4章9話 答え合わせ、そして動き始める戦争へのカウントダウン(5)



 だがしかし――、


「なっ、いない――!?」

「いッッ、つァァァアアアアアアアアアアッッ!!!!!」


 リザードマンが絶叫と殺気を感じたのは背後からだった。

 その時、リザードマンは全てを悟った。そして走馬灯なのか否か、周囲の景色の全てがスローモーションで瞳に映り、逆に思考は冴えて澄み渡り、ありえないぐらい加速する。


(私の炎で私を焼こうとしたのではない! 奪おうとしたのは命ではなく、まずは視界だったというわけか!?)


 リザードマンはロイの足を燃やして、自らの優位性を勘違いしていたのだ。

 ロイ・モルゲンロートという少年はこういう時――、


(着地の反動で死ぬほど痛いけど……我慢するんだ! そうしたらあとは、最後の一撃を放つだけ!)


 ――という脳筋プレイをするということを知らなかったから。

 まさか、本当は相手を油断させるために、わざと両脚に炎を喰らった、なんて、リザードマンからしたら知るよしもないだろう。


「これが最後の攻防だ!」

「この……ッッ、化物が!」


 リザードマンはそう吼えるが、ギリギリとはいえまだ振り向けば背後の剣に対応は可能だ。

 我慢できても痛いものは痛い。ロイは微妙にもたついている。


 これならば逆転も夢ではない。

 身体を半回転させたあと、リザードマンは逡巡した。


 技量は彼の方が上だが、不意を衝かれたのもまた彼の方だ。

 ナイフ程度で聖剣のスペックに勝てるはずがない。


 ならば――、


「――ッ、DAAAAA!!!!!」


 それは火炎放射というよりも、火炎の弾だった。大きさは人間の頭、1つ分ぐらいである。

 それをリザードマンは聖剣を握りしめているロイの両手から両肘に向かって撃ち放つ。


「グァ、ぎ、アアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 これでロイは指先から肘にかけて燃やされて、まともに剣を振るえない。

 予め痛みがくるのを理解していれば我慢のしようもあるが、この反応は想像の埒外のはずだった。


「これで私の勝ちだ!」


 聖剣だろうと剣は剣だ。振れなければ意味がない。即ち、この優位性だけは絶対に揺るがないはずだろう。

 リザードマンがナイフを改めて構えたその時――、


「違……ッッ、う! ボクの勝ちだ!」

「ッッ!? ――まさかッッ!?」


 リザードマンは驚愕によって目を見張る。

 交錯する両者の視線。それは敵として相見えながらも、刹那の剣戟に死力を注いだ相手との今生の別れを理解していても、凛として、互いに互いから逸らされなかった。


 リザードマンが嗤う。

 一方で、ロイはそれを苦悶に歪んだ表情で受け止めた。


 そうだ――。

 私を殺すのがお前なら不足はない――。と、リザードマンは内心で自分の生に満足した。


【 魔 弾 】ヘクセレイ・クーゲル! 二重奏デュオ!」

「――――ガ、ァッッ!」


 放たれた2つの【魔弾】はリザードマンの弱点、種族特有の鱗が存在しない眼球を目指す。

 そして死に物狂いで躱そうとするも、絶叫をあげるリザードマン。少しでもズレれば鱗が自分を守ってくれるが、戦況が戦況だ。意表の衝き合いを制された彼は完璧に照準から逃れることができず、失明して、手からナイフを落として、両手で自らの両目を覆ったのだった。


「悪いですけど、手段を選べるほど余裕はないんです」


   ◇ ◆ ◇ ◆


「すみません……。一撃で殺すことができませんでした」

「――気にするな。そちらも体勢が体勢だった。照準が完璧でなくとも仕方がない」


「…………」

「――やられた、な。流石に失明はヒーリングできそうにない。まぁ、殺すならせめて苦しまないようにお願いしよう」


 と、諦めを言葉にするリザードマン。

 彼は今、地面に仰向けに倒れて、空を見ようとしても失明しているので、最期の最期に、広い空を望むことすら叶わなかった。


 そんな彼を、ロイは敵ながら、少し寂しそうに見下ろしている。

 自分たちは今、戦争をしている。だから敵は殺さないといけない。でもせめて、苦しみが長引かないように倒したかった、と。


「お前」

「はい?」


「最後の攻防で私が振り返ろうとする時、ギリギリとはいえ、わざと私が振り返れる時間を確保しただろう?」

「えぇ、そう、ですね。逆にあなたが振り返っていなければ、負けていたのはボクの方かもしれませんでした」


「――だろうな」


 と、リザードマンは自嘲する。

 勝てる可能性があった戦いに負けたのだ。ゆえにそれは負け惜しみではなく、心からの反省だった。


「ボクがあなたの背後に回ったのは、あくまでも作戦の第1段階でしかなかった。仮に背中からあなたを斬ろうとしても――」

「――あぁ、文字通り、致命的な判断ミスだ。私には、リザードマンとしての鱗があったのに」


「ボクのこの戦いでの最終目標は、あなたの眼球を潰すことだった。理由は単純明快で、眼球にはリザードマンとしての鱗がないからです」

「そのたった一点だけのために、自分の手足を犠牲にして、私を振り返らせたというわけか」


「それにあなたは一度、ボクが2回目の斬撃舞踏を顔面に撃った際、間違いなくガードした。1回目の斬撃舞踏は4つ、全てガードせずに鱗で耐えたのにも関わらず、です」

「――それで、私の弱点が眼球だと確信したのだな」


 笑いを堪えるリザードマン。それでも我慢できなくて、クツクツ、と、口の中で含むように彼は笑った。

 それで、2人の会話は終わり始めた。


「なにか、言い残すことは?」

「他の誰でもない、私を倒したお前に言いたいことがある」


「――――」

「私を倒したことで、お前の情報は少なからず魔王軍の間に広まることだろう」


「脅威と判断されるかどうかは知りませんが……えぇ、少なくとも、あなたを殺した聖剣使いがいる、ってことはバレるでしょうね」

「戦争とはこの世の地獄だ。それを踏まえて言うのならば、お前の往く先には地獄しかないだろう。私は今ここで死ぬが、生き残るお前の方が苦しい思いをすると断言できる」


「それを踏まえた上で、それでも、ボクは生き残りたい」

「ならば――そうだな。七星団の応援なんかしないし、逆にもう、魔王軍に肩入れするつもりもない。ただ、仮に死後の世界があるのならば、どちらが勝つにせよ、そこから世界の平和を願っている」


「世界の、平和、か――」

「忘れないでほしい、お前の敵も平和を求めて戦っているということを。では、以上だ」


 リザードマンが言い終えると、すでに一時的なヒーリングを終わらせたロイは彼の首にエクスカリバーを振り下ろす。

 いくらリザードマンの鱗が強固だったとしても、一切動かない状況で、上から下に、思いっきり振ってしまえば、切断するのは呆気ないほど容易かった。


「――――生まれて初めて、ボクは殺したのか」


 なにを、とは、あえてロイは言わなかった。

 ロイが前世で過ごした日常と、この世界での日常。もう、後者の方が幾分か暮らしている時間が長かった。ゆえにもう、ロイは完璧にこの世界の住人である。


 戦争で誰かが死ぬのは当たり前だ。

 そして魔王軍の一員は、王国にとって排除すべき存在である。


 だから、国のために殺すべきだ。

 もう、ロイの価値観はそのように変わっていた。


「でも、戦わないと奪われるモノがあるんだ。チカラがないと守れない日常があるんだ」


 ロイは呟く。

 決して、言葉にすることによって自分自身に言い聞かせたわけではない。


 所詮はただの独り言だ。

 だが、と、ロイは独り言を続ける。


「ボクは生き残る。生き残りたい。そのために戦うことは、悪いことじゃないはずなんだ」


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