4章8話 アリスの前で、ついに――(5)



「アリスのために命を懸けて決闘して、それでもまだ友達だァ!? 自分の本当の気持ちにさえ正しく呼べねぇお子様に、俺は負けねぇ!」


 ロイの剣を弾き、次にレナードは斬り返す。

 そこから始まるのは連撃に次ぐ連撃の嵐だった。


「友達! 友情! テメェは本当に、いつまでもそれバッカだな! なのに事あるごとに俺の気持ちが気に喰わねぇ、って……何度同じことを言えば気がすむんだ!? つーか、語彙力がねぇんだよ! 繰り返し、繰り返し……同じこと言われてイライラする!」


 しかし優勢ではあったが、レナードもレナードで体力の限界が近かった。

 連撃の最中に彼が脚をグラつかせた刹那、それを見逃さずにロイはアスカロンを弾いて怒涛の反撃を開始する。


「当たり前じゃないですか!」

「アァ!?」


「先輩が折れるまで! ボクは同じことを世界が終わっても言い続ける!」

「クッ……」


「それに先輩だって! ボクに対する反論はいつも一緒じゃないですか! 二言目には、気に喰わない! アリスが好きだ! ボクは邪魔だって! いい加減……ッッ、こっちだって! そのセリフに飽き飽きしているんだよォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

「ザケけんなァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!! テメェが折れるまで! 俺だって何度でも同じことを言い続ける!」


「ボクに負けられないからですか!?」

「アァ、テメェと同じ気持ちなんだよ! この戦いも、アリスも、どっちも相手に譲りたくねぇんだ! 逆に訊くが、テメェは俺と違うのかよ!?」


「今さらそんな質問……愚問だとは思いませんか!?」

「その愚問を先にしてきたのはテメェだろうがァ!?」


「――――」

「――――」


「ふっ」

「ハッ」


 両者、2人ともわかっていた。

 ロイもレナードも、互いに互いをライバルとして認め合っていて、なのに互いに互いを気に喰わないと思っている。


 実力を認めて、ライバルとして互い切磋琢磨し合うこと。

 そして相手に対して負けたくないと思うこと。


 事実として両立していても、感情的に相手をライバルだと、まだ認めていないところがあったのだろう。

 しかし今、それを一切の不純物なしに完璧に理解、自覚した瞬間、それゆえに2人は笑ってしまった。


 嫌いだけど、やはり先輩はこうでなくちゃ、と。

 いけ好かねぇけど、やっぱロイはこうじゃねぇと、と。


「往きますよ――先輩ッッ!!!」

「往くぞォ――ロイッッ!!!」


 そしてロイが声を張り上げ――、




「これで全てを――――ッッ!」

「――――終わらせるッ!!!」




 ――レナードが応じ、刹那、両者が一斉に鍔迫り合いしていた互いの剣を弾く。


 そして一剣一足の間合い、つまり一歩進めば剣が届き、一歩後退すれば剣を躱せる間合いが成立した、その瞬間だった。

 両者が競い合って前進し、今ある実力の全てを振り絞り、最大威力、最高速度、渾身の一撃で目の前のライバルを打倒しようと決意する。



(ルーンナイト昇進試験? そんなの、もう知ったことじゃない!)

(俺にはよォ、そしてロイにも、試験以上に大切なことがあるんだ!)



(ボクはアリスを守りたい)

(俺はアリスを奪いたい)



(この想いには、ボクの意地が懸かっている)

(この意地には、俺の想いが懸かっている)



(なのに負けたら、情けないよね!)

(なのに負けたら、ダセェよなァ!?)



「ボクは――――」

「俺は――――」




「「こいつだけには――、

  ――絶対に負けられないッッ!!!」」




 そして2人の剣が互いに迫る。


 ロイが放ったのは一瞬四撃の斬撃舞踏。

 だが――レナードはそれを、詠唱零砕した【光り瞬く白き円盾】で防御した。


 星彩波動が使えないことなど、最初からわかっていた。

 この至近距離でそれを撃てば、使い手本人までダメージを負うからだ。


 ロイの攻撃がわかれば、あとは【光り瞬く白き円盾】を展開するだけである。

 斬撃舞踏ならこれでも充分に防御可能で、魔術で全てを防いでしまえば、アスカロンを自由に使える。


 ここにきて、レナードは勝つために考えたのだ。

 その結果、アスカロンが紫電のごとき勢いでエクスカリバーを持つロイの右腕に迫りくる。


 そして――、


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「――――ッ」


 ロイの右腕は切断されて、必然的にエクスカリバーも落としてしまった。

 噴水のように彼の右腕から血が噴出して、両者、その返り血によって赤く染まる。


 これでロイは剣を持てない。

 レナードの勝利は確定――……



(待て! なにかがおかしい!)



 なぜか、ロイはこの状況で笑っている。

 まるで、勝負はまだ、終わっていないと言わんばかりに。


 瞬間、レナードの頭が急激に冷めていく。

 今の一撃でロイに致命傷を与えた。だがなぜ、右腕を切断できて、胴体は斬れなかったのか?


 その答えは、右腕が邪魔で、胴体が斬りづらかったからだ。

 そう、まるで、犠牲を最小限に留めるように――。



(――っ、まさか!?)



 やられた……ッッ、と、レナードは強い焦燥感に蝕まれる。

 自らを犠牲にすることはロイの専売特許に等しい戦術だ。ゆえに、その許容範囲かくごまで考慮しておくべきだったのである。


 聖剣さえ奪えば俺の勝利。

 この刹那、そう確信していたレナードは次の一手、迎撃を用意していない。




「聖剣を、オトリに……!?」

「ですから騎士としては、先輩の勝ちです。ですが――」




 ザッ、と、ロイは片腕を斬られてもなお、さらに歩みを前に進める。

 翻りレナードは防衛本能、無意識だとしても後退あとずさり、それに気付くと――、



 ――――――結末を悟った。



 常識的に考えて、騎士が剣と右腕を捨てるなんてありえない。

 しかしロイの覚悟をあと少し上に見ていれば、実力で上回る自分が勝てた戦いだったのである。


 情けないが、悔いはない。

 素直にそれを認め、レナードは静かに、穏やかな苦笑を浮かべて目を閉じた。




「――男子としては、ボクの勝ちだ」

「あぁ、けど、次は負けねぇ」




 刹那、衝撃。

 ゴズッッ!!! という腹の底にまで響く音を立てて、レナードの鼻っ柱にロイの拳が叩き込まれた。


 大砲にも劣らぬ威力が爆ぜる。

 どれだけ力強く踏ん張ったのだろうか。ただ軸足に全体重を乗せただけでステージの床に放射状の罅割ひびわれが奔り、破砕し、レナードは遥か後方へ吹っ飛ばされる。


 人生で初めて出会えたライバルとも呼べる男。

 殴った彼の飛んでいく様子が、ロイにはやたらスローモーションに感じた。


 1秒後、レナードの身体は地面の落ち――、


 そしてついに――、


 この瞬間――、


「そこまで! レナード・ローゼンヴェークは気絶した! よって! ルーンナイト昇進試験の勝者は、ロイ・モルゲンロート!!!!!」


 エルヴィスの宣言と同時に、ルーンナイト昇進試験は終了した。

 数ある試験の1つのはずなのに見入ってしまった数多の関係者と、そしてなにより、涙を浮かべて微笑むアリスの拍手と大歓声とともに――。


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