3章15話 回想、そして覚醒(3)
答えを決めて懊悩を振り払うと、ようやく、ロイは自分勝手な憶測をやめた。
それは当然、ロイの前世での両親も、幼馴染も、その子の両親も、ロイの死亡を悲しんだだろう。だが、彼ら彼女らだって、ロイのことが大切だったから、彼のことを遠くに感じるなんてありえない。
毎日、仏壇に手を合わせてくれて、毎月、墓参りしてくれて、毎年、生前の誕生日にはロイが好物だったカレーを作ってくれているはずなのだ。
(――――ボクは今まで本当に、何様のつもりだったんだ。疎遠なんて表現を使ったら、ボクのことを近くに感じてくれている全員の記憶を……っ、想いを……っ、否定することになるじゃないか! ボクだって、もう少しぐらい、ロイ・モルゲンロートはみんなから好かれている人間なんだって、自分で自分のことを許してもいいはずだ!)
そして、大丈夫だ、と、ロイは声に出さずに心の中で呟いた。
今の自分には、シーリーンたちと紡いできた絆がある、と。。もう、不本意な離別なんて、怖くない。たった今、克服できたから、と。
アリスの父、アリエルと一度目の決闘で負けたあと、ロイはシーリーンに不本意な離別を認められない理由として、『怖いから』という理由と『悲しいから』という理由の2つを吐露した。
そしてレナードとの昇進試験のあと、転生のことを自分からアリスとイヴとマリアに話した時、前向きになれただけで、決して死=離別や疎遠という考えが変わったわけではなかった。
しかし今のロイにとって、もう、死後の不安はなにもない。自分が死んだところで、生き続けるみんなとの絆は絶対に揺るがないと断言できた。
だからこそ――、
(約束をッッ、破るッッ!)
死を覚悟したその時、ロイの指先がピク――と、わずかとはいえ確かに動いた。
皮肉な話だ。
(もどかしいなぁ――、約束を破ることが、ボクにとっては成長の証なんて――)
そしてさらに皮肉を上乗せるなら、別に、ロイがシャーリーとの会話を回想して、その結果、指先が動いたわけではない。ただの戦いすぎで、もはや身体に力を入れることさえできないほど疲弊しただけである。
しかしそんなこと、ロイだってわかっていた。
(あぁ――、願いは叶わず、祈りは届かず、死ぬ瞬間を誰にも看取られず、ボクが今日、ここで死ぬのだとしたも、せめて、ボクの死を悲しんでくれる誰かがいますように――。そしてその誰かが、本当に心の底からボクの死を悲しんでくれるっていう、そんな確信が、他ならぬ、ボクの心の中にあるのなら――)
瞬間――、
あの日――、
エクスカリバーを石から抜いた時――、
勇者になれると
「ボクはまだ――――あと少しだけど戦える!」
――清々しい顔付きで、二度目の人生、最期の戦いに臨む。
そして叫んだ刹那、ロイの右手にエクスカリバーが戻ってきた。
理由は単純で、ガクトとの戦いで使った『聖剣を落としても自動的に戻ってくる性能』を、この大規模戦闘でも最初からエクスカリバーに宿していたからである。
確かに、ロイは指先を動かせたが、聖剣を取りに行けるほど体力は回復していない。
だがロイが動かずとも、勝手に聖剣が彼の手の中に戻ってくるならば、話は別だ。
「ゴメンね、エクスカリバー。ボクはこれから死ぬっていうのに、キミを穢す」
聖剣とはいえども生き物ではない剣に、ロイは懺悔する。
思えば、この聖剣とも長い付き合いになったものだった。
(――――――安心して、マスター。マスターのそれは原理上可能だから――――)
その聖剣、エクスカリバーは使い手に穢すと言われたのに、なぜか、ロイには微笑んでいるように感じた。
仮にエクスカリバーに意思があるのなら、もう、ロイが自分にどんな想像を流し込むかを理解して、受け入れているのだろう。
そう、ロイは昔から考えていたことがある。
具体的には、エクスカリバーの禁断の使い方、を。
(エクスカリバーという聖剣のスキル、それは使い手の剣に対するあらゆるイメージを反映させるというモノだ。だったら――ッッ)
ロイは死に物狂いで一応正常な右腕ではなく、グールに噛まれた左腕を動かす。
条件は整った。そして、グールに噛まれて腐敗が進行している左腕、左手がエクスカリバーの柄に触れた瞬間――、
「――――なら、『魔剣のイメージ』を流し込めば! エクスカリバーは『魔剣』になる!」
――聖剣ではなく魔剣から、ダイヤモンド色の風が奔流し、闇よりも黒い漆黒の輝きが放たれる。
無論、魔剣を使うには闇属性の魔術の適性がないといけない。
あの特務十二星座部隊の序列第1位、王国で唯一、聖剣と魔剣の双剣流のエドワードでさえ、その法則には抗えず、一応、3という数値だが闇属性の魔術の適性を持っているのだ。
だが、ロイに闇属性の魔術の適性はない。
しかし、今、ロイの左腕はグールに噛まれて闇属性の魔力が胎動している。血流に乗り、心臓が動かし、ドクンッ、ドクンッ、と、身体中を跳ねている。
そのことを自覚すると、ロイは仰向けのまま、異郷の地の、どこまでも続くような晴天を眺めながら、呟いた。
「――――チカラがほしい」
魔剣エクスカリバーはダイヤモンド色の風を轟々と放つ。
それに呼応するように、ロイの左腕が疼いた。
「――――魔剣エクスカリバー、もう一度言う。死んでもかまわない。最愛のみんなに、もう、二度と会えないことは重々承知している。それでもボクは……っ、せめて……っ、みんなに対する好きって気持ちを、誰にも否定されないために! ボクを知らない人にも、そうか、この少年は愛する女性たちのために命懸けで戦ったんだ、って、思わせられるぐらい! あぁ、そうだ! この戦いを終わらせられるチカラがほしい…………ッッ!」
魔剣エクスカリバーは漆黒の輝きを瞬かせる。
やはりそれに呼応するように、ロイの左腕の血脈が、ドクン――ッッ、と、跳ねた。
「キミは今、魔剣になっているはずだ。なら、こういう想像だって反映してくるだろう?」
静かに、ゆっくり、目を閉じるロイ。
そして次の瞬間、カッ、と開眼すると――、
「ボクの本来の寿命、戦わず平和に生きた場合の命! そんなモノ、今さらいらない! 全て捧げる! 遠慮はいらない。躊躇いも必要ない。その代わりに――――頼むよ!?」
微かに、しかし力強く――、
わずかに、だけど確かに――、
遠い空から、耳元で囁くように――、
――――頼まれた、と聞こえた気がした。
涙が出そうなほど優しい声。
感動で身体が震えるほど親しげな音。
(――――神経電位、接続完了。彼我の境界、消滅)
瞬間、ロイの身体は跳ね上がる。
体力が戻ったわけではない。未だ、ロイの身体はゴミクズのようにボロボロになっているし、エクスカリバーの魔剣状態を維持するためには仕方がないことだが、左腕に
つまり、ロイがエクスカリバーを使っているのではない。
エクスカリバーがロイの身体を、自分が活躍するために使っているのだ。
「さぁ――ッ、みんなとの約束を破るんだ! どうせなら約束を破った上で、約束を守るよりも上々な戦いとして、歴史に名前を刻もうじゃないか!」
そして、聖剣使いロイの最期の戦いにして――、
――魔剣使いロイの最初の戦いが幕を開けた。
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