3章1話 空の上で、いがみ合う2人は――



「ロイ! 時間はどうだ!?」

「かなりギリギリです!」


「だから仮眠なんて取んなくてもいい、っつったんだ!」

「眠らないと最大限のパフォーマンスが発揮できませんよ? ペガサスだって休ませないといけないですし。それに、先輩が15分も起きなかったのが悪いんです!」


「アァ!?」

「なんですか!?」


 ロイとレナードは今、ペガサスに乗って空を駆けていた。


 すでに時刻はラピスラズリの月の1日の早朝だ。

 東の空は明け色に染まっていて、朝日は完璧にその姿を見せている。


 地上の森からは爽やかな小鳥のさえずりが聞こえてきた。

 雲一つない晴天で、2人にとってはイヤなことに、結婚式には相応しい天候だった。風はとても清らかで、瑞々しく澄み切っていて、まるで透明のようである。


 だというのに……、

 ……空に常に、ロイとレナードのケンカ声が響き続けた。


「ケッ、まぁ、不幸中の幸いは、アリスの結婚式が午前中に行われて、ルーンナイト昇進試験が午後の1時からってことだな」


「何分ぐらい遅れますかね?」

「2時から3時の間に帰ってこられれば上々だろ」


「えっ、そんなに待ってくれますか!?」

「これだから勉強ができるだけのバカは困る……。まず、遅刻が片方だけじゃなくて両方なんだぞ? これだけで、試験の運営側はおかしいと思うはずだ。それに加えて、どっちも家や寄宿舎の自室にいない。そして連絡も付かない。なら、運営はなにかしらの事件性を見出すはずだ」


「えっと……それで?」

「まぁ、俺とテメェはまだ学院の生徒だが、それでも聖剣使いだからなァ。そんなヤツが2人もいなくなるんだ。多少は慌てふためいて、スケジュールが後ろ倒しになることを願っているよ」


 しかし、だとしても本当にギリギリだった。

 そもそもレナード曰く、午後3時までに帰られれば上々らしいが、アリスを奪還するにあたって、何分、もしかしたら何時間、時間的に身を拘束されるのかわからない。


「うぅ……、ボクのせいで試験の運営さんに迷惑が……」

「なにを今さら。とっくに覚悟はできてたんじゃねぇのか?」


「ここまできたんです! どうせ迷惑をかけるなら、限界ギリギリまで迷惑をかけますよ! それぐらいの覚悟はできています! ただ、全てが終わったあとにする謝罪のせいで胃が痛いんです!」

「ンなことは全てが終わってから考えろ!」


「あっ! 先輩は迷惑をかけても謝罪しない気ですね!?」

「証拠あんのかァ!? 証拠!」


 まずはアリシアに空間転移をさせられて、さらにそこから数時間。

 長距離の移動だし、空中を走っているわけだから景色も基本的に変わらないし、仮眠を取ったとはいえ寝不足には変わりない。食事だけはキチンと摂ったが味は中の下どころか下の中ぐらいで、レナードは微妙に苛立っていた。


 だがロイは口論になっているものの、実際のところ、彼に対して過度な心配はしていない。

 むしろ、表面上はこういう態度をしているが、自己管理能力は自分よりも遥かに高いだろうと評価していた。


「あっ、あの山!」

「あれが見えったってーことは、もうユーバシャール公爵の領地の中か」


「ユーバシャール公爵……ッ、アリスの婚約者……!!」

「気に喰わねぇ。ロイは意地を張りたくなるような気に喰わなさだが、こっちは反吐が出るような気に喰わなさだ。いい年したオッサンが10代の恋路に首突っ込みやがって……」


「とはいえ相手は公爵、勝手に入って大丈夫ですかね? 領地に」

「領地っつっても、自分の屋敷の庭ってわけじゃねぇ。強いてたとえるなら、貴族が村長で、領地が村の領域だ。入る分には問題ねぇよ。まっ、面積も権力も比べ物になんねぇけどなァ」


 そこで、ますます加速するために、レナードはペガサスの身体を叩いた。

 ロイも置いていかれないようにそれに倣う。


「ロイ、目的地に辿り着くまでに、1つ、言っておくことがある」


「? なんですか?」

「アリシアから説明されたことだが、同じ貴族でも、エルフ・ル・ドーラ侯爵とユーバシャール公爵では、前者の方が爵位は低い」


「それはボクも知っています。だから、アリスにしろ、アリスのお父さんにしろ、相手に強く出ることができない、と」

「なら話は早ぇな。アリシアから聞いたが結論から言っちまうと、あのクソ親父がアリスを送り出そうとしたのは、相手方の意向だそうだ」


「ん? 待ってください! 確かアリスは結構前々から、政略結婚のことを言われていて――」

「あぁ、だから、政略結婚そのものはクソ親父の意向らしくて、相手を選んでいる時に、ユーバシャール公爵が大層アリスのことを気に入ったそうだ」


「ロリコンですか!?」

「いや、それは今関係ねぇだろ!? で、だ。アリシア曰く、ユーバシャール公爵は偉いってだけで強くはないらしい。なんとかして決闘に持ち込めば、俺たちでも勝てるだろうな」


「ってことはやはり――」

「俺たちの最大の障害は結局、クソ親父――エルフ・ル・ドーラ侯爵ってわけだ」


「今の会話はそれの確認ですか?」

「いや、違う」


「えっ?」

「運よく俺たちがクソ親父に勝って、アリスを返してもらえるとしよう。けど、それでユーバシャール公爵が、まんまと花嫁を奪われて納得するかが問題だ」


「まぁ、そう、ですよね……」

「アァ、しかも、クソ親父が許したのに、公爵が許さないとなると、俺たちVS貴族という構図じゃなくなる。約束を反故にしたエルフ・ル・ドーラVSユーバシャールという構図になるわけだ。ここで爵位の上下をひっくり返してでもクソ親父が勝ってくれねぇと、まァ、アリスの奪還は難しい、というより、複雑なことこの上ねぇ」


「それ、アリエルさん、勝てるんですか?」

「ぶっちゃけ勝てねぇ。俺たちとクソ親父は決闘をするわけだから、強さを比べるんだ。対して、エルフ・ル・ドーラという家とユーバシャールという家は政治をするわけだから、偉さを比べるんだ。かなり単純に言っちまえば、な」


「爵位が絶対的な勝敗を決めるわけじゃないけど、アドバンテージにはなってしまう、か」

「まして数時間で解決するような揉め事でもねぇし、そう考えれば当然、クソ親父は根本的に、決闘を断るという選択をするはずだ。だが――」


「?」

「俺はそこで作戦を考えた」


「本当ですか!?」

「俺を甘く見んじゃねぇよ! 今回の戦い、俺は頭脳労働に回るから、テメェは肉体労働だ!」


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