4章6話 アリスの前で、ついに――(3)



「変われ! エクスカリバーッッ!」

「――――ッッ!」


 終わることなく撃ち合わされる聖剣と聖剣。

 甲高い金属音が鳴り響くたびに、互いが互いを成長させるような剣戟の最中、不意にロイがそれを叫んだ。


 刹那、エクスカリバーの形が変わる。瞬間的に刀身が小さくなったのだ。

 つい一瞬前までエクスカリバーに撃ち合わせていたアスカロン。突如サイズを変えた対象を斬れるわけもなく、レナードは己がそれを盛大に空振りさせてしまう。


 目を見張るレナード。

 先刻のヒーリングの応用に飽き足らず、ここでも成長の結果を見せ付けてくるか。と、そのように彼は全身だけではなく、魂まで強く戦慄させた。


 そして――、

 ――次の瞬間、エクスカリバーの刀身は元の大きさに戻った。ロイが再度、エクスカリバーに『刀身の形が変わる想像』を流し込んだのである。


 体勢を崩したレナードに対して神速で迫るエクスカリバー。


 だがしかし――、

 ――鈍い金属音を鳴らし、エクスカリバーは止まった。


「なっ……、柄でガード!?」

「ハァ……、今のは危なかったぜ。とはいえ、スキルを使うと思ったか?」


「…………っっ」

「ふぅ――ロイ、スキルはあくまでも敵を倒すための手段にすぎねぇぞ。テメェなら、もっと俺を楽しませられるはずだ!」


 互いに肩で息をするロイとレナード。

 両者はともに、すでに昨日の自分よりも格段に強くなっていた。一回り以上、大きくなっていた。


 だというのに、目の前の男は決して膝を着かず、聖剣を落とさない。


 レナードがロイの成長速度を妬ましく感じるように、ロイもレナードの実力を羨ましいと感じていた。

 なぜならば、ロイには自分が成長している実感が多少とはいえあったのに、成長してもなお、レナードに手が届いていなかったからだ。


「く、そぉ……」


 当然、基本的な実力を戦いの中で急激に高めることは不可能だ。

 ゆえに、ロイは考える。考えて、考え続けて、考え抜き、アタリに辿り着けるまで粘り続ける。


 ベストコンディションなどとうの昔に過ぎ去っており、今はただ、バッドコンデションでも抗い続ける。

 そうして戦いの中でもすぐにできる新しい技を作り上げ、現にこうして今も、刀身の大きさを変えてレナードの不意を衝けたはずだった。


 しかし想像して、それを戦いに組み込み、実際に多少の効果があって、だというにまだ足りない。



「く、ッッ、そォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

「かかってこいやァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」



 体勢を考慮すればまだ自分の方が有利。

 そう考えてロイはアスカロンの柄を思いっきり上に弾き、それと同時に大声を上げる。対して、レナードもそれに負けじと獣の雄叫びのごとき咆哮を響かせた。


「斬撃舞踏!!!」

「チィ……ッッ!!!」


 レナードが体勢を立て直すよりも疾く、ロイは聖剣のスキルで4つの斬撃を一瞬のうちに仕掛ける。

 一方でレナードは先刻と同様に、後方に跳躍してその間合いからの脱出を試みた。


Versammle集え、, Element魔術 der Magie源よ. Zeige形を dich成し und遥か besiege遠くの entfernte敵を Feinde討て!!!」


 しかし、ロイはレナードが後方に回避することを察していた。

 ゆえに予め呼吸を整えて、【 魔 弾 】ヘクセレイ・クーゲルで弾幕を張るためのうたむ。


Gottes其は Segen顕現 erscheintする聖き in diesem光彩、 Moment als神の御加護 heiligesは今、 Licht此処に!!!」


 だがレナードも負けてはいない。

 ロイがああいう男である以上、先刻と同じ攻撃だろうと、そこにはプラスアルファがあると信じていた。


(――……~~――……~~……ッッ!!!)

(……~~……~~――――……ッッ!!!)


 だからこその【 光り瞬く白き円盾 】ヴァイス・リヒト・シルトだ。

 アスカロンで引っ搔き防壁が壊れないように確率を操作して、魔術弾幕から身を守りながら呼吸と体勢を整える。


「早速俺のアドバイスも糧にしたか! 想像通りだぜ!!!」


 そして準備が整うとその瞬間、防壁を迂回する形でロイの間合いに飛び込んだ。

 まさに疾風迅雷と呼ぶべき神速で、それを止めるにはやはり――、


「――詠唱、零砕!!! 【 黒よりシュヴァルツ・アルス・黒いシュヴァルツ・星の力 】ステーンステーク!!!!!」

「ぐァ……ッッ!!!」


 ――彼の周囲の重力を操作する以外ありえない。

 その瞬間、彼は苦悶に顔を歪ませ、呻き声とともに遂にロイの前で膝を着いた。


「これで終わりに……ッッ!!!」

「詠唱追憶!!! 【魔弾】!!!」


 しかしレナードはその窮地でさえ逆手に取った。

 エクスカリバーの最大火力を誇る大技――星彩波動。ロイがその構えを取った刹那、レナードはストックしていた【魔弾】を解放する。


 それは無事にロイの足を掠めて、今度は彼の方がステージの床に膝を着いた。

 拳銃と同じで、レナードがこのような環境でロイの足に当てられたのは、掠り傷だろうと奇跡に等しい。


 そしてその結果――、

 ロイの【黒より黒い星の力】は解除されて――、


「「Ich凱旋 bete目指し um我は Kraft in果てなく den Armen渇望する, Geschwindigkeit腕には強さ in den Beinen und脚には Stolz darauf速さを, den Feind意志には im Willen zuを討ち往く besiegen気高さを!!!!! 」」


 次の詠唱が晴天に響き渡る。


「「【強さを求める願い人】、五重奏クインテット!!!」」


 新たなる強化魔術を自身の肉体に使ったのと同時に、2人は魔術の撃ち合いから聖剣による斬り合いに戦いを移した。

 またもや鳴り響く剣戟の金属音。互いの身体に無数の切り傷を付けながら、ロイもレナードも未だ相手に決定打は与えられていない。



「負けるかァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

「くたばれェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!」



 譲れない意地、裂帛れっぱくの気合い、そして己がライバルに対する敬意と礼節、その全てを剣に込めて、両者は鬼気迫る表情で何回も――否――何十回も斬撃を放ち続ける。

 執念とも呼べる想いを懸けた泥くさくて、しかし血が滾るほど熱い決闘、これを一進一退の攻防と言わずになんと言おうか。


 どちらが勝ってもおかしくない。

 そこに集まった全ての関係者が手に汗を握り、エルヴィスでさえ2人の気迫に息を呑んだ。


 ロイに勝ってほしいアリス。

 そんな彼女でさえ、ロイなら絶対に勝てると断言できないほど、彼我の実力は拮抗している。


 言わずもがな、ここまで激化する戦いなんて、10代のルーンナイト昇進試験では前代未聞だ。

 2人の戦いは確実に、10代の若者の領域を遥か遠くまで超えている。


(羨ましい……っ、心の底から羨ましい!)


 レナードと斬り結びながら、ロイは内心で認める。彼は名実ともに学部最強の騎士だった。

 悔しいが、今の自分に届く道理はない。この遥か高みにいる最強に手を伸ばそうとするのならば、今の成長に対してさらなる成長を重ねるしか他にないだろう。


 極端な話、ロイが今、レナードを相手にまだ戦えているのは、何物にも恐怖しない覚悟を持っているという精神論が性に合っていたからだ。

 勇気こそ戦いでは一番大事、という意見もあるだろうが……しかし揺るぎない事実として、ロイは粘れているだけで実力では劣っている。


(同じ年頃なのに、こうも自分より騎士の高みにいる人がいるのか!? こちらがいくら成長しても実力が届かない! もどかしい! 本当にもどかしい! ボクにないモノを先輩が持っているなんて――オモチャを親にねだる子どものように! ほしくてほしくてどうしようもない!)


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