3章5話 シャーリー、そして現代知識(2)



 エルヴィス師団にぶつけられた敵がグールなのに対して、こちらは普通の魔物の軍勢だった。

 確かにグールもいるにはいるが、全員がそうというわけではない。オークやゴブリン、スライムやリザードマン、果てはヴァンパイアなんて比較的、高位の魔物さえ見受けられる。


 それもそのはずで、エルヴィスのデュランダルの天敵は痛覚が存在しない相手だ。

 これは流石、特務十二星座部隊に所属しているエルヴィスだけあり、星面波動を使いそのまま上手いこと埋葬したようだが、こちら側は少々対策を考えなくてはならなかった。


 シャーリーに限らず、時属性の魔術、特に【世界から観た加速する私、私から観た減速する世界】の弱点は広範囲攻撃だ。

 ゆえに、ここにぶつけられたのはそれを得意とする魔物たちなのだろう。


 シャーリー1人だけならいくらでも対処法は存在するが、今回の戦いは集団対集団だ。

 たとえばスライムが身体の形を変え、硫酸の津波のように広範囲攻撃をしら……。たとえばリザードマンが、それこそロイが経験したように、灼熱の炎で広範囲攻撃をしたら……。即ち時間を弄り、相対的にどれだけ速く動いても回避が間に合わない攻撃に時属性の魔術は弱い。


 自分を加速させ、世界を減速させるどころか、極限まで時を凍らせて世界で自分と、自分が指定した相手しか活動できない魔術である【贋造フェーション・絶対アブゾルート・零度ヌルプンツ世界】ヴェルトを使うなら、いくらシャーリーでも指定できる個人は自分を含めて10人だし、その場合、停止できる時間は大体20秒前後だ。


 だが――。

 と、シャーリーは蟻を踏み潰す子どものように無邪気に微笑む。


「提案――副師団長にいい話がある」


 シャーリーは地上に待機している副師団長にアーティファクトを使って念話をかける。

 一瞬、ノイズ。そしてすぐ、応答があった。


『いい話ですか?』

「前提――現状は私めたちの有利に戦闘は進んでいるが、どうも決定力が不足している」


 言わずもがな、この状態が続けばシャーリー師団は絶対に勝てる。

 だというのに、シャーリーは決定力が不足している、と、口にした。


 とはいえ、確実に勝てる戦争なんてこの世には存在しない。イレギュラーが発生する前にケリを付けたいという判断だろう。

 察して、味方ながら戦慄する副師団長。我が師団の団長はイレギュラーが発生する前に全てを終わらせたいとはいえ、今より一層、一方的な蹂躙を望むのか、と。


『まさか……師団長が最前線に立つと? 恐れ多くもエルヴィス様ではありませんし、彼のようなプロパガンダが目的であっても、万が一のことも考慮して、あまりオススメいたしませんが?』


 だが、副師団長のなかなか肝が据わった男性だった。

 エルヴィスほど威圧的ではないにしても、彼よりも序列が上のシャーリーに対して否定的な進言ができるなど――余程の戦場を踏破して、自分自身に強さと度胸が身に付かなければ不可能に近い。


 限りなく冷たく、極めて静かに、それこそ絶対零度のような声音で副師団長は進言を終える。

 だが、シャーリーはそれすらも見越して――、


「否定――もっといい話」

『――ほう?』


 興味関心を持ったのか、副師団長は含んだような声でシャーリーに続きを促す。

 その声には興味関心の他に、加えて策士参謀のような雰囲気と、冷静沈着で賢しい感じも、物陰からシャーリーを窺うように見え隠れしていた。


「結論――私めの新しい時属性の魔術を使う」

『――新しい時属性の魔術、ですか? しかし師団長、時属性の魔術は確かに非常に難易度が高く、その分だけ強力ですが、直接的な攻撃力は皆無のはずでは?』


 それはこの世界、魔術の歴史の中では常識だった。同時に、それこどシャーリーが序列第4位で、空属性の魔術を得意とするロバートが序列第3位の理由に他ならない。

 魔術の難易度は同等でも攻撃力、より具体的にいうならば戦争において、より敵を殺す性能に富んでいるのが空属性魔術の方なのだ。時属性の魔術がどちらかと言えばサポートに適しているモノの方が多い。


 ゆえに難易度が同等でも、前述のとおりロバートが序列第3位で、シャーリーが序列第4位なのである。

 しかし、それでも――、


「肯定――既存の時属性の魔術、たとえば【世界から見た加速する私、私から見た減速する世界】は加速できるだけで、直接剣を振るうのは腕だし、詠唱を声に出すのは口です。【贋造絶対零度世界】にしても、停止した世界の中で敵になにも干渉しなければ、【贋造絶対零度世界】は敵になんの被害を与えずに終了する」

『なるほど。師団長、あなたは特務十二星座部隊の序列第4位です。なにか我々には及びも付かない考えがあるのですね?』


「無論――この時、この場所で、時属性の魔術が空属性の魔術に破壊力で劣るという常識を覆して見せる」

『左様ですか。では、どうぞお気に召すままに』


 そこでアーティファクトによる念話は終了した。

 そしてシャーリーはアーティファクトを七星団の制服のポケットにしまう。


 次に深く空気を吸い、豊満な胸を張り、最後には身体を丸めるように息を吐く。

 刹那、玩具の剣を初めて振り回す子どものように、シャーリーは楽しそうな笑みを浮かべる。


 思い返すのはロイという聖剣使いの少年だった。

 彼に対して、シャーリーは1つだけ不正を働いた。当然、彼に不利益を与えるような不正ではないが、実のところシャーリーはヒーリングの対価を、ロイから1つではなく2つもらっている。


 1つは彼が寝ている間に手に入れた転生者のソウルコード。

 続いてもう1つの方は――、


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