4章5話 イヴ、そしてアサシン(1)
「んっ、詠唱零砕」
一方で、いつの間にか姿を消していたイヴとアサシン、彼らは少し離れた場所で想像を絶するような死闘を繰り広げていた。
2人の動きがあまりにも大きく、速すぎて、戦場が移ってしまったのである。
「――
地を這う津波のような深紅の炎が轟々と迫るたびに、イヴは何重にも重ねた極光の最上級魔術防壁を以ってそれを防ぐ。
そして逆に、完全に攻撃を防ぎきった直後、イヴが自身の才能にモノを言わせて破滅的な光で闇夜を照らすたびに、アサシンはなぜか別の地点に出現した。
「――化物だな」
「心外だよ。そもそも人なんて誰しも、化物みたいなところが少しはあるでしょ?」
アサシンが空気に猛毒を混ぜれば、イヴはすぐにそれを察知して一定領域内を浄化する。
イヴが光速の攻撃を放てば、アサシンはいとも簡単にそれを回避した。
また、魔術に頼らない複数のナイフによる
イヴがアサシンの動きを先読みして回り込み、肉眼で視認できる距離で【絶光七色】を撃とうとしても、いつの間にか気配は消えている。
そう思えばアサシンはイヴの背後に瞬間的に出現して、そこから雷速の攻撃、雷属性の魔術を放つも――、
――自動生成された
その攻防が幾度繰り返されたことだろう。
再度、イヴの【絶光七色】が弩々々々々々々ッッ!!! と、7回連続で地面を穿った。
しかしやはり、閃光を撃つ前には確かにそこにアサシンはいたはずなのに、なぜか当たらない。
光は言わずもがな光速だ。どんな生き物でもそれを動体視力で見切って、その上、回避を成功させるなんて絶対に不可能と断言できる。
だとすれば、推測できるのは時属性か空属性の魔術の使用だ。
しかし、その発想に辿り着いた瞬間、イヴは頭を振ってそれを否定する。
(普通に考えて、時間停止か瞬間移動を何回も繰り返せるなら、すでにわたしは死んで、決着は付いているはずだよ……。しかもこんなに連続でそれができるということは、魔術師としての実力はオーバーメイジやカーディナル以上……。つまり時間停止か瞬間移動がトリックである可能性は現実的じゃない……)
となれば――、
「条件付きの認識改変……ッッ! 気配、存在感をでっち上げる魔術ッッ!?」
『ハハハハ、実にアサシンらしい魔術だと思わないか?』
イヴが答えに辿り着いた瞬間、彼女の脳内に直接アサシンの声が響く。
明らかに煽っている哄笑を受けて、イヴは奥歯を強く軋ませた。
「ふざけんな! 鬱陶しいんだよ! 詠唱ッッ!!! 零砕ッッ!!!」
イヴの右手に尋常ではない魔力が集中し始める。その魔力の量は特務十二星座部隊、【金牛】のアリシアと比較しても遜色ないレベルの多さだった。今のイヴはまるで、苛立ちに支配されて冷静な判断ができなくなっているようである。
そしてたとえるなら、暴力で苛立ちを発散させるように、右腕を大きく振って攻撃を撃とうとすると――、
『おっと、本当にそれでいいのか? 360度、全範囲を攻撃で埋め尽くしたら、貴様の大切な兄の帰る場所が壊れてしまうぞ? 自分自身のチカラの強さを、もう理解できているだろう?』
「――――」
『どうした、なにか言ってみろ』
不意に、なぜかイヴが無言になる。先ほどまで怒りに支配されていたようだったのに、敵に指摘されて冷静になるにしても、ありえないレベルの切り替えの早さだった。
しかも、その静寂にはなぜか不気味さを感じざるを得ない。
少しだけ、積雪の闇夜に誰の声も響かないわずかな時間が生まれる。
張り詰めたような空気は冬の夜ということもあってかなり寒い。だというのに、身を焦がすように熾烈な戦闘に興じているのだ。身体は充分に熱くなって、呼吸もかなり荒くなっていた。
寒いし疲れたし口の中が乾燥してとにかく不快だった。
平行線を歩くような拮抗状態の戦いに、イヴは飽きてしまったのかもしれない。
ゆえに、イヴは思う。それはもう、ここで終焉にしよう、と。
彼女は深呼吸して落ち着くと、ついに、その無音状態を破るべく、そして決着を付けるべく、花の蕾のように可憐な桜色の唇を開くのだった。
「――お前、案外女子の演技に騙されやすいね」
『――ハ?』
「個人的にはだいぶ拙い演技だったんだけれど……こうも簡単にボロを出してくれるとは思わなかったよ」
アサシンはこの暗闇の中で、イヴの
彼女の笑みはまるで戦闘狂のそれに酷似していた。
「お前は今、360度、全範囲を攻撃で埋め尽くしたら、貴様の大切な兄の帰る場所が壊れてしまうぞ? って、言ったよね? つまり、それはいかにもそれらしい理由を取り繕ったところで、それをされたら結局、自分が困るってことだよ」
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