3章17話 ゴメンね、そして大好きだったよ(2)



 寂しいことに、ロイの戦う姿に勇気付けられたのは、実はほんの数人だったかもしれない。

 だが、その数人が別の十数人に、もう一度、剣を振り魔術を撃つ意志を与えた。そしてその十数人は別に数十人に、勝つのは俺たちだ! という、強い気持ちを与えて、それを繰り返し――今――アリシア師団は厄介の極み、魔王軍の幹部、死霊術師が指揮を執るグールの軍勢に立ち向かう。


 当然――、

 アリシア師団の先頭で剣を振り続けるのは――ッッ、


「ロイ・モルゲンロートを舐めるなァァァッッッ!」


 瞬間、両陣営による残った戦力を全て投入した総力戦が始まる。

 数千のアリシア師団の団員たちが一人ひとり、自分が英雄であることを証明するように突き進み、幾千のグールの軍勢が死霊術師に尊厳を奪われたまま進軍する。


 上空から見下ろしたら、さぞかし圧倒的な光景だろう。

 今までの戦いで生まれた死体の上で、その同胞が殺し合い、さらなる死体の山を、流血の海を生ますのだ。阿鼻叫喚すら生温いその地獄で、七星団の団員たちは必死の想いで命の灯を燃やし続ける。


 その中で、寿命を魔剣に喰われ続けているロイは――、


(グゥ、ッッ、制限時間は残り5分! 考えろ! 考えろ! 考えろ! どうやって戦いを終わらせる? どうやってまだ数千体も残っているグールを倒す? 目の前の地獄を終わらせないと、死んでも死にきれない!)


 ロイは戦いながら考える。そして普通に考えるなら、グールを全員無力化する方法は確かに存在する。

 グールを操っている死霊術師を倒せばいいだけの話だ。


 だが、それは口で言うほど簡単な作戦ではない。

 死霊術師は今もなお上空でアリシアと殺し合っているし、その中に飛び込んでいったとしても、そのすぐ数秒後には、2人の魔術の余波で呆気なく墜落してしまうだろう。


 仮に2人の戦闘の中で30秒か1分ほど滞在できたとして、さらに奇跡的に死霊術師に一撃を浴びせて、奇跡を重ねるようにその一撃が致命傷になり死霊術師を殺したとしても、彼はどうせ、ストックしている魂でよみがえ――……


(待てッッ、魂をストックしている!?)


 その時、ロイがとある作戦を閃く。

 死霊術師は魂をストックしている。当然、闇属性の魔術の一種である死霊術を使って、だ。そして今、自分の左腕はグールに噛まれて、蠢くように闇のチカラが侵食している最中だ。加えて言うならエクスカリバーという聖剣は魔剣に変わり、そこでロイはガクトとの殺し合いを思い出す。


 前述したように、この戦いで死霊術師は魔王軍にはあって王国七星団にはない長所を生かすことにした。戦争で自分たちにはあって相手にはない武器を活用するのは定石だから。

 そしてその長所、武器とは、魔王軍には死霊術が許されているということ。


 死霊術師がそのようなことを考えたことを、ロイは知らないだろうが――、

 ――彼も、それを同じことをしようと決意する。


 アリシア師団にはあって、魔王軍にはない長所とは、即ち、魔剣になったばかりのエクスカリバーに他ならない。これはどこにも出回っていない情報だ。


 そしてこの作戦はエクスカリバーの使い手であるロイにしか思い付かないし、必定として、彼以外に実行できる者はいない。

 自明だ。エクスカリバーが魔剣になるなんて、ロイも含めて全員想像できなかったし、唯一、ロイが想像できたのも、皮肉にもグールに噛まれたおかげだから。


「ハハ……、ボクはどれだけ自分の剣を蔑ろにするんだ……」


 自嘲するようにロイは空を仰ぎながら乾いた笑みを浮かべる。

 その視線の遥か先、青い空と白い雲の間隙では、現在進行形で、アリシアと死霊術師が常軌を逸するほどの殺し合いに身と心を興じていた。


 あぁ、本当に、アリシアさんはすごいなぁ――。

 結局、あの領域まで辿り着けなかったなぁ――。


 と、ロイは心にぽっかり穴が空いたように漠然と思う。

 あまりに隔絶した実力差を目の当たりにして、心がむなしいのに、なぜかロイはそのことに感極まった。


 で、次の瞬間には振り払うように意識、気持ちを切り替えて、グールが群れる前方に走り出す。

 今までの戦闘を振り返ってみると、アリシア師団には上空の殺し合いの流れ魔術が1つも地上に落ちてこなかった。


 これは即ち、アリシアが師団の上空に魔術防壁を展開しているということだ。

 なら、まずは魔術防壁が展開されていない地点まで進む必要がある。


 そして決死の覚悟で、死力を尽くし、夥しい吐血で制服を汚しながら、血涙で視界を濁らせながら、そこまで辿り着くと――、


「制限時間……ッッ、残り、2分ッッ!」


 上空では先刻と同じく2人が戦っている。

 アリシアも死霊術師も瞬間移動を繰り返し、地上から見ると、アリシアは七色に、死霊術師は闇色に、遠い空中で点滅しているようにしか視界に映らなかった。


 だが、それだけでも充分に驚嘆に値する。

 遠くから様子を窺っても魔力が可視化して奔流が観測できるなど、アリシアも、死霊術師も、間違いなくこの世界の上位数%に入っている最強であることの証明なのだ。


 ロイはアリシアに向かって大声で――、


「アリシアさん! 準備してくださアアアアアアアアアい!!!!!」




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