4章6話 答え合わせ、そして動き始める戦争へのカウントダウン(2)



「しかし解せないな。敵対勢力が自国の領土に入っていると理解したなら、一般人なら七星団に通報すべきだろう?」

「その七星団にスパイが紛れ込んでいるのなら、知ってはいけないことを知ったボクたちを始末するために、居場所を割り出して夜襲を仕掛けるはずでしょう?」


「――――なるほど、な」

「身近に敵がいる。身の安全を守りたいけど、七星団もあてにできない。となれば結局、その存在を察してしまった人が、秘密を胸に秘めたまま、敵を各個撃破するしかないと思うんだよ」


 ここで初めて、ロイは自分が敵と殺し合う旨を口にした。

 そして自らの右手に聖剣、エクスカリバーを顕現させる。


「答え合わせなんて言ったけど――ボクにできるのは魔王軍が近くにいるかもしれないっていうイヴの言葉を正当化するぐらいだ。別にあなたたちの目的を暴けたわけではない」


「簡単に暴かれても困る。こちらもそれ相応のリスクを背負って密入国しているのだ」


「まぁね。ヴィキーを殺すっていう可能性もあるにはあるけど、それは考えづらかった。いくらでも殺す機会はあったはずなのに、なぜかそれをしていないからね」


 リザードマンは静かにロイの話を聞き続ける。

 互いに全力を以って殺し合うのは、まだ早い。そう判断したからだ。


 どうせ殺し合いをするならば、イイ雰囲気で殺し合いを開始したかったのだ。

 そのためにはやはり、語るべきを語らせるべきだろう、と、リザードマンは考える。


「直接理由を訊ねようととも思ったけど、普通は答えてくれない」

「無論だ」

「だから、これだけは答えてほしい」


 刹那、ロイの双眸がギラつく。彼にしては珍しく、本気の殺意を宿している目だった。

 ロイがこの目をしたのはジェレミアとの決闘以来だろう。アリエルとの決闘と、レナードとの試験では、命を懸けていてもこんな暗い目はしていなかった。


「誰かに、迷惑をかけるのか? ボクの恋人や家族や友達にも、怖い思いをさせ続けるのか?」


 ロイはただそれだけを口にした。シンプルな質問だった。

 質問がシンプルなら、答えもシンプルでいいだろう。この問答に余計な言葉は必要ない。そう考えてリザードマンは酷薄に嗤い、返す。


「当然だ、これは戦争だぞ?」 と。

「――――ッッ」


 それで2人の会話は終了して、転じて、殺し合いが始まる。

 リザードマンの答えでロイは衝動的に前に出た。


 舞うように斬撃を繰り出し続ける。

 反撃の隙は与えないと言わんばかりに、首、左腕、脇腹、再び首、そして右肩、右手首の順番でリザードマンの命を執拗に狙い続けた。


 伝説の聖剣を翻し、幾度となくその切っ先を閃かせる。

 ロイの怒りは本物だ。ゆえに一瞬すらも遅く感じるほどの体感速度の中で、彼は今、自ら戦争という地獄にその身を投じようとしているのだろう。


「――フン」


 対してリザードマンは懐から1本だけナイフを取り出した。そしてそれでロイの太刀筋を逸らし続ける。

 派手さは皆無だが、その実、見事と言う他にないレベルの必要最小限の動きしかしていなかった。


 武器の性能とパワーでは確実に劣る。

 だからそれを認めた上で、受け流しているのだ。彼我の実力差を計算して、受け流し続けるのは難しくないという答えさえ得られれば――大剣を振るう相手のスタミナをジワジワ削る戦術もありだった。


 リザードマンのナイフ捌きは、力強くもなければ速くもない。だが、格別に上手いのだ。

 動きには無駄がなく、エクスカリバーに添える部分は的確の一言。ゴリ押しタイプや速攻タイプというよりはテクニックタイプの戦闘員なのだろう。


 だが、リザードマンはナイフの使い方だけが上手いのではない。

 戦闘そのものが上手いのだ。


「――――ッッ、DAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」


 唐突、リザードマンは咆哮を響かせる。

 そして次の瞬間、彼はそのトカゲの口から炎のブレスを吐き出した。


 それはまさに灼熱の権化。

 血のように赤い炎がロイに向かって放たれる。まだ直撃していなのに、彼の皮膚はその熱波だけでジリジリと焦げるようだった。


「チィ……っ!」


 初見の攻撃ではあったが、ロイは真横に跳んで間一髪でかわすことに成功する。

 ここでようやく、殺し合いの最中だが、互いに一度だけ深呼吸することを許された。


「いきなり斬りかかってくるとは、なかなか容赦がないな」

「当たり前だよ。ボクは――本気であなたを殺す」


「できるのか? 殺しなんて初めてだろう?」

「チカラがあるから戦いは起きるけど、チカラがなかったら誰も守れない。まずはあなたを殺さないと、ボクたちの日常は続かないんだ」


「面白い。殺すという言葉を口先だけで使うガキを今まで何人も見てきたが――お前は本当に、必要があれば敵を殺す勇気を持っているのだろう」


「勇気なんて言葉を、そこで使うな……っ!」

「しかし事実だ。むしろ、人殺しの重圧を理解した上でそれを成すのであれば、結局一番必要なのは勇気だと思うがな」


 心底愉快そうに、リザードマンは口元を好戦的に歪ませた。

 翻って、ロイは表情かおに苦渋を浮かばせながら、エクスカリバーの柄を改めて握り直す。


「しかし、わからないこともある。今回、一番身の危険を感じたはずなのはこの国の王女のはずだろう?」


「――――それが、どうした?」

「友達だろうと出会って数日、恋人でもなければ家族でもない。確かにお前はこの国の人間だが、七星団の団員ではないのだ。見て見ぬふりをして、自分は戦争と関係ないと目を瞑れば、私と戦わずとも恋人や家族だけは無事に旅行から帰れたかもしれないぞ?」


「――――なにが言いたい?」

「本気でわからないようだな。命を懸けて私と戦うというには、いささか動機に欠ける気がするのだが? そう訊いているんだ」


 心底、リザードマンは訝しむ。

 だが、それはロイにとって少しだけ地雷だった。ゆえに必然、リザードマンのことを、彼は本気で軽蔑するような視線で睨んで射抜く。


「実際に命懸けになれるか否かは置いておいて、守る対象が家族や恋人ならば、そういう発想になるのにも合点がいく。だが、お前はヴィクトリアという小娘に忠誠を誓ったわけでも、ましてや永遠の愛を囁いたわけでもないのだろう?」


 試すような挑戦的な相貌をリザードマンはロイに向けた。

 表現を変えれば、それは煽っているようにも、あるいは嘲っているようにも、ロイの瞳に映るだろう。


 だから、無意識だった。

 自覚もなく、ロイはエクスカリバーを握る両手にあらん限りの力を込めた。


「それって、関係あるの?」

「――ほう?」


 リザードマンが感心したように言葉を漏らす。

 対してロイは、まるでそれが世界にとって当たり前のこと。そう言わんばかりに自然な感じでリザードマンに自らの価値観を突き付ける。


「家族だろうと、恋人だろうと、王族だろうと、そんなのは関係ない」


「――――」

「性別、年齢、種族、宗教を問わず、困っている人がいたら、手を差し伸べてあげるのが普通でしょう?」


「死ぬのが、怖くないのか?」

「ボクも死ぬのは怖い。っていうか、ボクには特殊な事情があって、死ぬのには人一倍恐怖を抱いている。でも、さ――それは困っている人がいても助けない理由にはならないはずだ」


 ロイは言う。

 あまりにも強い想い、あまりにも固い意志だった。転生という人生観が一変する経験をしたとはいえ、本来ならば人が言うには凄絶という他にない途轍もない覚悟だろう。


 リザードマンは察する。この少年には今の言葉を貫く強さがある、と。

 だからこそ、彼は敵であろうとロイに敬意を覚え、さらに深く嗤ったのかもしれない。


「まるで正義の味方のようだな」


「そうかな?」

「しかし、お前はおかしい。頭がどうかしている」


「心外だね」

「確かに、困っている人がいたら助けてあげるのが普通だろう。敵対関係にあっても、そこを否定するようなことはしない」


「なら、なにがおかしい?」

「何事にも限度がある。まだ訓練を受けたわけでもないし、給料をもらえるわけでもないのに、人助けに命を懸けるのは異常だろう」


「でも、悪いことじゃないはずだ」

「一般的に、人やエルフやリザードマンの心はそこまで強くできていない。そしてこれは――私が敵に送れる最高の賛辞だ」


「――――」

「放置できないと言っているのだ。歴史を紐解けばいくらでもわかるだろう。お前のようなヤツが自国では勇者として、敵国では魔王として、良くも悪くも戦争を激化させる要因になるのだ」


 なにを思い、なにを考え、リザードマンはそのようなことを言ったのか。ロイには皆目、見当が付かなかった。

 しかし、ロイが返事するよりも早く――、


「お喋りは……このへんにしておくべきだな」


 本来なら、殺し合いに言葉を無用。

 リザードマンはそのように弁えていた。ロイも同じだと考える。


 交わすべきは言葉ではなく刃と刃、あるいは魔術と魔術に他ならない。

 それを知っているから、ロイは一瞬だけ黙った。リザードマンの方も、それを当然、と、言外で伝えるように頷いた。


 互いに、理解している。王国に属するルーンナイトと魔王軍の一員が相見あいまみえれば、どちらかが死ぬことぐらい。

 結局、話し合いでの終戦は困難極まりないということぐらい。


「――往くよ」

「――なら、私は迎え撃とう」


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