唸り声さえ可愛く思えるほどの重低音が世界に木霊した。


 握りしめた右手の拳の中に光源が目覚める。

 そしてその拳、5つの指の隙間から太陽の光を連想させて、見ただけで涙が出そうなほど熱く輝かしい光が溢れ出した。


 一方で、死霊術師は信じられなかった。

 命令ではなくお願いだろうと関係ない。この女ほどの実力がありながら、他人に準備しろと言われて、全身全霊の魔力を惜しみなく使い切るつもりだなんて。


 死霊術師だって、戦いにおいて徒党を組むことの重要性を理解していないわけではない。むしろ他の誰よりもその重要性を理解しているからこそ、その効率化の一環として死霊術に手を出し始めた側面もある。

 徒党を組むなら、各員の戦闘力は一律であるべき。実力がかけ離れた者同士が組めば、強者が無駄死にすることもありえる。だからこそ理解不能だと、死霊術師が動揺してしまった、その時だった。


「擬似双聖剣! そして……ッッ、妖刀、村正のイメージを!」

「――――――は? ムラ、マサ――?」 


 という言葉が地上から聞こえてきた。


 ここにきて、ロイはついに向こうの知識をこの戦闘でも披露する。

 妖刀、村正。厳密には村正というのは刀の名称ではなく、一般的にそう呼ばれる刀を作った刀匠の名前だ。


 ロイは不登校だったが、物理学ではなく歴史も多少は独学で身に着けていた。

 彼の脳内にある妖刀、村正のイメージとは、魅了の呪いを宿す剣。近場の人が意図しなくても、吸い込まれるように、勝手に手が動いて握ってしまう呪いのイメージに他ならない。


 村正と正宗の違いを象徴する逸話に、両方を川に突き刺すと、上流から流れてくる葉っぱが正宗には一切近寄らず、逆に村正には吸い込まれるように近付いてしまい、そのまま斬られた、というモノがある。

 非科学的な話ではあるが、魔術や本物の聖剣や魔剣が存在する世界に転生した以上、ロイにそれを否定する根拠はもうない。


 そして、ただ単に『近場の人が意図しなくても、勝手に手が動いて握ってしまう呪い』をイメージするのと、実在する日本刀をモデルにするのとでは、ロイのイメージの明確さ、鮮明さが段違いだ。

 ゆえに、ロイのイメージをエクスカリバーが反映するのも、道理というモノである。


 一方、死霊術師は自分の鼓膜がロイの声で震え、自分は魔王軍の幹部だというのに、わずかとはいえども背筋が痺れる。無論、彼にとってロイは有象無象の雑魚にすぎないのに。

 だが恐らく、死霊術のエキスパートであるがゆえに、たとえ討つのが自分より何倍も弱い相手だとしても、己が死滅には敏感なのかもしれない。


 だが、それを自覚するよりも前、わずか0・0001瞬前に死霊術師が思わず、突如自分の右手に顕現した剣の柄を握ってしまうが――、

 ――それこそが、ロイの考えた作戦に他ならない。


「ガアァアアアアアアアアア……ッッ!? ガガガガガ……ッッ、ァ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……ッッッ、ァァ!!!!!」


 死霊術師が魔剣、エクスカリバーを握った刹那、それは強欲に彼が溜めていた魂を喰い散らかす。

 そして想像を絶する激痛に死霊術師は身悶えて、この戦いで初めての絶叫を張り上げた。


(…………ッッ、 なんだこれは!? 淫魔サキュバスが使うような魅了チャームのスキルが宿っている上に、持った者の魂を喰らう魔剣だと!? 王国七星団の全体ならいざ知らず、アリシア師団に魔剣使いがいるなんて、聞いてないぞッッ!!)


 バッ、と、勢いよく死霊術師は魔剣を地上に投げ捨てる。

 身体から魂が剥がれる激痛が奔ったが、激痛が魅了を上回ったのは魔剣を握ってから約3秒が経ってからだ。彼は焦燥に駆られて内心で魂のストックを確認するが、そのたった3秒間で魂のストックの大半を奪われたのを把握する。


 一方で、その光景を地上から見ていたロイは作戦の第1段階の成功を確信する。

 ガクトと戦闘した時、エクスカリバーを一度収納して右手や左手に次々に持ち替える戦術を駆使したことがあったが、つまり今、ロイがしたのはそれの応用だった。


 ロイの左手から、死霊術師の右手にエクスカリバーを持ち替える。

 それも死霊術師の言うように『持った者の魂を喰らう性能』を宿したままだ。


「ありがとうございます! ロイさん!」


 刹那、死霊術師が激痛に襲われている隙に、アリシアは彼の背後に瞬間移動をこなしてみせる。

 流石にこれの千載一遇のチャンスを見逃すような特務十二星座部隊の【金牛】ではない。


 完璧に不意を衝けた。

 完全に背後に回れた。


 右腕を後方に大きく振って、握りしめた右手から奔流する光を、自分でコントロールできる極限のギリギリまで、なんとか意地で収束できる限界まで、ほぼ暴走状態にする。

 続いて、彼女はその大きく振った右腕を前方、死霊術師の方に勢いよく突き出して、それと同時に握りしめた右手をバッ、と、開いた。


「――【絶光七色】アブソルート・レーゲンボーゲンッッ、

     百重奏ヘクテットォォォオオオオオ!!!!!」

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