4章11話 作戦会議室、そして魔王軍幹部



 時と場所は移り、魔王軍の王国隣接ライン戦線の作戦会議室――、

 そこには魔王軍の幹部であるとある1人の死霊術師と、その側近が集まっていた。


 脚を組み、ふんぞり返って死霊術師の男はU字型のテーブルの一番奥に腰掛けており、その左右両側に彼の側近たちが座っている。

 幹部だろうと会議に出席するにはやたら尊大な態度だったが――それだけ生き物の生死を掌握することに長けた死霊術師というカテゴリーの影響力は絶大だった。


「まず私の方から報告がございます」

「なんだ?」


「ツァールトクヴェレにて偵察を行っていたエージェント、その1人の生命反応が途絶えました。場所はツァールトクヴェレ6番地、時刻は深夜1時19分です」

「正直に認めよう。七星団の考えが読めないな。1人だけを殺しても他が逃げれば意味がない。魔術で死者の脳を弄ろうとしても、記憶を防護されているのも知っているはずだ」


「少将閣下、恐縮ですが、申し遅れました。今回、エージェント、ナンバー16と交戦したのは七星団の団員ではありません」

「では誰だ?」


「――ロイ・モルゲンロートです」


 側近の1人が答えてハッとしたあと、死霊術師は心底愉快そうに嗤い始めた。

 倣うように、側近の数人もクツクツを口に含んだように笑いを堪える。


「彼だってバカではないだろう。常識的に考えて、偵察が1人ではないことに気付いているはずだ。まぁ、少数で行っていることには変わりないが。で、だ。ヤツに他の動きは?」


「特にありません。殺されたナンバー16の担当は『例の少女』の監視で、その際に足が付いたのかと」


「要するに、ロイ・モルゲンロートは他の偵察を倒そうにも、倒してしまったヤツ以外の居場所を知らない感じか」


 まだまだ件の少年も、やはりアマチュアか、と、ほんの少しだけ死霊術師は落胆した。

 しかし、それでもまだ少年だというのに軍人を、1人とはいえ殺しきったのは率直に称賛に値する。


 当然、生きているなら誰であろうと死ぬのは怖い。

 敵を殺さないと自分が死ぬとわかっていても、普通は恐怖で戦おうとしても戦いと呼べるモノにはならないし、勝てることと殺せることは同義ではない。


 だというのに、ロイ・モルゲンロートはキチンと戦闘と呼べるような行いをして、勝利して、敵の息の根を止めたらしい。

 敵なのが惜しいぐらいの素養、見込みがあると言えるだろう。


「さて、そのロイとやらは、どこまで気付いたのだろうな」


「恐らく、我々が七星団の中に密偵を紛れ込ませ、王女すらフェイクに使ったところまでは、流石に気付いておられるかと」


「そうだな、王女を殺そうと思えば我々はいつでも殺せた。事実、密偵が王女に逃亡の手伝いをする際に、魔術を施しているからな。この情報で敵に動揺を与えることができるが、同時に敵にこちらの思惑を読まれるヒントにもなりえる」


 死霊術師が言うと、肯定するように側近たちは静かに、各々頷く。

 それを眺めて気分を良くした死霊術師は、さらに会議を続けた。


「魔王陛下からの命令だ。、早急にソウルコードの改竄かいざん者を殺害するのだ。そのためにはいくら戦力を投入してもかまわないというお達しまできている」


 背もたれにどっぷり座り、腕かけで両腕を休ませながら、死霊術師はソウルコードとやらについて思いを馳せた。


 ソウルコード。

 この世界では魂――というより生き物の意識がある程度、魔術方面から解析されている。


 たとえば、DNAは遺伝情報を記録している物質で、遺伝子とはDNA上のタンパク質の作り方を記録している場所で、そして生物にとって必要不可欠なワンセットの遺伝情報のことをゲノムと、ロイの前世ではそう呼ばれていた。

 ソウルコードとは魂、意識のゲノムだった。


 つまり死霊術師が言いたいことは――、


 ――ソウルコードを意図的に誰かに改竄されて、魔術適性を底上げされている者が王国にはいる、ということ。

 ――そして、そいつを王女よりも早急に殺さねばならない、ということだ。


「どうする? 第1の作戦は失敗に終わってしまったが……」

「王女をわざと逃亡させて、作為的な情報操作によりソウルコードの改竄者一行を反逆者に仕立て上げる。直接殺した方が手っ取り早かったが……こちらの存在に気付かれてはいけないという判断が裏目に出たからな」


「ですが七星団の内部にすでに潜り込んでいる密偵に関しては、あの御方も含めてもともと王国に強い恨みを持っていた王国民です。少なくとも今回の件で我々の存在が露見することはないでしょう……」

「逆だ。それだけに、偵察の1人が殺された、つまり、戦闘の痕跡を残したのはマズイ。七星団内部のスパイ探しが今よりもさらに激化する」


「星占術を使い、我々が王国内部でも比較的行動しやすい国境付近まで無事にターゲットを誘い出せたわけだからな」

「あぁ、その行動しやすさを無為にするような失策は二度としてはいけない」


 側近たちの言葉を聞いて。少しだけ死霊術師は黙考する。

 そして数秒後――、


「当たり前だが、我々の目的に変更はない。予定どおり、ソウルコードの改竄者を殺すだけだ」


「「「「「――――」」」」」


「だが、ロイ・モルゲンロートとの戦闘行為は原則として禁止だ。これは返り討ちに遭うかもしれないからではない。彼にソウルコードの改竄者の守護者としての役割を果たさせないためだ。守護者として絶対に覚醒する、なんて断言はできないが……かといって覚醒するわけがない、と言い切ることもできない。不用意に藪を突くな。ヘビが出る恐れがある」


「「「「「――了解」」」」」


 ロイがこの会議を聞いたら驚くだろう。

 自分がソウルコードの改竄者の守護者なんて、大それた呼び方をされているのだから。


「次の作戦は最初の作戦の失敗を魔王陛下に報告してから考案する。報告と連絡と相談を怠っては、魔王軍幹部の名折れだ」


「「「「「――――」」」」」


「だとしても依然、目的が変わらない以上、標的にも変わりはない。


 標的はソウルコードの改竄者。


 即ち、イヴ・モルゲンロートだ」


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