3章14話 回想、そして覚醒(2)
今まで積み重ねてきたロイ・モルゲンロートとしての人生。中でも、王都に来てから今まで、必死に戦って、最愛の恋人や、家族や、友達や、メイドと、いつか笑って思い返せるような思い出になるように紡いできたかけがえのない時間。
嗚呼、その全ての底にあったのが、実はそういう思想だったのか、と。その全ての積み重ねをよく考えてみれば、そういう答えに辿り着くのか、と。言われて初めて気付き、ロイは一瞬、なにも考えられなくなった。
「でも――っ」
当然、ロイは反論を試みる。もはや、誰かと戦うよりも必死の形相で、だ。
しかしシャーリーは――、
「察知――貴方様は多分、記憶を覗いたならわかるでしょうけれど、ボクは生きるために戦った! と、反論するでしょう」
「ぐ……っ」
悔しそうにロイは言葉を飲み込んだ。
深く切なそうで、酷く悲しそうで、今にも泣きそうなほど寂しそうな
まるで、親に怒られたわけでもないのに、悔しいことが起きて黙り込んで、誰にも見つからないところでひとりいじけた子どものように。
ロイの本当の年齢がいくつだろうと、恐らく関係ないのだろう。ただ生きるのではなく善く活きる、という彼の軸が今にも崩れてしまいそうなのだから。
「複雑――確かに、貴方様は生きるために戦った。しかし『敵に殺されること』には必死に抵抗して、実際に生き延びたとしても、そのために『自分をウソ偽りなく、普通なら死ぬほど戦わせること』を許してしまったら、本末転倒」
「…………」
「結論――貴方様は自分のことだからこそ、気付けなかった。自分の身体の匂いが、自分ではわからないように。私めも含めて、個人差はあれども、究極的に生き物は全ての判断基準を自分に設定するように。人間としては当然ではなくても、貴方様にとっては当然だから――貴方様は自覚できなかった」
「…………ッ」
「懇願――心から、心の底から、誠心誠意、お願いする。気を付けてほしい……。治すのは、今後、全ての人生を費やしても困難だから……っ、せめて……っ、せめて……っ、自分はそういう状態なんだ、って、知って、気を付けてほしい……ッ」
機械みたいに喋る女性、表情の変化に乏しい女性。
初めてロイがシャーリーと自己紹介し合った時、彼は彼女のことをそのように認識したし、たぶん、実際にその認識はそこまで間違いではないのだろう。
しかし今、シャーリーはロイの目の前で、つらそうに両手を胸の前に添えながら、慈愛で満たした潤んだ瞳で彼のことを見つめている。
最初は抑えていたが、話し続けることで、感情が飽和しそうになったのだろう。
「なんで――、そこまで――」
「馬鹿――貴方様は、本当の本当に、痛々しくて見ていられない……」
「…………」
「ホント馬鹿――特務十二星座部隊の【巨蟹】とか、時を操る魔女とか、敬遠されそうな呼ばれ方をたくさんされているけれど、私めにだって感情はある……。私めは貴方様の過去を知って、ただ単純に心配しているだけ……。私めは上手く笑えないし、友達を作るのも苦手だし、正直、いろいろ誤解されることが多いけど、心配しているってことは伝わってほしい……。その……、誰かを心配するのに、立場なんて関係ない、はず……」
結局、シャーリー感情表現が苦手で、不器用なだけなのだろう。
彼女は本当の本当に、ただ優しいからという理由でロイのことを心配していた。
◇ ◆ ◇ ◆
走馬灯のようにロイの頭の中でシャーリーとの会話がよみがえる。
そしてそれが終わった時には、ロイの中でなにか怒りのようなモノが消化されていた。いつの間にか意地でも立ち上がろうとしていた全身から、力が抜けていた。
(あぁ――、そうだね――。きっと、全部、シャーリーさんの言うとおりだったんだろうね。反論したかったけど、本当は反論の余地なんて、どこにも、うん、どこにもなかったんだ。惜しいなぁ――、悔しいなぁ――。ボクは2回目の人生を与えられたその段階で、人間として壊れていたなんて)
だが、それでも――、
ロイはロイ個人として――、
(――でも、さぁ、たとえボクが壊れていたとしても、自分以外の誰かを好きになる気持ちは、きっと、きっと、本当に尊いモノのはずなんだ。そしてその誰かに、もう一度、いや、何度でも会いたいと思うことは、絶対に、そう、絶対に、間違いなんかじゃないって断言できる)
不本意な離別。
それは以前、ロイがアリスのために花嫁略奪騒動を起こした時、シーリーンに言った言葉だ。
仮にここで、この戦場で自分が死ぬとして、シーリーンやアリス、イヴやマリア、ヴィクトリアやリタやティナ、そしてクリスティーナ、彼女らは果たして、自分のことをいつか忘れてしまうだろうか?
答えは否だ。断じて否だ。
だが、ここまでは以前のロイでも同じ答えを出せた。
なら仮にここで、この戦場で自分が死ぬとして、彼女らは果たして、忘れなかったとしても、自分のことを遠く、遠く、離れた存在として認識してしまうようになるのだろうか? 心まで離れてしまうのだろうか?
それも否だ。断じて否だ。
アリスの時とは違い、本人たちに訊かなくても、今のロイにはそれが断言できた。
前世で親や幼馴染は自分のことを失った。
そして以前、花嫁略奪騒動でシーリーンに慰められた時、忘れられることと、心が遠く離れてしまうこと、つまり疎遠になることは同義ではなく、忘れられることはなくても疎遠になってしまうことはある――と、ロイは彼女に想いを吐き出した。
しかし今――、
――ようやくロイは理想と現実を擦り合わせて成長する。
(みんながボクのことを遠く感じるなんて、そんなこと、あるわけない。アリスの時に、ボクは自信を持ってそれを断言できるようになれたんだ。キチンと前を向き始めて、答えを得たんだ。だから――この戦いはテストにすぎない! ボクが今すべきことは、アリスの時に成長できた自分を、この実戦にもう一度ぶつけることだ!)
心の底から、ロイは今、自分の別荘で自分の帰りを待っていてくれている女の子たちに感謝する。大切なことを、気付かせてくれたから。
たとえ自分が死んでも、彼女たちを遺して逝くとしても、シーリーンも、アリスも、イヴとマリアも、ヴィクトリアとリタとティナも、そしてクリスティーナも――――、
(みんな優しいから! きっとボクが死んでもボクのことを身近に感じてくれる! 忘れることはもちろん、心が遠く離れるということもない! 人が死ぬことなんて大抵不本意なことだけど――この期に及んで悩むのはやめだ! もう、恐れるモノはなにもない!)
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