4章7話 アリスの前で、ついに――(4)



 自分にないなにかを互いに相手が持っている。

 しかし、だからと言って負けてやる道理など、ロイにもレナードにも微塵もなかった。


 2人は再度、競い合うように聖剣を振り、互いの身体を傷付け合う。

 否、競い合うように、ではなく、事実として両者は競い合っている。


 レナードがロイの攻撃を実力、研鑽けんさんを積んだ技量で丁寧に処理し続けて――、

 ――ロイはレナードの攻撃に臆しないことで、相手より少し早く、少し強く剣を振るって捻じ伏せる。


 まるで2人の斬り合いはまるで舞踏ダンスのようだった。

 死闘の極致と言わんばかりの剣の世界。互いに命以上に大切で譲れないモノを懸けているはずなのに、流血を免れない殺伐とした舞台のはずなのに、それは見る者全てを放心させるほど、洗練されておりとても優雅な斬り合いだった。


 しかし、それは第三者から見た2人の様子だ。

 本人たちは今もなお、心に優雅さの欠片も持ち合わせずに、ただひたすらに獣のごとく争い続ける。


 鬼気迫る表情で、ロイもレナードも死力の限りを尽くして、互いの身体に無数の切り傷を刻んでいく。

 頬、腕、脇腹、手、肩。試験が激化するにつれ、互いの身体に傷は増えいく。ゆえに2人はなおのこと意地を張り、こいつには負けられない、と、主張するように攻め続け、互いに互いを躍起にさせて、強くさせた。


「先輩は!」

「アァ!?」


「なんでアリスのことが好きなんですか!?」

「前にも言っただろうが、ボケ!」


 ロイの聖剣がレナードの首を斬ろうとする。


「ボケは先輩の方です! ボクが今、訊きたいのは! それを通じて先輩にどのような変化があったかです!」

「なんでンなことを今訊く!?」


 しかしレナードはそれを躱して、ロイの死角、斜め下から若干アッパーのように斬撃を叩き込もうとした。


「今以外にいつ訊くんですか!?」

「ハッ、言われてみりゃ、そのとおりだなァ!」


 斜め下からの斬撃をロイは躱そうとする。だが直撃は免れたものの、脇腹の肉が少し抉られた。

 一方で、その痛みを無視したロイが放った斬撃をレナードの方も躱し損ねる。左の肩に深く切り傷ができた。利き腕ではない右肩ではないだけ幸いだろう。


「俺は昔っから不良だった! 初等教育からサボりまくって、いつしか酒まで買い始めて、毎日のように夜遅くまで遊び呆けていた!」


「本当に不良じゃないですか!」

「最初っからそう言ってんだろうがァ! だが! テメェに理解できるか!? 戦争難民の気持ちがよォ!?」


「…………っ!?」

「あまりいいことじゃねぇが、戦争による難民なんて、この国ではありふれている! けどなァ、ありふれているからって我慢できるわけじゃねぇ! もとからクソみてぇな性格はさらにクソに悪化するし、こんな俺でも、親が死んでなにも思わねぇわけじゃなかった!」


「そんな素振り、一度も――っ!」

「ったり前だろ! ここまで話したのはロイ、テメェが初めてだ! 自分語りなんてあんま好きじゃねぇが、ここまでテンション上げてんだ……ッッ! そっちも俺に全てをぶつけてこいやァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 徐々にロイの剣が押されていく。レナードの剣が優位に立ち始める。

 身体の傷はロイの方が多く、もともと実力もレナードの方が上だったのだ。スピードとテクニックはもちろんのこと、最終的にはダメージの蓄積によりパワーでも、ロイはレナードに後れを取り始めた。


「ロイ! 俺はいつか絶対に! キングダムセイバーになってやる!」


「…………ッッ」

「俺とテメェは聖剣使いで事情が特殊だけどよォ、わざわざこの学院で騎士やってんだ! 目指してみてぇじゃねぇか、テッペンを! それで魔王軍との戦争まで終わらせられれば言うことなしだ!」


「なら! なんで前回の昇進試験に遅れたんですか!?」

「試験に行く途中にイジメられていたガキを助けてたからだよ! 文句あっか!?」


「なっ――」

「以前は夜遊び寝坊して遅れたっつたけどよォ、寝坊したのは本当だが、流石にそれでも10分前には間に合う予定だった! けどなァ、俺はその時も、そのガキのためじゃなくて、明日の寝覚めが悪くなりそうな自分のために、その選択をしたんだ! だからそれをいちいち言うことはなかった! なんせ、ひけらかしたらダセェからなァ!」


「そういう性格だから、アリスを――っ」

「そうだよ! 以前も言ったが、俺はアリスに説教されて惚れた! それがどのぐらい嬉しかったか、救われたか、テメェならわかってくれるはずだよなァ!?」


「クッ……」

「前回の試験の時じゃねぇ! アリスに叱られた時、そん時はカツアゲされているヤツがいて、加害者の方をボッコボコにしたよ! そして当然補導された! だがアリスは補導される前に! 暴力はよくないし、誤解されやすそうだけど、根は優しい、って、俺が一番ほしかった言葉をくれたんだ!」


「アリスが、そんなことを……っ」

「だからロイ……っ、テメェには負けられねぇ!」


 ますますレナードの剣が激化する。

 一撃は強く、重く、一振りは速く、さらに技術的で、完璧にレナードの魂が燃え盛っていた。


 確かに、魂に火が点いたところで、実力が底上げするわけがない。


 だが、気迫で相手の心を打ち負かすことはできる。

 そして相手を気迫で臆させることにより、戦いを有利に進めることは充分に可能だった。


 だが、不意にロイは想う。

 レナードの熱量は確かに伝わってきた。で、その上で――譲れるか?


 否! 否ッ! 否ッッ!!! 譲れるものかと、ロイは心の中で絶叫する。レナードにアリスは渡さない。渡したくない。

 たとえレナードのアリスに向ける気持ちの純粋さと真剣さを知った今だとしても、イヤなモノはイヤなのだ。


 ただひたすらシンプルに、気に喰わない。

 その衝動は自己中心的で、論理的ではないかもしれない。


 だが、そんなエゴを己の剣で貫くために、ロイとレナードは戦っているのだ!

 ゆえにロイがレナードに勝利を譲るなんてありえない! アリスだけではなく、それはレナードにとっても無礼に値するのだから!


「――ボクとアリスの間には、決定的なイベントはありません……」


 呟くようにロイは言う。

 だが、しかとレナードの耳には届いていた。


「だが――ボクは先輩が嫌いだ!」

「ハッ、そんな理由で他人の恋路を邪魔するってのか!?」


「夜にも言ったけれど、ボクはそんな高尚な人間になったつもりはない! いつも他人の目を気にして、その結果、たまたま善人らしい行いが多かっただけです! でも――ッッ」

「グゥ……っっ」


 甲高い金属音が鳴り響き、エクスカリバーとアスカロンが鍔迫り合いを開始する。


 この鍔迫り合い、押しているのはギリギリだがレナードの方だった。

 しかしレナードはロイの目を覗き込み、思わず再度、戦慄してしまう。


 ロイは今、圧倒的に不利な状況だった。

 策略と策略をぶつけ合ってロイが劣っているのではなく、本当に純粋な剣の技量で、ロイはレナードに劣っている。


 そして今、疲労の蓄積でそれがより顕著になり始めていた。

 だというのに、ロイの目は、心は、まだ砂粒程度にも諦めていなかったのだ。


「――それを抜きにしても! アリスにあんたみたいなカレシなんて、できてほしくない! 仮に2人が付き合えたとしても、先輩、ボクとアリスが遊ぶたびにブチ切れるでしょう!?」


「当たり前だろうがァ!? つーか、それはこっちのセリフだ! 俺だってアリスにテメェみたいな友達、いてほしくねぇよ! 毎朝毎晩、テメェに寝取られねぇか不安になるっつーの!」


「そういうことを本人の前で言うから振られるんですよ! っっ、それに常々疑問に思っていたんですけど! なんで友情よりも恋って優先されるんですか!? 大切なのは気持ちの呼び方じゃなくて、その中身だろうがァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 裂帛の気合いをロイは叫ぶ。そして、一瞬だがレナードはひるんでしまった。この戦いが始まってから、戦慄することはあっても、怯んだのはこれが初めてである。

 だが、レナードはすぐに気持ちを持ち直して、ロイに反論と反撃をぶちかまそうと剣を振った。


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