3章16話 ゴメンね、そして大好きだったよ(1)



「制限時間はおおよそ9分!!! 今ここに、ボクの往く道が、最強への過程で途切れたとしても――ッッ! 最強に至れなかったとしても――ッッ! せめて、間違っていなかったことだけは証明する――ッッ!!!!!」


 今にも泣きそうな、けれど全ての葛藤が振り切れたような叫び。

 悲しそうで切なそうな、けれどそれら全てを振り払ったような想い。


 ギラつかせた双眸の深奥に熱い闘志の炎、燃え盛る死ぬ気の輝きを揺らめかせ、ロイ・モルゲンロートは塵芥よりもズタボロの身体で戦場を駆ける。

 彼がしていたのはは一片の迷いもない決意の表情。常世とこよ全ての善をその背中に背負い、聖剣使いにして魔剣使いの少年は――やはり、常世全ての悪を担う魔王軍に討ち挑む。


 もう、なにも怖くない。

 生還できる希望は遠方に消えて、最愛の人たちとの再会は泡沫のように弾け、人生を懸けても最強には至れず、もうすぐで聖剣使いのまま死ねたというのに、聖剣使いから魔剣使いにその身を堕とし、約束は闇に消えた。


 しかしそれでも、女神からいただいた命は確かに彼の中にあったのだ。


「星滅波動オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」


 ロイは群れをなすグールをチカラに任せて、殲滅に次ぐ殲滅を繰り返す。

 蝋燭ろうそくの灯が、消える直前に最後の燃え盛りを魅せるように、ロイは自分の持てるチカラの全てを以って、眼前に広がる幾千のグールの軍勢を、悉く蹴散らし続けた。


 さておき、ロイが魔剣エクスカリバーに流し込んだイメージは合計で3つあった。


 そもそも、エクスカリバーを魔剣化するために流し込んでいる魔剣のイメージ。

 2つ目は魔剣らしく使い手の寿命を喰ってそれをチカラに変換するイメージ。

 最後もやはり魔剣らしく、使い手の意識を残したまま、身体の支配権を奪われ、勝手に自らの身体を使われるイメージだ。


 これを総じて、束ねて、ロイは今、血の匂いがする風を一身に受け戦場に立っていた。


「目には目を! 歯には歯を! 王国に仇なす闇のチカラには、それと同等の闇のチカラを!」


 ロイが宣言した9分という制限時間には、ある程度の根拠がある。

 体感だが、グールに噛まれたせいでロイ自身もグール化するのに、残りの所要時間は10分前後だ。畢竟、それを過ぎてしまうと間違いなく彼自身も魔王軍の一員に成り下がってしまう。


 だからだろう。

 ロイはグール化してしまう前、10分よりも少し前に、エクスカリバーに自分の本来の寿命を全て喰らわせて、身体ではなく心まで闇堕ちする前に尽き果てるつもりなのだ。


「「「「「愚オオオオオオオオオオ……オオオオオ……オオウウウ……ッッ!!!!!」」」」」

「邪魔だッッ! ボクに、道を開けろッッ!」


 光の方向か、闇の方向か。その方向性は違えども、絶対値は同等の星彩波動ならぬ星滅波動の威力は絶大だ。

 しかし、今ロイが撃ったのはそれではない。彼はただの剣圧で暴風を荒れ狂わせて、自分の周辺にいた30は下らないグールを薙ぎ払う。


 消滅とまではいかずとも、竜巻さえ彷彿させる剣技を魅せて、グールたちはその腐敗した四肢と胴体を崩壊させながら埃のように吹き飛ばされた。


 太陽の光が反射して煌きを魅せる純銀のような魔剣の腹。

 閃くように風さえも切り裂く魔剣の切っ先。


 ついに300は超える敵軍の兵士を討ち終えて――しかし、魔剣使いの少年はさらに100体は尋常に斬り伏せるべく、気が遠くなるほど魔剣を振りかざした。

 暴力というには澄み切っていて、戦闘というには清々しい気持ちで行うそれに、ロイという死に際の少年は(信念を執行するための戦い、か。少しでも信念と呼べるモノがボクにも宿ったのなら、嬉しいよね)と、その境地に至れたことを微笑んだ。


 いや――、

 ――本当はロイも今、自分がしていることが、信念というほど固い決意めいた感じでもなく、執行というほど義務感に駆り立てられているモノではないということぐらい、初めからわかっていた。


 それでもロイはまるで、彼の知る由はないが、星面波動を撃ったエルヴィスのように強く、自分の望む未来を創造したシャーリーのように上手く、空間を消滅させて敵を討ったロバートのように凄く、数十分で戦闘を終焉に導いたベティとフィルのように速く、覚醒した無意識の中で、誰の目から見ても信じられないことに、あの特務十二星座部隊と引けを取らないほど、剣を振るい、敵を討つ。


 彼の周囲にいた師団の仲間たちは現実を疑った。ロイが今、手にしているのが魔剣ということは一切関係ない。

 たとえ仮に一時的なモノだったとしても、この少年の凄絶さ、気迫は、ついに特務十二星座部隊にも手を届かせる。


 そんな魂が震えるような勇姿を見せつけられたのだ。

 ならば必定――、


「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッッ!!!!!!!」」」」」


 アリシア師団の団員たちは、騎士も魔術師も、年齢も性別も関係なく、ロイの戦う姿を見て雄叫びを上げた。

 ロイの戦う姿が最前線の騎士たちに勇気を与え、それが後方にも伝播して、アリシア師団に活気が湧く。戻り始める。


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