4章6話 イヴ、そしてアサシン(2)



『…………』

「いや、だって、お兄ちゃんの別荘なんて、わたしたちにとってはともかく、お前にとっては無価値な物だし」


 やたら自信満々で、イヴはそのように主張した。

 そして、それを聞いてアサシンは拍子抜けする。先刻、彼女の表情に臆してしまったが、それも杞憂きゆうか、と。


 ならばこちらが怯える道理はどこにもない。

 内心でそう断じて、その結果、彼はバカにするように反論をしてみせる。


『ハッ、確かにそのとおりだ。しかし、それをしたら別荘が壊れるという事実がなくなるわけではない。人が命を懸けるのには、流石にどうしても理由がいる。そしてその理由がなくなってしまえば、人は簡単に心が折れる。精神論とはいえ、侮ることなかれ。心の強さがあっても勝てるとは限らないが、心の強さがなければ絶対に負けてしまうのが戦いだ』


 実際、あのアリシアさえ上回るイヴの光属性魔術の才能ならば、ここら辺、一帯を破滅の光で満たして、地域ごとアサシンを殺すことは可能だろう。

 しかしもちろん、その場合は間違いなくクリスティーナの結界もろとも、ロイの別荘が壊れてしまう。


 威力調整をすればなんとかなるかもしれないが、他の規模が小さい魔術ならいざ知らず、超高範囲攻撃で1ヶ所だけ穴が開くように殲滅の光を降らすなんて……、

 ……そんな器用で都合がいいこと、流石のイヴでも不可能だった。


 だから、イヴは別の方法を考える。


「だったら、その場合! わたしなら『こう』するよ!」

『なっ――ッッ!』


 言うと、イヴは目を強く瞑って下を向き、自分の真上、頭上に、ありったけの光を放つ【絶光七色】を撃ち上げた。

 その結果、辺り一帯は眩いばかりの輝きに包まれる。


 まるで数秒だけ、たった1人の魔術師のチカラで王国に昼が戻ってきたような明るさだった。

 そして、その時だった。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 音響の魔術を使った念話ではない。

 本物のアサシンの声、耳をつんざく絶叫が積雪の丘に木霊した。


 その耳障りで甲高い悲鳴は、もはや断末魔さえ連想させる。地獄に堕ちて業火に焼かれた魂だって、ここまでヒステリックな泣き声を上げないだろう。

 続いてさらに、イヴから少し離れたところから、ドサ、というなにかが木から落ちる音がした。


 となれば当然、イヴはそちらの方に歩いていく。

 一歩、また一歩、わざとゆっくり、足音が聞こえるように、積雪に足跡を刻むように、イヴが相手の心を折りにいった。


「太陽を望遠鏡で覗いたら失明する。子どもでも知っている常識だけど、ちょっと認識が甘かったね。辺り一帯を破壊する必要はない。お前の心を折るためには、辺り一帯を少し照らして、目を潰すだけで充分なんだよ」


「ふ、ふざけるな! 味方が巻き添えを喰らったら……ッッ!」


「そう、そこが一番大事なポイントなんだよ」


 そうして、イヴは雪の上に倒れているアサシンの横に辿り着く。

 アサシンは両手で両目を抑えて、熱した鉄板の上に置かれた芋虫のように、その身体を捻って、悶えていたが、イヴの気配を察した瞬間、恐怖で痛みさえ消え去った。


 すぐそばからイヴの声が聞こえてくる。

 欠損した部位が腕や脚ならいざ知らず、視力というのが致命的だ。専門知識に乏しい治癒魔術でどうこうできるような負傷ではなく、逃げるにしても戦闘を続けるにしても絶望的。もう、アサシンは生きた心地がしなかった。


「実を言うとね、威力っていうか、光の出力を調整したんだよ? シーリーンさんとアリスさんも今、どこかで戦っているはずだし、仲間が失明したら困るもん」


 待て、と、アサシンは心の中で焦燥を隠せなくなる。

 それではどう考えてもおかしいのだ。


「ならどうして、私は実際に失明している!?」


 それに対して、イヴは深い溜め息を吐く。

 そして、散々煽ってきた相手を憐れむように――、


「だってお前、遠視の魔術使っていたでしょ? そりゃ、まぁ、お前の長所を考えたら、こんな暗闇でも明かりを点けるわけにはいかないんだろうけど」

「ば、馬鹿な! 遠視の魔術を使っているとバレるわけが……ッッ」


「うん、実際にわたしから見ても、お前の魔術の痕跡隠滅はかなり上手にできていたよ。ただ、魔術ばかりを気にして、目に見える現実を疎かにしすぎ。わたしにだって才能だけじゃなくて、思考力ぐらい少しはあるもん」

「まさか……っ」


 遅まきながら、ようやく、アサシンは自分の失態に気付いた。


「知ってのとおり、今は夜で、市街地からはかなり離れている。ガス燈の明かりも特にない。それなのに、お前はわたしがイライラして適当に攻撃しようする演技をした時、別荘のことを持ち出してわたしの攻撃を中断させたよね」


「あの魔力の量を考えたら見ていなかったとしても――……」

「まだ騙されているんだよ……。詠唱零砕のいいところは、相手に詠唱を聞かせる必要がないところだよね? わたしはあの時、あの魔力の量を用意しておいて、実は【絶光七色】じゃなくて【色彩放つ光輝瞬煌の聖硝子】を脳内で組み立てていたんだよ」


「…………は?」

「だからお前は魔力をなにに使うかまで、キチンと魔力感覚で精査していたわけじゃない。魔力感覚は皮膚感覚の1つだし、目から入った情報を優先しちゃったのかな?」


「あ……ぁ……」

。そしてそれはつまり、。ちゃんと考えてそこまで行き着けば、勝ち筋は自然に見えてくるんだよ。逆に魔術を使わなくても問題ないぐらいの距離でわたしを見ていたなら、わたしの方だってお前に気付くしね♪」


「…………」

「まぁ、そんなに闇討ちが好きなら、これからはずっと、暗闇の中で生きていくといいんだよ」


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