4章10話 再会、そして依頼



 宿に戻ったロイはイヴのヒーリングで全ての火傷を直すと、早々にベッドに入って目を閉じた。

 流石、光属性の魔術の適性がカンストしているだけのことはあり、イヴのヒーリングはすごい。応急処置でしたロイ本人のヒーリングとは格が違った。


 そして、イヴのヒーリングのおかげで安心を得られたからだろう。

 ロイがベッドに入って完璧に意識が闇に落ちるまで1分もかからなかった。


「――あれ、ここは?」


 が、完璧に意識が落ちた瞬間、ロイは不思議な空間にて目を覚ました。

 彼は今、椅子に座っていて、演劇が行われている舞台に立っている主役のように、自分の周りだけが白いスポットライトで照らされている。


 音は何もしない。

 香りも何もしない。


 ただ、強いて言うなら、左右に満天の星々が輝いていた。奥行きは1万kmや1億kmや1兆kmなんて程度の低い距離じゃない。

 きっと、この左右に広がる空間は光の速さでも届かない宇宙の端、事象の地平面イベントホライゾンまで続いているのだろう。


 だがしかし、普通は星が輝いている上を見ても、そこにはなにもない。

 天になにもない代わりに、左右の無限の奥行きを持つ空間に星が瞬いている。


「――お久しぶりです」

「ッッ、あなたは――!?」


 ふと、横から正面に視線を戻す前に、とある女の子に呼びかけられた。

 忘れられるわけがない。忘れたくても、忘れることなんてありえない。


 唐突に現れたのは1人の女の子だった。

 外見から察する年齢は15歳ぐらいだろうか。


『神秘』を意味するパステルなパープルの長髪は現実という感じが一切せず、幻想的で、少年が今まで見てきたどんな色彩よりも美しい。


 パッチリとした二重の瞳はアメジストをはめ込んだような紫眼しがんで、その双眸は少年が先ほどまで住んでいた世界のどの宝石よりも綺麗だった。


 花の蕾のように艶やかで可憐な唇は、女の子らしい桜色。


 健やかに発育した胸に、細くくびれた腰、ぷにっ、と、したやわらかそうなおしりにかけての滑らかな曲線は、まさしく人としての女性の美しさを超えた圧倒的な魅力を秘めている。


 彼女の白くて細い指に自身の胸板をなぞられたら、さぞかしゾクゾクするだろう。

 彼女の艶やかな色香をかもし出す脚は、誇張抜きに一種のアートのようにしか思えない。


 彼女は、世界中の男性の誰もが可愛いと思い、美しいと思い、あざといと思い、いとけないと思い、艶やかだと思い、清楚だと思い、どうしようもなく劣情を駆り立ててきて、処女を奪いたいと思うのに、しかし純潔のまま大切に近くに置いておきたいと思える、世界一女の子らしい女の子だった。


「――神、様」

「はい♪ 15年ほど前にあなたを転生させた神様です」


 神様の女の子は優しく、そして可憐にロイに微笑む。

 シーリーンやアリスに悪いと思いつつも、ロイは神様の女の子の笑みにドキドキしてしまった。


「ついに、魔王軍の一員と交戦したようですね」


 ふと、どこか遠い目をして神様が独り言のように呟く。

 ロイはそれに対して、せめてなにか返事をしようとした。が、急にここに招かれたのだ。彼女の背景にある事情なんて、未だになに1つとしてわかっていない。


 しかし無言を貫くのも気まずく思えた。

 ゆえにロイは少しだけ言葉に詰まってから――、


「それで……急かすようで申し訳ないですが、ボクがここに案内されたわけって――」


 ――と、話を進めることにした。

 すると、神様の女の子は少し疲れたかのように、気だるげに溜め息を吐く。


「普通に考えれば、これから王国と魔王軍の戦争は激化の一途を辿り、あなたもそれに巻き込まれることでしょう」


「やっぱり、王国七星団が第1級警戒態勢を敷いていたのって――」

「魔王軍との大規模戦闘が近づいているからです」


「で、その先行部隊があの温泉街に入り込んでいて、そのうちの1人とボクが戦った?」

「はい、その解釈で問題ありません。それと――」


「それと?」

「予め言っておきますが、私は世界を見渡すことができますが、未来予知はできません。というより、仮に予知したとしてもその内容を変えられてしまうんです」


「――誰かが未来を視たら、未来を視なかった未来がなくなるから。ですか?」

「えぇ、ですから恐縮ですが、戦争はどっちが勝つのか、なんて訊かれても答えられませんので……、そのぉ……ゴメンなさい」


「なっ、なら、未来を予知することができなくても、現段階で決まっている魔王軍の戦略、戦術をボクに教えることは――っ」

「それでもできません」


「――――っ」

「ロイさん、心して聞いてください」


 不意に、神様は真剣みを帯びた声で、ロイに前置きする。

 それをロイは固唾を呑んで聞こうとした。


「王国側が私、つまり神様の存在に気付いていないのとは裏腹に、魔王軍の方はすでに、私の存在に気付いています」

「な――っ」


「それどころか、私に介入する魔術さえ、ある程度は研究を完了させている段階です」

「そ……そんな……」


「今日、私がロイさんを呼べたのは、子どもっぽい言い方ですが、私が頑張ったからです。ですがそう簡単に、何回もロイさんをこの空間に案内できるわけではありません。しかも案内できたとして、魔王軍の情報を伝えようにも、対神様用のジャミング魔術で、伝えられることは本当に限られています」

「魔王軍は、もう、そこまで……」


 ロイは深刻そうに呟く。

 神様の女の子も、ロイの呟きに頷いた。


「ロイさん、あなたに、1つ依頼をしたいのです」


「依頼、ですか?」

「魔王軍、いえ、魔王本人に関して言える数少ない情報ですが……」


「――――」

「魔王は神様、つまり意識のオリジナル、原初の量子である私と存在として同格で、彼の最終目標は、自らが2代目の神様になって世界を征服することなんです」


「バカな……そんな子どもじみたこと、本気で実行するヤツがいたのか……。しかも、それが敵軍のトップだなんて……」

「ですから、私からの依頼は、ただ1つ」


「それは、やっぱり――」




「魔王を倒して、セカイを救ってください」




「――――」

「今だから明かしますが、そのために、あなたを転生させたんです。あなたが一番、救世主の条件にあっていたんです」


 ふと、ロイは考える。

 まず、いくらなんでも超展開すぎる。15年ぶりに再会した神様に、魔王を倒してほしいとお願いされるなんて、このような経験、未来永劫、ロイしか経験しないだろう。


 そして、自分を転生させた理由が魔王を倒すため、というのも初耳だ。

 なぜそれを転生の手続きの時に伝えておかなかったのか、理解に苦しむ。なにかしらの制約があるのは察しているが、もう少しやりようはなかったのだろうか、と、ロイは困った。


 だが――、


(――困る、か)


 ――と、ロイは少しだけ口元に笑みを浮かべる。

 そしてロイは自分自身に問いかける。


(人を助けるのに、性別、年齢、種族、宗教は関係あるのか?)


 恋人とか、友達とか、王族とか――果ては神様とか、誰かを助けるのにその誰かの肩書きを気にする必要があるのか?

 答えは――否、だ。


 それに、だ。世界が魔王の手に堕ちたら、具体的にどのようなことが起きるのかはわからないが――神様が直々に救世を依頼するぐらいである。

 確かに魔王の人となりをロイはよく知らないが、戦争を起こすようなヤツが神様になったら、まずロクな結果にはならないだろう。


 そう、一度死んで、現世でも戦争に巻き込まれようとしているロイは理解している。

 現実がどれほど理不尽で絶望的だとしても、それはなにかを諦める理由にはならないのだ、ということを。現実に不満があるなら、誰よりもその現実と向き合わなければならない、ということを。


「わかった、ボクはキミのことを絶対に救ってみせる」


「――――っ」


「困っている誰かを助けるのに、理由なんていらないはずだ」


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