4章12話 円卓の間、そしてロイヤルガード



 四方を囲む穢れ1つない純白の壁。

 だだっ広い空間に埋め尽くされた床の大理石。


 そこにあったのは円卓だった。

 場所は数日前にロイたちがヴィクトリアに勧められて泊まった七星団の要塞の円卓の間である。


 そして、それの周りには12脚の椅子が円卓を囲むように用意されていた。

 座っているのは6人の男と、同じく6人の女。その中には特務十二星座部隊の序列第2位、【金牛きんぎゅう】のアリシアと、第5位、【獅子】のエルヴィス、そして第9位、【人馬】のフィルの姿もあった。


 そう――、

 ――今から行われるのは特務十二星座部隊、その全員による円卓会議に他ならない。


「それでは、特務十二星座部隊の会議を始めたいと思います」


 と、アリシアが切り出した。


「もうすでに皆さまご存知かとは思いますが、魔王軍の戦線が徐々にこちらへ迫っております。当然、このまま向こうが進軍をやめなければ、大規模戦闘になるのは明白でしょう。敵の詳細な目的は依然、不明のままですが――だとしても、迎撃しないわけにはいきません」


 自明だ。

 そう言わんばかりに他の11人は各々頷く。


「まぁ、セッシーたちって結局、メチャクチャ強いから特別な階級に就いているだけで、別に参謀ってわけじゃないからね♪ 会議って言っても、どーせ上からの選択肢を見せられて、誰がどこで勝利を収めるのかを決めるだけでしょ?」


 かなり見た目が若い女性――否――女の子はキャピキャピした感じで笑って言う。

 シーリーンやアリスたちと似たような若さの外見だが、それについてなら、特筆すべきことが他にもあった。


 桜色、パステルイエロー、ライトグリーン、水色、そしてベージュ。

 ゆるゆるフワフワのロングヘアは世にも珍しい5色のグラデーションに彩られていた。


 そして枢機卿にはカズラという正装があるのだが――とても非常識なことに、それをフリル満載の甘ロリファッションに改造して身にまとっている。

 低い身長と、それに反してかなり豊満に膨らんでいて、服の生地を内側から押し上げている胸。聞いただけで耳が蕩けそうになるぐらい甘い声と、おっとりしていて今にも眠ってしまいそうな大きな目。自分のルックスを理解した上でこういうあざとい服を着ているのだろう。


「いやいや、セシリアよ。それにしたって上からの作戦概要を聞かないことには始まらないぞ? お前はいつになったら落ち着きというモノを覚えるのじゃ?」

「ニコラスのジジィの言うとおりだ。いい年してぶりっ子している痛々しい勘違い女なんか無視しておけ」


 アリシアから見て4つ左の席、そこに座るセシリアという美少女。

 彼女に対してアリシアから見て3つ右の席に座る好々爺こうこうや、ニコラスが盛大に溜息を吐いて、1つ左の席に座る竜人は舌打ちさえ隠さなかった。


「セシリア殿、親しき中にも礼儀ありという言葉をご存知ですか? 会議中は静粛にしていただきたいのであります」

「あなたがそうだとぉ、同じ枢機卿のわたぁしまで変な目で見られるので控えてください」


 アリシアのちょうど正面に座るポニーテールの女性、彼女は腕も脚も組み、目を瞑りながら静かにセシリアのことを𠮟責する。

 そしてアリシアの2つ右隣、ニコラスの1つ左の席に座る女性がドン引きしたような目をセシリアの向けた。

 

「セシリアに付き合っていたらいつまで経っても進まない。アリシア、続きを頼む」

「うぅ~、セッシーの愚痴よりみんなの罵倒の方が長かったのにぃ……」


 アリシアのちょうど正面に座るポニーテールの女性、彼女の1つ左隣に座っていたフィルが促す。

 そう言われ、アリシアも流石に改めて会議を始めようと頷いた。


「では改めて会議を始めますが――マニュアルどおり、我々、特務十二星座部隊の一員には、戦闘の際にそれなりの数の騎士、及び魔術師を与えられます。基本的に我々はその部隊のトップを務める手はずとなっておりますが、厳密には指揮官ではありません。


 我々はたった1人で戦略級の実力を持つ最強の戦闘集団。空間を跳んで、時間を超えて、核反応を掌握したり自らが光になったりするような化物揃いです。自らが主戦力となり、予め自分を最大限に活かせる陣形について話し合うために、前日までは作戦考案に干渉できます。


 まぁ、最大戦力を温存して戦線が後退します、なんて間抜けは許されません。みな一様に最前線で戦って、当日の現場監督は信頼できる側近にでも任せてください。どうせ私たちは殺しても死なないような化物ですし」


 そこにいた全員が沈黙を守った。

 異論はない、ということだろう。


「ただし、これもいつもの確認ですが、1人だけ例外がいます」


 と、アリシアが続けようとした、その時だった。


 アリシアの右隣に座っていた男が、不意に、口を開こうとして、ゆっくりと挙手した。

 それを他の11人は察して、ひたすら静かにその男に視線を向ける。


 その男は――まるで聖画に出てくる天使のようだった。


 その男は――20代後半ぐらいの見た目なのに、どこかが若々しい少年のようだった。


 その男は――だというのに大人、紳士のように落ち着きを払っていて、しかしやはり、年月を超越した瑞々しい生命力のようなモノがあった。


 柔和な微笑みを絶えずその端正な顔に浮かべて、目元からは優しい感じが伝わってくる。


 右目は茜色で、左目は空色。

 世にも珍しい金色と銀色が混じったようなサラサラの髪。


 長身痩躯ちょうしんそうくで、しかし必要なところに必要な分だけ筋肉が付いている。

 痩躯と言っても筋肉がないというよりは、無駄な脂肪がないという意味合いが強かった。


 そう、彼こそは――、


 聖剣、ミスティルテインに加えて、魔剣、ダーインスレイヴにも選ばれた、聖剣使いにして魔剣使いの二刀流。


 魔術においても時属性魔術と空属性魔術の適性が9という天才。


 挙句、生まれながらにして魔術無効化体質というゴスペルを授かった、通称、神の子。


 その男は――、




「申し訳ございませんが、いつものように、僕は戦いには参加いたしません」




 ――特務十二星座部隊の序列第1位、【白羊】のロイヤルガード。


 ――エドワード・キルヒェアイゼン。


「相変わらずの忠誠だな、エド」


 と、今まで静かに会議に参加していたエルヴィスが、笑いながら突っ込んだ。

 すると、エドワードは照れくさそうに頬を人差し指で掻きながら彼に応える。


「ハハハ……褒めてもなにも出ませんよ?」

「いや、褒めているというより、マイペースだなと思っただけだ」


「えっ、そうなんですか? てっきり、褒めているものだと――」

「やっぱり、お前はどこかズレているなぁ」


 許される程度、脱線が著しくないレベルで、会議の最中に会話に花を咲かせる2人。

 するとフィルが、エドワードに先ほどの発言について訊こうとする。


「やはり、エドワードは参戦しないのか?」

「ええ、僕は国王陛下を守りたくてロイヤルガードになったわけですから、基本的に戦時中は陛下の護衛を担当しますよ」


 と、落ち着きを払った感じでエドワードは答える。

 一応、エドワードの言っていることに間違いはない。エドワードが戦いの最前線に現れれば、彼1人だけで、相手が雑魚ばかりなら、少なく見積もって1万人は相手にできるだろう。だから彼を最前線に出すメリットは大きい。


 だが、グーテランドは王国なのだから、当然、戦争時には国王に護衛を付けるのが道理というもの。


 エドワードは最強の盾だ。

 彼がいれば、少なくとも七星団の方が『組織のトップを失ったから負け!』という事態が100%回避できるのだから。


 いささか慎重すぎる気もするが、エドワードを常日頃から国王の傍に置く。

 それが特務十二星座部隊の、ひいては七星団全体の方針であった。


「さて、話を戻します」


 と、アリシアが仕切り直す。


「王国最強の集団、特務十二星座部隊といっても、我々の役割は戦闘です。パンはパン屋ということわざもありますし、作戦の補足なり変更なりについては、参謀司令本部が考案して、決定し次第、その都度、各員に通達します」


「――異議なし」


 と、フィルが他の隊員の意見を代弁する。


「ところで、エルヴィス」


 しかし次の瞬間、またもやエドワードが会議を少しだけ遮った。


「なんだ?」

「これはたぶん、訊いてもみんなに許されると思うんだけどね? ずっと気になっていたんだけど、君の後ろにいる彼は――?」


 そう、会議が始まる時、エルヴィスと一緒に入室してきた青年。

 会議が始まっても、ずっとエルヴィスに付き従うように斜め後ろに立っていた青年。


 彼は――、


「やっぱよォ、俺がここにいちゃマズイんじゃないですか?」


「そんなことない。今のところ、オレの唯一の弟子なんだからな」


「今のところ、ねェ」


 エルヴィスは少年を煽るように笑ってみせた、

 翻って、流石にその青年がかなり居心地が悪そうだった。


「彼の名前はレナード・ローゼンヴェーク。


 オレに弟子入りしたいと申し込んできて、現時点でオレの試験をクリアした唯一の男だ。


 オレはこいつを次の戦場で、オレの背中の一番近くに立たせるつもりだからな。


 ある意味側近とも呼べる存在だから、会議の内容を予め聞いておいてほしかっただけだ」


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