2章10話 役者が揃う場所で、その役者たちは――(3)



「やっぱりボク、先輩にだけは負けたくありませんね」

「奇遇だなァ、俺もだ」


 と、ここでようやく、アリシアが会話に混ざる。


「あらあら、私も一応、試験を運営する側のエルフなんですけどね」

「あれ?」「アァ?」

「? どうかしましたか?」


 アリシアは小首を傾げる。幼女の姿だったので、やけに愛くるしい所作だった。

 しかしそれを気にしないで、ロイとレナードはアリシアに訊く。


「先輩にアリシアさんがエルフってことを教えたんですか?」

「こいつにテメェがエルフってことを教えたのかよ?」


「えぇ、どちらにも、私がエルフということと、アリスの姉であることを明かしました」


 そこでひとまず、ロイはレナードに、自分がアリシアについて知った時の成り行きを話した。

 そしてそれが終わると、今度はレナードの方が、アリシアについて知った時の成り行きを話し始める。


「実は俺、ロイがエルフ・ル・ドーラ侯爵と戦ってボロ負けしたところを覗いていたんだ」


「ええっ!?」


「ンで、そのあと今度は俺がエルフ・ル・ドーラ侯爵に決闘を挑み……まぁ、ギリギリのところまで追い詰めたけど、あと一歩のところで負けちまった」


 レナードはロイに対して虚勢を張った。

 実際、人によってロイの方こそアリエルをより追い詰めた、なんて言うかもしれないのに。


「そしてそのあと、私がレナードさんを回収して、ヒーリングして、ここにロイさんが来ると未来を観測して、戻ってきたんです」


 アリシアが締めくくる。

 つまり、これこそレナードがピンピンした状態でここに立っている理由だった。


 実のところレナードは最後の一撃、【魔術大砲】を直撃して瀕死の重体を負っていたのである。アリシアがいなかったら、ウソでもなんでもなく、本当に死んでいただろう。

 決闘が認められている世界観ということで、ロイも初めて聞いた時は耳を疑った。が、決闘の際、手加減できない場合は相手を殺してもいいというルールが、実は確かに存在しているらしい。


「まぁ、話を戻しますけれど、アリシアさんには言ってしまっても大丈夫でしょう」

「へぇ、やけに断言染みた言い方じゃねぇか」


「アリシアさん本人が言ったんですよ。昇進試験を取り仕切るのは、それ専門の部署で、私は確かに特務十二星座部隊の一員ですが、そこに介入するのは難しい、って」

「なるほどねぇ……。管轄外のことに口出ししないのは当然だから、悪いことだろうと告げ口したりはしませんよ、って、裏を返せばこういうことか」


「流石ロイさん、覚えていたようでなによりです。レナードさんも、かなり頭が回るようで」


 幼女の姿ながら、アリシアは柔和な微笑みを浮かべる。

 そして、さらにそれに加えるならば、特務十二星座部隊の【金牛】としてのアリシアと、アリスの姉としてのプライベートなアリシアは当然違う。今は後者と認識して間違いないだろう。つまり、今のアリシアは協力者ということである。


「さて、アリシア、邪魔しにいくのがいいけどよォ、結婚式が行われる場所がわかんねぇんじゃ、話が始まらねぇぞ?」

「ご心配なく。招待状は私のもとにも届いておりましたので、ここに地図を2枚、複製して用意しています」


 それをポケットから取り出し、アリシアはロイとレナードに手渡した。

 両者はそれを一瞥するが、距離に関して言えば流石に遠いと言わざるを得ない。


 レナードが提案してくれた2人で昇進試験に遅刻するという作戦。

 遅刻は悪いことだが、目的を達成できる可能性があるか否かで言えば、あるだろう。だが、遅刻と言っても限度がある。


「次は移動手段ですね。まさかこの距離を走るわけにはいかない」

「それもご心配には及びません」


 ロイが悩むと不意に、まるで靴を履く際に履き心地をを整える時のように、アリシアは右足の爪先で2回、トントンとステージの床を軽くノックする。

 その瞬間だった。決闘場のステージの床に、2つの魔術陣が描かれたのは。


「――召喚サモン


 一言だけそう口にすると、魔術陣から2体の馬が召喚される。

 だが、それはただの馬ではない。風に純白の毛並みをなびかせる、一対の翼が生えた馬だった。


 ロイは、前世に生きていた頃からこの馬を知っている。


 ペガサス。

 馬なのに空を自由に駈けることができる、高位の幻想的な存在だ。


「「…………ッッ」」


 ブルッ、と、ロイもレナードも思わず身震いしてしまう。

 目の前のこの女はこんなにも簡単にペガサスを、それも2体も召喚した。


 やはりアリシアは別格だ。凄絶だった。

 頭の良さが常人と違うのではなく、頭の構造そのものが常人と違うと言っても、彼女に対しての評価なら信じることができる。むしろ、疑うことができない。それぐらい、アリシアは魔術に関して人間はもちろん、エルフであることさえ辞めていたのだ。


「空間転移で向こうに跳躍させることもできますが、それだと問題があります。1つはアリスを取り戻せたとしても、帰りの道がなくなってしまうこと。そしてなにより、相手はお父様よりも爵位が上の貴族ですからね。魔力反応を感知されれば警邏兵に囲まれて、問答無用で牢屋送りです。今回はペガサスで我慢してください」


「いや、ペガサスで我慢って……」

「つーか根本的な話、アリシアはこねぇのか?」


「申し訳ございません。やはりこの姿をお父様、そしてアリスに見られるわけにはいかないんです。もちろん、お母様にも。一時的には本来の姿に戻れますが、それは……まぁ、察してくださいませ」

「ハッ、わけありみてぇだな」


「代わりと言ってはなんですが、私もこちらで、できる限り試験の進行を遅らせます。あくまでもこれ以上ルールは曲げず、その範囲内のやり方ですませますので、ご安心ください。それに、目的地付近まではこちらで跳ばさせていただきますので」

「わかりました。今回はボクと先輩が助力を求めている立場ですので、余計な詮索はしないことにします」


「ありがとうございます」

(ルールの範囲内で進行を遅らせるって、責めることができねぇぶん、なおさらタチが悪ぃけどなァ……)


 確かに今回、アリスを助けるという観点で見れば、ロイとレナードはアリシアに助力を求めている。

 だが、アリスと助けてほしいという観点で見れば、2人の方こそ、アリシアから助けてあげてと望まれているのだ。


 つまるところ、共通の目的を前にした利害の一致である。


 流石にレナードはそのことに気付いていた。

 が、ロイはお人好しなので、自分が助力を求めている立場で、それに応えてくれるから、アリシアさんはいいエルフ! と、そのように考えているのが手に取るように読め、突っ込むことをやめた。


「さて、先輩、出発はなるべく早い方がいいですよね? 準備はできていますか?」

「ハッ、誰に向かってンなこと訊いてんだよ。テメェの方こそを、準備できてんのか?」

「ふっ、誰に向かってそんなこと訊いているんですか?」


 そして――、

 2人は声を揃えて――、




「「――愚問か」」




 言うと、ロイもレナードもアリシアが召喚したペガサスに飛び乗った。

 そして空間に抜け穴を開通させながら、アリシアはその様子を切なそうな表情で見届ける。


「ロイさん、レナードさん、アリスのことを、よろしくお願いいたします」


「えぇ! 当然です!」


「テメェに言われるまでもねぇ! アリスは俺が惚れた女だからなァ!」


 虚空に浮いた次元のトンネル。

 手綱を握り、ペガサスに純白の翼をはためかせて、ロイとレナードはアリスを追うためにその虚空のトンネルに飛び込んだ。


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