4章7話 答え合わせ、そして動き始める戦争へのカウントダウン(3)



「「Ich凱旋 bete目指し um我は Kraft in果てなく den Armen渇望する, Geschwindigkeit腕には強さ in den Beinen und脚には Stolz darauf速さを, den Feind意志には im Willen zuを討ち往く besiegen気高さを! 」」


 今ここにうたまれて殺し合いが再開する。

 ロイも名も知れぬリザードマンも、本気で殺し合うなら肉体強化の魔術は必須だった。


【 強さを求める願い人 】クラフトズィーガー五重奏クインテットッッ!!!」

「悪いが、こちらは七重奏セプテットで往かせてもらう!!!」


 まず、ロイが重点的に肉体強化を施したのは両脚だった。

 彼は魔術によって本来の人間の限界を超越した脚力を得た刹那、まるで大砲から砲弾が撃たれた時のように、ゴッッ!!! と、地面を蹴って放射状の罅割ひびわれを起こし、己が敵に突っ込んだ。


 その突撃を見て、リザードマンはわずかに目を剥いた。この少年、想像以上に戦いに慣れている、と。

 すでに彼は自らのナイフの技量を披露したし、種族スキルを用いて口から炎も吐いた。人を殺すには充分すぎる攻撃方法である。


(死ぬのが怖くても、やはりそれを超える信念がある、ということか)


 そして激突するロイの聖剣とリザードマンのナイフ。

 ロイは(ナイフで受け流そうとするなら、それを上回る腕力と大剣で押し潰す!)と言わんばかりに真上から一直線に振り下ろし、リザードマンはそれをナイフで真正面から受け止める。


 流石にこれを受け流すことは不可能だが――百も承知で受け止めたのだ。

 激突してから持たなくなるまでのわずかな隙に、リザードマンは種族特有の尻尾をロイの脇腹に叩き込んだ。


(クッ……種族を活かした戦い方か!?)


 ロイの体幹が揺らいだ瞬間、リザードマンの方もナイフを改めて握り直して、彼の首筋に狙いを澄ます。

 それを紙一重で躱すロイ。完璧に体勢が崩れなかったのは不幸中の幸いだが――しかし、ギリギリで躱し損ねて首筋に一筋の流血が伝い始める。


 あと少しズレでいたら頸動脈を斬られて致命傷だっただろう。

 しかし、ロイだって負けるわけにはいかなかった。


「斬撃舞踏!」


 ロイが技の名を叫ぶと、リザードマンの首と、胸部と、左脚の大腿だいたい動脈と、ナイフを持つ右手に、全く同時に4つの斬撃が襲いかかった。

 ロイはすでに見抜いている。リザードマンはナイフ使いとしては強敵だが、魔術師としてはアリスとマリアよりも少し上程度だ。聖剣のスキルを使えば渡り合えないこともない。


(このタイミングで4ヶ所全てにピンポイントで防壁を展開することは不可能だ! 必ずどこかを犠牲する!)


 が――、


「――――ッゥ!?」


 確かに、斬撃舞踏によって分裂した4つの刀身は全て、リザードマンの身体に撃ち込まれた。その上、ロイの予想通り彼は魔術防壁を展開していない。

 しかしその上で、手応えはなかった。


「思った以上に私の鱗が硬かったようだな」


 指摘されると同時に、ロイは背中に悪寒がはしる。

 攻撃が無効化されて、今の自分はいわゆる残心を疎かにしてしまった状態だ。


 要するに、完璧に油断していた。

 そしてたとえ一瞬の100分の1しかなかったわずかな隙でも、敵は狙いを澄ましたように攻撃を仕掛けてくる。


 つまりは、炎の息がロイを襲った。


「なに……っ!?」


 まるで地獄の業火のごとき灼熱の嵐だった。

 まともに受けたら肉体だけではなく骨の髄まで灼き尽くされるのではなかろうか? それほどまでの恐怖と戦慄を強制的に押し付けるような、暴力的にして絶対的な熱量である。


「ガアア……ァァァァァアアアアアアアアアア……ッッ!」


 肉体強化の魔術を全身にみなぎらせて、ロイは強引に真上に跳躍した。

 しかしその際、リザードマンの炎の息から逃れることを失敗した両足がわずかに焼かれる。


 あまりの高熱に、焼かれた時間の長短は関係ない。

 ズボンの裾に近い部分はボロ炭になって風に乗り霧散して、靴は完璧に跡形もなくなり、足そのものは重度の火傷を負ってしまう。


 早々に手当てをしなければ、二度と使い物にならない足になってしまうだろう。

 巻き込まれた部位が少ないのがせめてもの救いだった。


 しかし――、


(これも作戦のうち……ッッ!)


 と、ロイは犬歯を剥き出しにして好戦的に笑う。

 ロイが言っているのはシーリーンやアリス、そして彼のライバルになったレナードあたりならすぐに察する『あの作戦』だった。


「クッ、ァ、アアアアアアアアアアッッ!!!!!」


 少し離れた後方に、なんとかロイは着地できた。

 が、その瞬間、足の裏から発狂したくなるほどの激痛が全身に奔り、まるで神経が千切れるような感覚に彼は絶叫を抑えきれない、


 せめて理性、判断能力だけは失ってはならない。計算の内だろうと驚異的な激痛に、ロイは奥歯を喰いしばって気を保つ。

 この痛みに発狂しないロイの精神力は、それだけならすでに特務十二星座部隊に匹敵するかもしれないだろう。


(これであいつの足は使い物にならなくなった! ここは攻め時!)

(絶対にあいつはここで攻める! 負傷したのは事実なんだ!)


「DAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」

「詠唱零砕!!! 【 光り瞬く白き円盾 】ヴァイス・リヒト・シルト!!!!!」


 リザードマンは改めて、着地したロイに向かって炎の息を放つ。

 ロイはそれを魔術防壁で受け止めた。


(この炎の息の弱点! それは『息』である以上、息継ぎが必要ということだ!)


 数秒後、確かに息継ぎをするために、リザードマンは炎を止めた。

 それを見逃すロイではない。――否、というよりも、ロイは初めからそれを狙っていたのだ。


「飛翔剣翼!」


 ロイはエクスカリバーを振って3発の斬撃をリザードマンに向かって飛ばす。

 しかし、リザードマンは持ち前の鱗の硬さで飛翔剣翼を真正面から受け止めた。


 攻撃が効かない? 斬撃が敵の肌を斬っていない?

 普通の騎士ならこの事実に絶望するだろうが、ロイは違った。むしろ、やはりこれも作戦どおりと言うべきか。


 そして今と同じような攻防、つまりロイが炎を吐かれて魔術防壁でそれを防ぎ、リザードマンが息継ぎをするというやり取りが2回ほど繰り返された。

 そして不意に、リザードマンは思い至る。


(こいつ、まさかこの状況で――――)


 その間、ロイは足を負傷しているというのもあって、ほとんど動かずに魔術防壁で凌いでいた。

 肌を焦がすような熱が大気にたっぷりと含まれており、ロイの肌は少しずつ焦げながら強い不快感を覚えるぐらいの汗を流している。


(――――誘っているのか、2回目の剣戟を!?)


 対して、リザードマンは考える。

 確かにロイは、自分では動けないから、早くそっちからこっちにこい、と、言外に伝えてきているようだった。


(持久戦にも限度がある。体力勝負で先に根を上げるのは向こうだが――この戦いの勝ち負けとは別に、七星団のヤツがここにきたら、結局私は殺されるだろう!)


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