4章5話 アリスの前で、ついに――(2)



 しかし――レナードはロイの予想通りの攻撃を始めなかった。

 彼はロイの意表を突くために、似た傾向ではあるが別の攻撃に打って出る。


Schießen,撃たれ erklingen,響かせ Einfrieren,凍て付き Schlaf眠れ ! Trink deine水竜の Feinde如く in einem揺蕩って、 Wirbel溢れる wie渦で Lintwurm敵を飲め ! 【流水魔弾】ヴァッサークーゲル!」


 詠唱が終わるのと同時に、指定された結果を目指して世界が辻褄合わせを開始する。

 本来の自然が著しく調和を崩さないように、巨視的に攻撃の材料を集め、その結果、レナードの目の前に巨大な水の塊が現れた。


「オラァッッ!!!!!」


 怒号のような掛け声とともに、レナードは空中で止まっていたそれをアスカロンで斬り飛ばす。

 それと同時に水の塊はロイに対して津波のごとく押し寄せた。


(アスカロンのスキル、大量の水、っっ、マズイ! この水の魔術は攻撃の材料に過ぎない!)


 ヤバいヤバいヤバい、ヤバい! けたたましい警鐘がロイの脳内に鳴り響く。

 もうすでに『回避』しようとしても100%間に合わない。だがしかし無情なことに、回避しなければ一撃でヤられる。そんな絶望にも等しい確信が戦慄という形で、ロイの全身を強く震わせた。


 狙いは一撃必殺、その神髄は圧倒的破壊力にあり。

 仮にロイが防壁を展開したところで、それごと彼を壊せばいいだけの話だった。


「逃げたところでもう遅ェ!」


 レナードが叫んだ瞬間、アスカロンのスキルが時差を超えて発動する。

 常識的、確率的に考えたらありえなかろうが、魔術で集めた水を奇跡的に全て気化させた結果、約1700倍という水と水蒸気の体積の差を利用した殺人的な衝撃――即ち、水蒸気爆発がその戦場に轟いた。


 弩々々ッッ、ゴッ、轟ッッ!!!!! 

 と、レナード本人でさえ身体が飛んでいきそうな爆風が渦巻いて、その衝撃で噴火のように地面が強く揺れ続ける。


 まるで巨人が心臓を穿たれて倒れた時のような轟音。

 そして竜が天高く羽搏はばたくために、翼をはためかせる時のような暴風。


 比喩ではない。

 これはまさに破壊の体現、正真正銘命を奪うための一撃だった。


 轟音を響かせ、暴風を起こし、爆発で周囲の全てを蹂躙し、これを総じて爆撃。

 普通ならば肉が焦げ、四肢がもげ、血が爆ぜて、確信を持って人は死ぬと言える一撃だ。


 だが――、


「まだまだァァアアアアアアア!!!」

「ア、ッッ、ハハハハハッッ!!! やっぱこれぐらいじゃ、テメェがくたばるわけがねぇよなァ!?」


 正面突破してきたロイの咆哮とレナードの歓喜の声が響くと再度、両者の聖剣が激突した。

 紫電のごとくさばき合い、火花を散らして凌ぎ合う。互いに己が実力の全てを以って、連撃に次ぐ連撃を流水のごとく、微塵の無駄もない動きで放ち続けた。


 甲高い金属音が幾度となく響き、目の前を紙一重で敵の剣が通り過ぎる。

 制服にはすでに無数の切れ目が入っており、敵の切っ先が頬を擦過して血が伝う。


 手に汗を握り、呼吸も荒い。

 だがしかし、だからこそ2人は両手に握る聖剣を、さらなる力で握り直した。


「っ! ヒーリングの痕跡がある……まさか!?」

「ボクだって、アリエルさんとの戦いで学習したんですよ!」


 疲れているから腕力が徐々に落ちていくなど、到底認められない。

 疲れていて、パフォーマンスが低下するからこそ、よりその両手に力を込めなくてどうするのかという話である。


「テメェ! 爆発を喰らう前からヒーリングしていたな!? ヒーリングした状態でダメージを喰らい、重傷に至る前に軽傷を治し続けた!」

「正解です! ヒーリングによる回復の速度が爆発による破壊の速度を上回れば、次の細胞が傷付く前に前の細胞のダメージを治せるんですよ!」


 レナードは妬ましかった。悔しかった。

 だが、心からロイのことを凄いと思った。


 やはりロイは他の同年代の騎士とはレベル――否――精神が違う。

 なぜならば、腕力は向こうの方が上だが、速さも、技術も、体力のペース配分も、他は全てレナードが勝っているのだ。総合的な実力ならば、ロイはどう足掻いてもレナードには届かない。


 ゆえにただひたすらに、ロイは物理的な力強さと、そして――、


(こいつ! 戦いの中で成長してやがるッッ! クソ親父と戦ってから、まだ半日も経っていねぇぞ!?)


 ――成長速度という、ロイがレナードに勝る最大にして最強の切り札で渡り合い続けていた。

 すでにそれに気付いていたレナードは歯嚙みしてまで目の前のライバルに悔しがる。


 無論、成長、努力というのは即効性のあるモノではない。

 一朝一夕で腕力が強くなり、体力が増え、脚が速くなり、技量が上がるなど、現実にはありえない。


 だというのに、間違いなく目の前のライバルは成長していた――、

 ――ひたすら愚直に、戦いの中で勝てるまで考え続けるという、ある意味最も泥臭い手段で。


 倒し方がわからなければ、わかるまで粘り続ける。

 上手く攻められなければ、上手くいくまで持久戦に身を投じる。


 子どもでも思い付くが、それができたら誰も苦労しない。そのような心の強靭さを最大限に発揮した非論理的極まりない精神論。

 しかしそれこそがロイという少年の戦いすらも糧にする成長の仕組みだった。


(悔しいなァ……ッ! 悔やんでも悔やみきれねぇぜ……ッッ! 俺にないモノを、ロイの野郎は充分すぎるほど持っている! 折れない心なんていう精神論、少し前の俺なら鼻で笑っていただろうが……恐怖を克服できるってだけで、こうも戦いで食い下がれるのかよ!)


 だが、レナードもロイの成長速度に喰らい付こうと必死だった。

 ロイが戦いの中で成長するのなら、自分も成長すればいい。そう言わんばかりにロイと何度も剣を撃ち合う。


 いや、本人だってわかっていた。レナードはロイの成長速度に遠く、果てなく遠く至らない。

 だが、だからといって諦める選択肢はレナードになかった。届かないからと言って諦めたら、そこに待っているのは敗北しかない。


 勝つためには比べ物にならなくても喰い付く他なく、それに――、

 ――ここでロイに目に物を見せなければ、レナードが満足する道理なんて微塵もなかった。


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